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小説
月二祈ル。 第一章
  月ニ祈ル。

  第一章 Moonshine.

「その願い、聞き届けた」
 神龍の荘重な声が、漆黒の夜空にこだました。
 ―――と、その遥か頭上に、琥珀色の月が浮かんだ。
 天界の神殿に集った人々の口から、感嘆の声がもれた。

『ドラゴンボールで月を元通りにする』
 これを提案したのは、ブルマだった。
 満月を見て大猿に変身した幼い悟飯の暴走を鎮めるべく、ピッコロによって月が破懐されたのは、今を去ることおよそ17年前。
 が、その悟飯をはじめとするサイヤ人たちが、変身の際に必要とする尻尾を喪失し、ために暴走の危険性が無くなったこと。
 また、魔人ブウ撃破後は凶悪な敵の出現も途絶え、地球に平和が訪れたため、ドラゴンボールを必要としなければ叶わぬ願いが減ったこと。
 そこに「月」を知らぬトランクスや悟天を不憫がるブルマの親心が加味され、さらには好奇心旺盛でお祭り騒ぎ好きという彼女の性分もあいまって、さらにはそんなブルマに彼女と懇意である、チチがそれに同調し………。
 といった理が通っているのだかいないのだかわからない経緯を経、今宵の月復活の運びとあいなったのだが………。
「さあ〜〜〜、みんな。
 たっくさん持って来たから、たっくさん食べてちょうだいね〜〜〜!!」
 と、神龍が姿を消し、一同が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、ホイポイカプセルから文字通り、山のような食べ物、飲み物を取りだしたのはやはりブルマ。
「オラも弁当をこさえてきたで、みんな遠慮なく食べてけれ」
 と、チチもまたいそいそと、持参した重箱包みを開き始める。
 食べざかり、育ち盛りの悟天、トランクスが真っ先にそれらに飛びつき、大食漢の悟空がそれに続いた。クリリン、ヤムチャたちも、ご馳走に手を伸ばし始める。
 降り注ぐ明るい月光の下、賑やかな宴が始まった。
 
 ―――そんな一同を、ピッコロは少し離れた所から見ていた。
 ナメック星人であるピッコロは、水を飲むだけでその生命を維持できるため、食事を必要としない。
 また、敵であった頃のベジータらの来襲を前に、自らの手で消滅させた月が、こうしてよみがえり、その下で仲間たちが笑いさざめいている―――そんな物思いが、常は沈着冷静で合理主義者のピッコロを、いつになく感傷的にしたのだろう。団欒の輪に加わりそれを楽しむより、それを見つめて万感の思いに浸ることをピッコロは選んだ。
 のだったが………。
 世の中とは実にうまくゆかないものだ。
「ピッコロさ〜〜〜ん!!!」
「……………」
悟天、トランクス、この無邪気で元気いっぱいの二人によって、ピッコロのささやかな望みはあっけなく打破された。

