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月ニ祈ル。 第二章
月ニ祈ル。
第二章 The person in the labyrinth of lunatic.
口の悪さこそあのベジータと互角だが、ピッコロは根は超がつくほど真面目な、律儀な性格である。
本人言うところの「ワケのわからんことばかりが起こりやがる月夜」を過ごし、ろくに寝てもいないだろうに、いつもと同じ時刻に起きたピッコロは、身支度を済ませるとすぐ、神であるデンデを探しにかかった。
程なくしてピッコロは、神殿の前庭で意識を集中させ、下界に異変が起きていないかどうかを判じているデンデを見つけた。
「あ、おはようございます。ピッコロさん」
「ああ。デンデ、今少し話をしても、職務の障りにならんか」
「大丈夫ですよ。どうかなさったんですか」
ピッコロがその精悍な顔を、少ししかめた。
「昨夜…いや、もう今日になっていたか、ネイルとオレの同化が解けただろう」
「はい」
「そこでオレは思ったんだが…。
下界にいる連中のうち、ナメック星でフリーザと戦った奴らは、ネイルのことを見知っている筈だ。そいつらにオレは、ネイルとオレが分離したことを知らせておきたいんだ。
短期間とはいえ、共同戦線を張った者同士だ。……これからはいつでも、ネイルと会うことが出来ると知ったなら、喜ぶ奴もいるだろうと思ってな」
デンデが、まだあどけなさの残る顔を輝かせた。
「それはいい考えですねっ!ピッコロさん。
ネイルさんもきっと喜びますっ」
「うむ…。
それでお前に確認しておきたいんだが、下界の連中で、ネイルと直接面識のある奴は、どいつとどいつだ?」
「ええっと。あの時は……確か…悟飯さんとクリリンさん、それとベジータさんが、ネイルさんと顔を合わせていた筈です」
「悟飯、クリリン、ベジータか。
わかった。オレは今からそいつらの所を回って来る」
言い、今しも神殿を飛び立とうとしたピッコロを、デンデが留めた。
「あ、あの…。ピッコロさん?」
「なんだ」
「肝心のネイルさんとはその……一緒に行かないんですか?
その方が話が早く済むでしょうに」
ピッコロの眉間の皺が、いよいよ深くなった。
「行かん。
オレにはまだ、ヤツとどう接すればいいのかが、わからん」
「そうですか……」
デンデがその顔を、少しばかり曇らせた。
ピッコロの生真面目すぎる程の性格、ネイルに対するぎこちない態度を目の当たりにしているデンデにとって、その言葉はさして意外なものではない。
だがナメック星にいた時分の、ネイルのピッコロに対する一途な恋情を思うと、デンデはネイルの恋の成就を願わずにはおれないのだ。
「あ…。ところでピッコロさん。そのネイルさんですが、今どうしてるんですか?」
「まだ寝ている。オレの寝台でな。なんだかんだ言って、意識体から実体に戻った疲労が、抜けんのだろう。
その隙をついて出てきた」
「そうですか………」
「…デンデ」
「はい」
「ネイルが目を覚ましたら、ミスター・ポポを介してで構わないから、アイツに部屋を用意してやってくれないか。……いつまでもオレと同じ部屋に押し込められていたんでは、アイツも色々気づまりだろうしな。
それから神殿の中を、ひととおり案内してやってほしい。これからはここが、アイツの新しい住まいになるわけだからな」
「あ…はいっ!」
「?なんだ、急に嬉しそうな顔をして」
「いえ、なんでもっ!」
「…おかしなヤツだな。
まあいい、行って来るぞ、デンデ」
「はい。どうかお気をつけて」
そういった経緯を経て、先ずは愛弟子・悟飯の住まいのある、パオズ山に向かったピッコロである。
「あれま、ピッコロさ!」
ピッコロの不意の来訪には慣れっこになっているチチは、そんなピッコロを屈託なく迎えた。
「ゆんべは、うちの悟天がえれえ世話になっただな」
「大したことはしていない。
ところでその悟天、悟空の姿が見えんようだが」
「悟空さなら裏山で、悟天に武術の稽古つけてやってるだ。
悟空さに何か用け?」
「いや…。
今日は悟飯に用があって来た」
「悟飯なら二階で勉強してるだ」
「そうか。上がっても構わんか」
「もちろん構わねえだ。
そうだ、もすこししたら悟空さたちも戻って来るから、茶の一杯でも呼ばれていったらどうだべ?
