【愛しい人】
2


「ユゲさんて、長いんですよね?」

「え、長い?何処が??」

「え、何処?」

「長いんでしょ?」

「…あ、その…ココって意味ですよ?」


定時で社長や事務員の帰った、俺が勤める不動産事務所。
残務処理で居残った俺に話し掛けて来るウチの唯一の若手・後輩のシミズくんは、ちょっとびっくりしたような顔で机を軽く叩く。


「あ、ココ?」


事務所に居る年数を彼が指したんだと気付いて、俺は徐に納得の相槌を打つと、シミズくんはまたしてもびっくりした顔で俺を見た。


「ちょっ、ユゲさん何だと思ったんスか」

「えー?長いつったらそりゃ、ねぇ〜」

「ねぇ〜…って、何でそこで溜めるんスか!うっわ」

「うっわ、って君こそ何だよ。で、年数?もう何年目かな…」


彼の問いに指折り年数を数え始めて、折って開いた指の回数にハッとする。


「…小学校、2回卒業したわ」

「え。12年…っスか」

「うん。あ〜…俺もデカくなったなぁ…」

「…すげぇっスね、12年…」

「そーでもないよ、社長もタマヨさんも俺よりずっと長いし」

「や、だって社長は自分の会社じゃないっスか。タマヨさんも社長の遠縁だって言うし。なんていうか…身内じゃないのに、一カ所でずっと勤めてるのがすごいっていうか」

「あー…そういうコトね。確かに、俺、高校出てからココしか知らないもんなぁ」

「転職しようとか思わなかったんスか?」

「うーん、そうね、なんか…うん、なかったっスね」

「へぇ……って。ユゲさん、真似すんのやめて下さい」


自らの口調を真似されたシミズくんは、書類の束をホチキスで留めながら、心底嫌そうな顔をした。


「あはは、悪い悪い。ところで、今どんな感じ?」

「あ、あとこっちの資料纏めたら終わりっス。すんません、トロくて」

「あ、いーのいーの。丁寧な方が顧客に心象いいから。んじゃ、9時半には帰ろうか」

「了解っス〜」


軽い調子で返事をする後輩を笑顔で眺めながら、ふと、思う。





…12年。





今までまともに数えたことも振り返ったことも無かったけれど、よくよく考えたら自分でもエライもんだ。


でも、俺はたかだか12年社会人して来たくらいでふんぞり返ることなんて出来ないと思ってる。




だって、俺は知ってるんだ。
毎日、休むことなくずっとずっと頑張って来た人のことを。






昔は、本当にガキだったから…迷惑かけたこともあったけれど、それでも俺をいつも温かく包んでくれた人。
その人と暮らしたのは、高校一年から三年、そして勤め人になるまでの三年とちょっと。
けれど、俺は今でもあの人には頭が上がらないし…俺が、唯一、女性として人として 『好き』 と素直に思える人だ。




あぁ、恋愛感情の好き…って言うのとはちょっと違うな。




何て言うんだろう、この感情は 『敬愛』 という言葉に近いかもしれない。










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