 気がつけば鬼ごっこの鬼に任命され、嫌も応もなく、スーパーサイヤ人に変身したこの二人をつかまえるべく、神殿を全力疾走することを余儀なくされ。それが済んだと思ったら、二人から子ども特有の無邪気な、だが脈絡のない質問攻めに合う。
 ………そんなこんなで今のピッコロの心身は、対セルジュニア戦の時並みに疲弊していた。この二匹の小鬼を御することの出来るブルマ、チチに目顔で救援信号を送っても、二人はグラスを片手に、何やら活発に話をしている最中だった。
 孤立無援。四面楚歌。国破れて山河あり状態のピッコロの耳に、小鬼たちの声がこだました。
「ピッコロさん」
「……なんだ」
「ピッコロさんは、ケッコンしないの?」
 トランクスの問いかけに、覚えずグラスの水を噴き出した。
「…っキ、キサマは…………このオレに…なにを……」
 が、ピッコロの(傍目には気の毒な程の)動揺に、二人はいっかな頓着せず、
「だってパパも、悟空さんも、クリリンさんも、ピッコロさんの昔からの仲間だった人は、ほとんどケッコンしてるでしょー。
 あ、ヤムチャさんはケッコンはしてないけど、今カノジョいるんだって」
「悟飯兄ちゃんも、もうじきビーデルおねえちゃんとケッコンするよー」
 と悟天。
「…天津飯やチャオズを見ろ。
 しとらんのもいる」
 と、ようやくピッコロは体勢を立て直した。
「そもそも人は人、オレはオレだ。
 周りの連中が結婚したからといって、オレまでが結婚しなければならん理由はどこにもない。
 第一オレには、結婚の前段階の恋愛というやつが、よくわからんからな」
「だったらパパに聞けばいいよ!」
 と、トランクス。
「…なぜ」
「こないだボクが夜、ゲーム取りにリビング行ったらね、パパがママにキスしてたよ。
 あれってレンアイしてる人がするんだよね。ボク、テレビで見たもん」
 離れた所にいるベジータが、飲みかけのカシスソーダを噴き出した。
「ベ、ベジータ………。キサマ……年端もいかん子、子どもの前でなに……何を……」
「よ、余計なお世話だ!!
 トランクス、いらんことは言うな!!」
 という経緯を経て、顔面はおろか、首筋まで真っ赤にした(無論酒のせいではない)父親に引きずられるようにして、トランクスはその場から引き離された。
 やれやれと吐息をつきかけたピッコロの前に、差し出されたものがある。―――一冊の絵本だった。思わずピッコロは、リリカルな装丁の施されたその絵本と、それを差し出した可愛らしい手の持ち主―――マーロンをまじまじと見つめていた。
 そんなピッコロに、
「悪いなピッコロ、マーロンがお前に、本を読んでほしいんだってさ」
 いくぶん遠慮勝ちな父親―――クリリンの声がかかった。
 少し前のピッコロなら、
『ふざけるな、なんでオレがそんな真似を!』
『キサマの親に読んでもらえ!』
 などと一蹴していたことであろう。
だが、この少女との付き合いを経て、
『女の子というものは、悟天やトランクスとちがってすぐに泣く』
『女の子というものは、こっちがその理由を理解できなくても泣く』
『女の子に泣かれると非常に煩わしい』
といった三大法則(?)を体得した今のピッコロ。大人しく絵本を受け取ったものの、その精悍な顔には「なんでガキばかりが寄ってくるんだ…」という疲労と諦観の影ようなものがすでに滲んでいた…。

甘菓子のような夢に溢れた散文を読むより、戦場で号令をかける方が明らかに向いている声で、ピッコロはマーロンに絵本を読んでやった。
悪い魔法使いによってエメラルドの指輪に閉じ込められた王子を、王子に恋する金の髪の姫が、月に祈りを捧げることで助け出すという、ピッコロにしてみれば不条理、どこが面白いのかわけがわからん絵本を、それでもピッコロは読み終えた。
ピッコロの膝の上にちょこんと腰をおろし、大人しくそれを聞いていたマーロンだったが、ピッコロが朗読を終えるや否や、
「ねえピッコロさん」
 あどけない声で呼びかけた。
 …ピッコロはこの時点ですでに、爆裂にイヤな予感がしていた。
 そしてそれは的中した。
「どうしておひめさまは、おつきさまにおいのりをしたの?」
 厄介きわまりない質問を浴びせられたピッコロだった……。
『知るか。このわけのわからん話を書いたヤツに聞け』
 というのが半ば本音でもあったが、先にも言ったように、女の子とは何が原因で泣きだすか、とんと見当のつかぬ存在である。そんなマーロン相手にこんな投げやりな答えを返したなら、泣かれること間違いなしである。
おまけに傍ではどういう風の吹きまわしか、悟天が大人しく座り、先刻からピッコロの朗読、マーロンの問いかけに耳を傾けていた。
…ピッコロはとうとう、この厄介きわまりない問題に真摯に取り組む覚悟を決めた。
「正直なところ、オレにはよくわからん。
 古い言葉だが、『狂人』を意味する“lunatic”の“luna”は、月を意味するとも言われているしな。
 また、この星の東の地方の伝承には『月を長く見続けることは不吉』というものもある。
 オレもそう詳しく知っているわけではないが、昔からこの星の連中が月に対し、あまりいい印象を持っていなかった…という事実はあるのだろうな」
「おつきさまがわるものだったら、おひめさまはどうして、おつきさまにおいのりしたの?」
「…オレにはよくわからんし、これはオレの勝手な推測なんだが。
 月の光が優しいから……じゃないのか?」
「それってどういうこと?ピッコロさん」
 悟天が訝しげに言った。
「オレにはうまく言えんが……月の光は日の光と違い、何かを傷つけたり、痛めたりしないだろう。この本に出てくる女も、月のそういったところに頼る気になったんじゃないのか」
「ピッコロさんは、おつきさまをみていたことが、たくさんあるの?」
 ああ、とだけピッコロは言った。
 それが父の復讐の念を受け継ぎ、一人あてもなく荒野をさすらっていた、幼い日のことだとまでは、言わなかった。