それに悟空さは、ピッコロさが来てると知ったら、久々に組手をやりてえと言い出すかもしれねえし」
「…気持ちはありがたいが、今日は遠慮しておこう。
故あってあまり長居ができんのでな」
「はあ…。
ときにピッコロさ、なんだか雰囲気が変わっただな」
「……そうか?そうかもしれん」
「それに心なしか、疲れているようにも見えるだ」
「その通りだ」
……訝しげな面持ちのチチを残し、ピッコロは悟飯の自室に向かった。
「悟飯、入るぞ」
「あっ、ピッコロさん!
昨夜はどうも」
「うむ。
ときに、少し話をしても大丈夫か」
「ええ。
今論文のバックアップとっちゃいますんで、ちょっとだけ待っててくださいね」
言い、悟飯は机の上のパソコンを操作した。それから居ずまいを正し、師匠に向き直る。
「これでよし、と。
それで、話ってなんですか?」
「実はな……」
と、悟飯にネイルとの分離を話すピッコロ。
「……というワケだから、これからはいつでも、ネイルに会うことが出来る。
だから暇な折には、ネイルに会いに、神殿に来てくれないか。アイツもきっと喜ぶだろう」
「ハイ!ぜひそうさせていただきますっ。
……そっか、ネイルさんかあ………。懐かしいなあ…」
「………………」
懐古の情で、その整った面差しを和ませる悟飯とは対照的に、ピッコロの表情はなんとも複雑なものになっていた。
そして悟飯は、師匠のそんな屈託に気付かぬ青年ではない。
「…ピッコロさん」
「…うむ」
「その…明るい話を持ってきてくださった割には……なんか表情が暗いですね…」
「そうだろうな……」
「何か困ってることでもあるんですか?
ぼくで良かったなら、話を聞きますよ」
「……気持ちは嬉しいが、今日のオレにはあまり時間がないんだ。
ヤツに感づかれる前に、クリリン、ベジータのところを回らんといかんのでな」
「………誰ですか?その、『ヤツ』って」
ピッコロの眉間に、くっきりと皺が寄った。
「…ネイルだ」
しばしの沈黙の後、悟飯がようよう口を開いた。
「…………ピッコロさん」
「なんだ」
「手短で構いませんから、その、困ってる理由を、最初から話していただけませんか?」
「オレもその方がいいような気がしてきた」
「はぁ…………」
ピッコロから話を聞き終えた悟飯の第一声は、それだった。
「………そうだったんですか。
地球に転生する前のピッコロさんが、ネイルさんと恋人同士で。でネイルさんのその想いは、今も変わってない…って」
「そうだ」
「はぁ………」
「なんだ。さっきからその『はぁ…』というのは」
「いや……なんていうか、すごいロマンチックな話だなーと思って」
「……他人事(ひとごと)だと思って勝手なことをぬかすな」
地獄の使者のような怨念を秘めた声で呟くピッコロに、悟飯は穏やかに言葉を続けた。
「いや、ぼく本気ですよ。
そんなにまでネイルさんに想われてるピッコロさんが、なんだか羨ましくなっちゃいましたよ」
「そんなに羨ましいのなら、ネイルのヤツにのしでもつけて、お前に進呈してやるが?」
悟飯が慌てて片手を振った。
「いやいや、そ、それはいくらなんでも行き過ぎですよ、ピッコロさん。そんなことになったらぼく、ビーデルに殺されちゃいますよ。
第一ネイルさんが好きなのは、ピッコロさんなんでしょう」
「だから困っている」
ピッコロの渋面がいよいよ険しくなった。
「はあ……」
「恋愛とかいうやつが、オレの理解の範疇外にあるのは、お前も知っているだろう。
それなのにネイルは、オレが見ても並々ならんと思えるような恋情を、オレにぶつけてくる。…オレにはそんなヤツとどう接すればいいのか………皆目見当がつかん」
言い、ピッコロはうなだれた。
その様は、叱られてしょげかえった子どものようにも見えたし、沛然たる雨の中、うち捨てられて途方にくれた子犬のようでもあったし、……初めて知った恋に対し、臆病になっている純粋な少女のようにも見えた。
……と、ピッコロに知れたなら魔閃光が飛んできそうなことを考えている悟飯だったが、不意にあることを思いついた。
「ピッコロさん!