 ―――月の光を優しいと、おまえは言った。
 ならばその月の光に、わたしは祈ろう。

 そうこうしているうちに時は経ち、人々はそれぞれ、自らが帰るべき場へ帰って行った。
 ピッコロの最愛の愛弟子である悟飯は、
「ピッコロさん、僕とビーデルの結婚式には、ぜひ来てくださいね」
 との言葉を、別れしなにピッコロに告げた。ピッコロは彼独特の魅力的な微笑で、それに応えた。

 ―――月の光を優しいと、おまえは言った。
 ならばその月の光に、わたしは祈ろう。
 もう一度この掌がおまえのほおに触れること。
この姿でおまえの傍らにあること、おまえと共にあり続けることを。

 悟飯の一言で心癒されたとはいえ、疲労の極致にあったピッコロは、神殿の一角にある自室に引き取ると、衣服を脱ぐのももどかしく、すぐに眠ってしまった。
 筈だったが……………。

 小一時間は眠っただろうか。
 全身に得体の知れぬ重みを感じ、熟練の戦士であるピッコロは目を覚ました。
「………………だれだ?」
 自分とそっくり……とまではいかぬまでも、よく似た顔が眼前にあった。精悍に引き締まった、どこか克己的な印象を見る者に与えるその顔は、ナメック星人特有の、二本の触角と緑のすべらかな肌を有していた。
そしてその顔の持ち主の体はというと、ピッコロの体の上に無遠慮に乗っかっていた。そうかオレが身動きがとれぬ原因はこれかと、驚きと疲労のせいで鈍麻した、どこか虚ろな頭で思った。
「…15年以上もおまえの中にいたわたしに、だれだ、はないんじゃないのか」
 相手が少しばかり傷ついた声を出した。
「15年以上………オレの中にいたナメック星人………?
 ということは、キサマはあれか、ナメック星でフリーザに重傷を負わされて死ぬところだったのを、たまたま通りかかったオレが見つけ、同化した………ネイル、とかいうヤツか?」
「…おまえの言うことにそう間違いはないんだが。
 もう少し柔らかな物言いは出来んのか」
「ふざけるなアホンダラッ!!」
 この場合当然と言えば当然と言えるリアクションなのだが、ピッコロはとうとう怒りを爆発させた。
「15年以上前にオレと同化した筈のヤツが、今更のこのこ現れやがって、おまけに寝入り端のオレの上に図々しく乗っかっているというわけのわからん状況下で、柔らかな物言いもクソもあるかッ!!」
「そうか。寝入り端を起こしてしまったのか。
 それは悪いことをしたな」
「そんなことより、キサマの図体がオレの上に乗っかっていることの方が、もっとタチが悪いッ!!さっさと下りろッ!!」
 ピッコロの何度目かわからない罵声が部屋にこだました。その時だった。扉が遠慮がちに開き、
「大丈夫ですか、ピッコロさん?なんだか気の乱れをピッコロさんの部屋に感じたと思ったら、なにか怒鳴っているような声が聞こえたので―――」
 デンデが姿を現した。
 いよいよ最悪だと、これまたいよいよぼんやりしてゆく頭で、ピッコロは思った。