今日はこれから、クリリンさんとベジータさんの所に行かれるんですよね」
「うむ。
アイツに感づかれんうちにな」
「だったら先ず、ベジータさんのところ―――カプセルコーポレーションに行って、ブルマさんに今の話、聞いてもらったらどうですか?
ブルマさんは芯の強い、それでいて人の心の機微に敏い女性ですから、ぼくなんかよりはずっと、いいアドバイスをくれると思いますよ。
クリリンさんのとこには、ぼくから電話入れておきますから、日を改めて会いに行かれたらどうですか?」
うなだれていた顔を、ようやくピッコロは上げた。
「なるほど。それもそうだな。
ならば今から、ブルマのところへ行くとしよう。
悟飯、お前に話を聞いてもらって、随分助かった」
言いつつ、ピッコロはその長身を軽々とあやつり、窓枠に飛び乗った。そのまま勢いをつけ、上空に上がる。
そんな師匠の姿を見送りながら、悟飯は呟いた。
「ピッコロさんにも春が来た………のかな」
…という経緯で、ベジータ&ブルマ夫妻の住まいである、カプセルコーポレーションを訪れたピッコロを、ブルマもまた屈託なく迎えた。
「あらピッコロ。
昨夜はうちのトランクスが、すっかりお世話になっちゃったわね」
「いや何、大したこともしていない。
そのトランクスとベジータは何処にいる?重力室か?」
「トランクスならパパの研究所に行ったわよ。色んな発明品を見せてもらうのが面白いんですって。
ベジータは重力室よ。そろそろ出てくる頃だと思うけど」
「そうか」
「で、今日はどうしたの?
その顔から察するに、何か困ったことでもあったの?」
ピッコロは少しく口ごもった。
「いや実はその…………本来はベジータに話があったんだが……。
だがブルマ、どうもこの話は、お前に聞いてもらった方がいいように思えてな」
「…なんだか状況がよく見えてこないけど……。
でもずいぶん困っているようではあるわね」
「その通りだ。実に困っている」
「わかったわ。私でよければ聞くわよ。
とりあえずそこのソファーに座ったら?
あ、ピッコロは飲み物、水で良かったわよね?」
そういうことになった。
「……というワケで、ネイルはオレたちが嘗て恋人同士だった頃の想いをそのまま、オレにぶつけてくる。
が、オレには恋愛というやつがわからんし、第一、ヤツと恋人同士だったとかいう頃の記憶が、全くない。
だからオレはネイルのヤツにどう接すればいいのか、さっぱりわからん。とにかく困っている」
「ねえ、ピッコロ」
「…なんだ」
「前々から思ってたんだけど、あんたってホンっト、超がつくくらいマジメよね」
ピッコロは少し憮然とした。
「…悪いか」
「悪くはないけどさ。
でも今のあんたって、なんでもないことを、わざわざ自分で難しくしてるように見えるのよね」
「…どういう意味だ?」
手にしていたアイスティーのグラスを、ブルマはテーブルに置いた。
「あんたさ、ホントはそのネイルって人への接し方がわからなくて困ってるんじゃ、ないでしょ。
ネイルの気持ちに応えられない自分がはがゆくって、ネイルに対してすまないって思ってるんでしょ」
両耳をひっぱたかれたような表情を呈したピッコロだったが、ややあって苦しげに、
「……そうだ」
と言った。
そんなピッコロに、ブルマは相変わらず、屈託のない調子で言葉を続けた。
「だから、あんたは真面目すぎるって言うのよ。
ネイルはあんたのことが好きなんでしょ?それで、その気持ちを隠そうとしないんでしょ?」
「そうだ」
「だったらそのままにしておけばいいんじゃないの。
真面目なあんたのことだから、ネイルのそんな想いにつけこんだり、利用してやろうなんてこと、思ってないでしょ」
「そんなことは思いもよらん」
「それなら何も問題ないんじゃない?