「聞こえたので―――」
 から先のデンデの言葉は、中途半端に止まった。
 デンデが目の当たりにしたのは、逞しい上半身をむき出しにし、顔は無論、先端の尖った耳の先にまで血の色をさし上らせたピッコロ。と、その上にこれまた上半身裸で覆いかぶさっているネイル。
 そんな二人の下半身はというと、上掛けの下に隠れて見えない……。
 デンデは地球の神という役割を担っているとはいえ、未だ年若である。おまけにナメック星人と、その生体や生活習慣が大きくかけ離れている地球人については、まだまだわからぬことも多い。
 それ故デンデは、折を見ては神殿に豊富にある書物を読み、地球人の歴史や文明、その生活様式についての勉強を続けていたのである。
 そうして得た知識の中に、地球人には男女二つの性別があり、愛し合う両者が性交渉を持つことで、その子孫を残す…というものがあった。
 そして今眼前のピッコロとネイルがとっている体勢は、デンデが見た「性交渉」とやらの挿絵に、あまりに酷似していた………。
 そして、ナメック星における唯一の戦闘タイプとして、幼い頃から周囲と隔絶した環境で、戦士としての教育を受けてきたがため、根は真面目だが、どこか世間知らずでマイペースなところのあるネイルとは異なり、元「魔族」で、それ故他者の思考を読むことに長けているピッコロ。
 デンデとピッコロの間に立ちこめる空気は、当然だがなんとも気まずいものになっていった……。
「ネ、ネイルさん………」
「久しいな、デンデ」
「ピッコロ……さん?」
「デ、デンデ、これは………。オレ自身まだ状況がよく把握できていないんだが、目が覚めたらこいつがオレの上にいたんだ。それだけのことだから、多分今のお前の頭の中を占めていることと事実とはちが……ってちょっと聞け――――――ッ!!!」
「おっ、お邪魔しました!!すいませんっ!!どうかそのままお続けくださいっ!!」
そう言いながら、首筋に血の色をさしのぼらせ、脱兎の如く部屋を飛び出すデンデ。
「……わたしには状況が把握できないが…。
 ピッコロ、おまえとデンデとの間に、何か誤解が生じたようだな」
「キサマのせいでなッ!!」
 ピッコロの怒りの鉄拳をマトモに顔面に受け、ネイルは寝台から転がり落ちた。
「いたたた…。
 久々に再会を果たした同じナメック星人に対して、この仕打ちはないんじゃないのか?」
「オレの中に15年以上も居座っておきながら……今更何が再会だアホンダラ!!」
 言いつつ、ピッコロは上衣をまとい、手早く身なりを整えた。
「どこへ行くんだ?」
「知れたことだ。デンデのところだ。
 一晩中妙な誤解をされたままでいられたのでは、たまったもんじゃないからな」
「成程。それもそうだな」
「何が『それもそうだな』だッ!!
誤解を招いた原因の一端―――というよりその大部分はキサマにあるんだから、キサマも来い!!それにオレ自身、キサマに聞いておきたいことがいくつかある」
「いたたたたた!わかったから、耳を掴んで引きずるのは止めてくれ!!」
「やかましい!!これ以上四の五のぬかすと、魔貫光殺砲で胸に風穴開けてやるから、その心算でいろッ!!」
 こうしてデンデを探しに、揃って(?)二人は部屋を出た。
 