今は自分を好きでいてくれる存在がいるってことだけを、受け止めておいてさ。それで、だんだんネイルのことが好きになっていったなら、想いに応えればいいし。そうじゃなかったら応えなければいい。それだけのことよ。
生まれる前の記憶とかに、そんなにこだわりすぎる必要ないわよ」
「……………そういうものか」
「ねえ…ピッコロ」
ブルマの瞳が、ピッコロを真っ直ぐに見詰めた。
「恋っていうのはね、損得勘定でするもんじゃないの。
ネイルは何か見返りを求めて、あんたを想い続けているワケじゃないの。あんたのことが好きだから、そうせずにはいられないから、そうしてるの。
……悟飯くんに聞いたんだけどさ、あんた一回、悟飯くんのことかばって死んでるわよね」
「…ああ」
「その時あんた、どういう気持ちで、悟飯くんのことかばった?
悟飯くんに感謝されたかったから?それとも悟飯くんに好かれたかったから?
そうじゃないでしょ」
ようよう、ピッコロはうなずいた。
「悟飯くんのこと、守りたいと思ったから、そうせずにいられなかったから、そうしたんでしょ。
ネイルの想いも、それとある意味同じなんじゃないかな」
しばらく沈黙を続けた後、ピッコロが口を開いた。
「……………ブルマ」
「なに?」
「恋というのは………そういうものか」
「そういうものよ。
だからあんたは一人でくよくよしてないで、いつも通りに、フツーに、ネイルに接していればいいの」
ピッコロがまた、黙った。
それから少しく改まった口調で、言った。
「ブルマ」
「なに?」
「お前に話を聞いてもらえて本当に良かったと、オレは思っている」
「な〜によ。いつになく神妙にしちゃってさ」
ブルマが明るい笑い声をたてたのと、リビングのドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
そこに立っていたのは、トレーニングを終えたと思しい、だが不機嫌をあからさまに表情に出したベジータだった……。
「ピッコロ。キサマ、このオレ様になんの断りもなく、人の妻となにしてやがる」
…一難去ってまた一難。そんなことわざが、ピッコロの脳裏をよぎった。
「何って……。
ただ話を聞いてもらっていただけだ。やましいことなど、何もないぞ」
真面目に応じたピッコロに、
「フン…。口ではそう言ってても、内心はどうだかな」
ベジータの毒舌が降りかかった。
……ベジータとて無論、本気でピッコロとブルマとの仲をどうこう思っているワケではない。
だが昨夜、トランクスが自分とブルマとのキスシーンを暴露した――彼にとっては自分の弱みを握っているような――相手が、ブルマと親しくしていることは、ベジータにとって、何とはなしに面白いことではないのだ。自然、嫌味のひとつもかましたくなったのであろう。
プライドの高い、それ故少しばかり頑なで、気難しいところのあるベジータの、そんな気持ちがピッコロにはわかっていた。
のだったが………。
ピッコロとてプライドの高さにかけては、人後に落ちぬ心算である。かてて加えて、ピッコロは、そう気の長い性分ではない。ついつい、売られた喧嘩を買ってしまったのである。
「…オレが少しばかり下手(したて)に出ていたからといって、聞き捨てならんことを言うのは止めろ。
そもそも、自分の妻を過剰に束縛するような男は、周囲からも妻からも愛想を尽かされるぞ」
ベジータが飲みかけのスポーツドリンクを噴き出した。
「なんだとキサマ、結婚どころか、恋愛感情すらろくすっぽわからんヤツが、いっぱしの口を利くじゃないか」
「常識的に考えればわかることだ」
「なんだと?!」
…という、この程度の喧嘩は、ある意味似たもの同士の二人の間には、実にありがちなことだった。常ならば適当な折を見てブルマが仲裁に入り、そこで事態が収まる……その筈だった。
が、今日は違っていた。
「おい」
今のピッコロが一番聞きたくない声が響き、その声の主―――ネイルが姿を現したのである。
最悪、の二文字が脳裏に渦巻くピッコロだったが、ネイルが次に放った一言は、ピッコロの置かれた状況をいよいよ悪化させた。
「おまえ……名をベジータとかいうらしいが。
わたしの恋人に、妙な言いがかりをつけるのは止めにしてもらおうか」
この場合当たり前といえば当たり前のリアクション―――呆然自失の様相を呈したベジータだったが、すぐさま体勢を立て直した。
「そういうキサマは確か……。
ナメック星で最長老のところにいた、ナメック星人の戦士だな」
「その通りだ」
「そのキサマがどういう経緯でここにいるのかはわからんし、また知る気も起こらんが、随分と変わったことを言うヤツだというのはわかった。
その恋人というのは一体、誰のことだ?」
……ネイルは無言でリビングに踏み入ると、すっかり硬直しているピッコロの肩を、ぐいと抱き寄せた。
「見ての通りだ」
「…………………」
さすがのベジータも、今度という今度は言うべき言葉がすぐには出てこないようである。
そして『いたたまれない』『いっそ消え入りたい』―――こうした言い回しは、今のオレの為にこそある言葉だと、埒もないことを思うピッコロ。
そんなピッコロの胸中になどいっかな頓着せず、ブルマは相変わらず屈託のない調子で、ピッコロに言葉をかけた。
「ねえピッコロ。
この人がその、ネイルって人?」
「実に遺憾だがその通りだ」
「フーーーン……」
周囲に立ちこめる暗雲のような雰囲気に拘泥せず、ブルマはネイルをまじまじと見上げた。
「なかなかカッコイイじゃない。
ピッコロ、あんたも背高いけど、この人はもっと大きいわね。体つきもあんたよりガッシリしてるし。
こんなイイ男に想われるなんて、あんたもなかなか隅に置けないじゃない」
ナメック星人に男女の区別はないんだというツッコミを入れるより何より、今すぐ悟空に瞬間移動を習って、新ナメック星にでも行きたいという、ワケのわからない要求が、心に芽生え始めたピッコロ。
そんなブルマに、ネイルは声をかけた。
「あなたは確か……。名をブルマとかいう、地球人の女性か」
「あら、わたしのこと知ってるの?」
「わたしはピッコロと同化している間ずっと、その記憶、感情を共有してきた。それ故、あなたのことも知っている。
どうやら、わたしの恋人が何かと世話になっていた方のようだ。ここで改めて礼を言わせていただく」
「あらあら、ご丁寧に」
……新ナメック星への瞬間移動願望が、いよいよ強固なものになってゆくピッコロ。
そんなピッコロに、ブルマはある意味トドメともいえる言葉を投げかけた。
「ねえピッコロ。この人なかなかどうして、イイ人じゃない。
ルックスもいいし、何より、普段は沈着で礼儀正しいけど、いざとなったら命がけであんたのこと守ってくれる―――そういうタイプだわ。
悪いこと言わないから、うじうじ悩んでないで、さっさと付き合っちゃいなさい」
「…………………」
瞬間移動なぞを使わずとも、もう意識が半ば遠い星へ行っているピッコロ。
そんな三人を黙って(というかかける言葉が見当たらず)見ていたベジータだったが、やがて、
「フン、くだらん」
言い捨て、リビングを出た。
「ちょっと、ベジータ!ベジータ、待ちなさいったら!!…ホントにもう。
ごめんなさいね、ネイルさん。あの人根はすごく純粋で優しくて、わたしたち家族のこともすごく思いやってくれるんだけど、ほんのちょっとばかり口が悪いのよ」
「いや、謝らなくてはならないのはわたしの方だ。
恋人の身上に話が及んでいたので、つい感情的になってしまった」
……色々とツッコミどころ満載の二人の会話であるが、それをいちいち訂正する気力は、今のピッコロにはなかった。
ややあってようやっと、まともに口がきける程度にまでは落ち着きを取り戻したピッコロは、ブルマに声をかけた。
「……おかげで随分、気が楽になった。
ネイルのことは、お前からベジータに伝えておいてくれ」
「ならばわたしもこれで」
と、当たり前のように着いて来ようとするネイルをどやしつける気力も無論、今のピッコロにはなかった…。
気持ちが軽くなったのやら重くなったのやら判然とせぬまま、蒼天を突っ切るようにして、ピッコロは天界の神殿を目指していた。その傍らには言うまでもなく、ネイルの姿がある。
口火を切ったのはピッコロだった。
「おいキサマ」
「なんだ?」
「どうしてわざわざ、オレのところにやって来た」
「どうしてって…。デンデから、おまえが下界に出かけたことを聞いたからな。
恋人を迎えに行くのは、当然のことだろう」
「………キサマさっきからオレが黙っているのをいいことに、『恋人』を連呼しやがって。
そもそもいつオレがキサマの恋人になった!!」
「ナメック星で初めて出会ったその時から、わたしはおまえを恋人と思っていたが」