 程なくして、月影のさやけき神殿のテラス。そこに置かれたテーブルを囲む三人の姿があった。
「…………というわけで、コイツの突然の分離と出現に驚いているところへ、デンデ、お前がやって来たんだ。それだけのことだ。
 だ、だからデンデ……さっきお、お、前の頭を占めていたその………ああいう事柄と、オレたちは無縁………」
「わ、わかりましたピッコロさん……」
 ピッコロに負けず劣らず、ほおに血の色をさし上らせたデンデが言った。
「というか、部屋を飛び出してしまってすぐ、そうだってわかっていました。
 ネイルさんの人となりは、ぼくよく知ってます。嫌がる相手に何かを無理強いするなんてこと、絶対しない人だって。
 ただ…………」
 口ごもった。ネイルと、大魔王の分身として地球に転生する前のピッコロとの恋を、デンデはよく知っている。それが悲恋に終わった後もなお、ネイルの想いは変わらぬままであったことも、無論。
「ただ?」
「いえ、なにも………」
 無理もないことだが、ピッコロは訝しげな面持ちになった。
 が、今の自分が追求すべきは、デンデではなく別の、そしてより厄介な人物である。そう思ったピッコロは、ネイルの方をきっと向き直った。
「誤解が解けたところで、改めて聞く。
 15年以上も同化を続けていたのに、どうして今になってそれが解けたんだ?キサマ、何か心当たりはないのか?」
「ある」
「それならそれを早く言え!」
 と、どうもネイル相手だと声を荒げがちになるピッコロを、デンデがまあまあと宥めた。
 そんなピッコロに、ネイルは落ち着いた口ぶりで話を始めた。
「心当たりについて話す前に、いくつか言っておきたいことがある。
 まずピッコロ、おまえも薄々気付いていたかと思うが、おまえと同化した後も、おまえの内部で、わたしは意識のみの存在として残り続けていた。そんなわたしの意識は時折、おまえの感情や人格面に影響を及ぼすこともあった。
 しかしわたしがおまえの内面に与えた影響は、わたしがおまえから受けたそれに比べれば、遥かに微細なものだ。おまえが外界から受け取る全ての情報のみならず、おまえの心に兆した感情、それに伴う人格の変化も、わたしの意識は感じ取っていた」
 ピッコロが露骨に顔をしかめた。
人一倍プライドの高いピッコロにとって、他者が己の心の深奥や、その微細な変化を見透かしていたという事実は、決して愉快なことではなかった。
 そんなピッコロの屈託に拘泥せず、相変わらず落ち着いた口調で、ネイルは言葉を続けた。
「だからピッコロ、昨夜の月の下での宴の一部始終も、わたしは見ていたんだ。
 ……ピッコロ。おまえはあの時、幼い子どもに本を読み聞かせてやっていた」
 話が急に脈絡のない方へ飛んだので、ピッコロはいよいよ顔をしかめた。
「それがどうした」
「まあ、わたしの言うことを、もうしばらく聞いてくれ。
 ……あれは、恋人と引き裂かれた女性が、その呪いを解いてくれるよう、月に祈る話だった。
 その女性の行動のわけを子どもに問われたおまえは、『月の光は優しいから』と、こう言った」
「だから、それがなんだというんだ」
 ピッコロはますます不機嫌になっていた。己の一時の感傷に起因する言葉をネイルが記憶しており、それをデンデも居合わせている場で暴露されることは、恥ずかしいを通り越して不快ですらあった。
 次のネイルの言葉がもたらした驚愕はだが、ピッコロのそんな思いを瞬時に打ち消してしまった。
「だから、わたしも祈る気になった。おまえが『優しい』と言った、月の光に。
 そして、祈った」
「………オレとの分離を、か」
 ようよう、言った。
「…そうだ」
 しばしの沈黙の後、ピッコロが呆れたように鼻を鳴らした。
「くだらん。ガキじゃあるまいし、そんなおとぎ話じみた戯言を、このオレが信じるか」
「そうだろう。わたし自身信じていないのだから」
「…なに?」
「月に捧げた祈りはおそらく、わたしが長年培ってきた分離への願いが具現化する、最後の契機だった……というのが、事実に近いのだろう」
「……どういうことだ?」
「率直に言おう。
 ピッコロ、わたしはおまえと同化する際、おまえに対してある想いを抱いていた。その想いはおまえと同化を果たし、その感情や心底を知ってゆくにつれ、ますます強くなった」
 ピッコロが嗤った。
「フン…。地球を掌中に収めることを望んでいた、大魔王の分身であるこのオレと、同化し続けていることなどまっぴらだ……という想いか?」
「それは違う」
 静かではあるが、その根底に有無を言わせぬものを秘めた声だった。ピッコロの端正な顔から、嘲弄の色合いが消えた。
 ……話がここまで進んでくると、転生前のピッコロとネイルとの恋を知っており、かつ「恋愛というものがわからない」と公言してはばからぬピッコロよりはよほど、そういった事柄を解しているデンデにとって、この場はなんとも居心地の悪いものになってきていた。
―――ネイルが想いを吐露をするのに、自分は邪魔だ。
 そう思ったデンデは、
「あの、なんだか話がお二人だけの……その重要なものになってきたみたいなので…ぼくは席を外させてもらいます」
「その必要はないだろう」
 ……さすがピッコロ。嘗て「れ、恋愛というやつらしいな……わからん」という名(迷?)台詞を言い放ったツワモノ…。
「デンデ、お前もコイツに眠りを邪魔されたクチだろう。
 最後まで戯言を言わせて、それから説教の一つでもかましてやれ」
「で、でも…」
「構わない。デンデにもここにいて欲しい」
 ネイルは静かに言った。月影に照らされたその闇色の双眸は、ピッコロを見つめている。
「ピッコロ」
「……なんだ」
「わたしはおまえが好きだ。
同化を果たす以前、いや、ナメック星でわたしの傍らに降り立ったおまえを見た、その時から。
それ故、分離を―――この身がおまえの傍らにあることを望んだ」
「………………………あ?」
 常は冷静さと鋭さを宿した切れ長の目を、これ以上ないほどに見開くピッコロ。
 想いを打ち明けられたのが己であるかのように、ほおに血の色をさし上らせ、うつむくデンデ。
 そんな二人の驚愕、当惑には頓着せず、ネイルはその漆黒の眼差しを、ピッコロだけに投げかけた。
「…………気は確かか」
 ようよう、ピッコロはそれだけを口にした。
「キサマと同化する前のオレは、人に好かれるようなガラじゃなかった。
それに、ナメック星でキサマと短いながら言葉を交わした際も、キサマに好意を抱かれるような態度を取った覚えは、全くないぞ。
それなのに、オレの姿を見たその時から、オレに好意を抱いていたなど―――オレにはキサマの考えていることが、さっぱり理解できん」
「単刀直入に言おう。
 ピッコロ、おまえが地球に大魔王の分身として生まれ変わる前、ナメック星でおまえとわたしは、互いに恋情を抱いていた。地球人の言葉を借りるならば、おまえはわたしの『恋人』だった。
 だが不運が重なり、わたしたちの恋は、おまえの死を以て終わりを告げた。その死の間際におまえは言った。
 ―――ナメック星から遥か彼方の青い星で、自分は生まれ変わる。
 ―――そうして生まれ変わったなら、必ずわたしに会いに行く。
 ―――だからその時まで待っていてほしい、生きていてほしい、と。
わたしはおまえのその言葉をずっと信じていた。そして待っていた。―――フリーザに打ちのめされたわたしの傍らに、生まれ変わったおまえが現れた、あの時まで」
「………………………な」
 恋愛を「わからない」と定義づけて生きてきたところに、突如烈しい恋情を打ち明けられ、ピッコロの心は混乱の極致にあった。ピッコロがこうまで取り乱したのは、嘗て魔人ブウとゴテンクスとの戦いによって、この神殿を盛大に破壊された時以来だろう。
「………………」
 ややあって、少しく平静を取り戻したピッコロは、傍らのデンデに言葉をかけた。
「……デンデ」
「…はい」
「おまえは確か、ナメック星にいた時分、コイツと面識があったんだったな」
「あ、はい…」
「コイツはあれか、その時分から、初対面、もしくはそれに近い相手に、こうワケのわからんことを言う癖があったのか」
 ワケのわからんことを言っているのは、どちらかというと今のピッコロである。そんなピッコロに、あくまでも真面目に答えるデンデ。
「いいえ、ピッコロさん。
 ネイルさんとピッコロさんの恋は、ぼくが住んでいた村の人たちだけじゃなく、最長老様もご存じでした」
「……………………………」
 長い、そしてなんとも重苦しい沈黙の後、ピッコロが呟いた一言を、デンデはしばらく忘れることが出来なかった。
「こ……こんなワケのわからんことばかりが起こりやがる月夜は………生まれて初めてだ」

  つづく。


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