もうコイツと「恋人」の呼称について議論するのはやめよう…と結論づけたピッコロに、ネイルが声をかけた。
「ピッコロ」
「…なんだ」
「デンデから聞いた。ナメック星でわたしと面識のあった連中に、これからはいつでもわたしと会えることを告げる為、下界に出かけてくれたそうだな。
ありがとう」
「…フン。何を言い出すかと思えば」
ネイルが小さく笑った。
「…何がおかしい」
「いや、なに、今のわたしはつくづく幸せだと、そう思っただけだ」
「幸せ?どこがだ?」
「強引に分離を果たし、一方的に恋情を告げ―――わたしはおまえを困らせてばかりいる。
が、そんなわたしに、おまえは細やかな心配りをしてくれている。それが嬉しい」
「…随分と安い幸せだな。
が、オレはキサマの想いには全く応えていないし、そもそも今日だって、キサマを避けるようにして出かけたんだぞ」
ネイルが穏やかな微笑を振り向けた。
「それは至極当然の行動だ。
おまえには嘗てわたしと共にあった時の記憶がないんだ。そんなところに、わたしのような者が現れ、前の世のことや、それに起因する恋情を告げられては、当惑しない方がどうかしている」
「…そうまでわかっているなら何故、想いを吐露したり、果てはオレを守ろうとしたりするんだ。そうしたところで、得るものは何もないだろう」
「そうせずにはいられないからだ」
「………………」
黙った。ブルマの言葉が頭をよぎった。―――恋とはそういうものだ、と。
爽風が、ふたりの間を吹き抜けた。
「…おい」
ややあって、ピッコロは言った。
「なんだ」
「キサマはオレのことが好きなのだと、そう言ったな。
……それはオレが嘗ての恋人の生まれ変わりだからか?それとも今のオレが好きなのか?」
「今のおまえだ」
ピッコロが拍子抜けするほどあっさり、ネイルは答えた。
「もっとも、おまえと同化する前は、恋人の生まれ変わりだからという理由で、想いを寄せていたが。
が、同化を果たしておまえの記憶や感情を共有するにつれ、嘗ての面影を宿しつつも、変わりゆく、今のおまえの人柄に惹かれていった。そうでなければ、分離など望みはしない」
「……酔狂なヤツだ」
「そうかも知れんな」
相変わらず穏やかな口ぶりで、ネイルは応じた。
「…おい」
「なんだ」
「さっきキサマは、オレが下界へ出向いたことに、礼を言ったな。
ならばオレも、キサマがオレを迎えに下界に来たことについて、礼を言わねばならんな」
「その必要はない。わたしが勝手にしたことだ。
それに迎えに来たわたしを見、おまえは明らかに困惑していただろう」
「…オレが下界へ向かったことだって、オレが勝手にやったことだ」
「……そうか。そうまで言うなら、頼みを一つ、聞いてもらえるか」
「…言ってみろ」
ネイルの闇色の瞳が、ピッコロを見つめた。
「ナメック星で、わたしたちはとても短い恋をしたんだ。おまえの手を握り締めたことさえ、あまりなかったように思う。
おまえの手に触れても良いか」
「………神殿に着いてからにしろ」
かすかに血の色をさし上らせたピッコロの横顔を見、ネイルは小さく笑った。
天界の宮殿で、デンデはその日の午後を、落ち着かない気持ちで過ごしていた。
ピッコロが当初デンデが思っていた程、ネイルを嫌っていないことは、嬉しかった。しかし未だぎこちない態度を取り続けるピッコロとネイルとの仲を少しでも近づけようとして、デンデはネイルに告げたのだった。―――ピッコロが下界に出かけた、その理由を。
結果、ネイルはピッコロを迎えに、下界へと出向いたのだったが。
……生真面目で、恋だの愛だのという事柄にはおよそ無関心なピッコロ。これまた生真面目で一途で、今は己の想いをピッコロに吐露することしか、念頭にないといった風情のネイル。そんな二人がもし、より険悪な雰囲気で戻って来たならどうしよう。自分は余計なことをしてしまったのではないか。
と、デンデが胸を痛めていた矢先である。二人が神殿に戻って来たのは。
そしてその姿を見てすぐ、デンデは己の心配が杞憂に終わったことを悟った。
穏やかな表情でデンデの眼前に佇むネイルの傍らには、一見すると不機嫌この上なさそうだが、ほおに血の色をさしのぼらせたピッコロがいた。そしてそんな二人の掌は、かたく握りしめられていたので―――。
つづく。
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