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幻想
鈍痛を抱く手、甘い麻痺。前篇(スーダン・田中眼蛇夢)
※お相手は田中くんです。リクエスト夢でございます。(青葵様よりキリ番リクエストで頂きました、有難うございます。)

※舞台背景としては第4章&学級裁判です。学級裁判故、誰かが必ず亡くなりますのでご注意くださいませ。

※主人公ちゃんは“超高校級の絵本作家”です。容姿設定等はございませんが能力設定有ですので、ご了承くださいませ。

※第4章ネタバレが多少ございますので、未クリアの方はご注意くださいませ。

※原作寄り故、過去作品中最暗&悲恋ですのでご注意くださいませ。






*****





ッガンッッ!


と。


鈍い音が、落ちる。

鈍器が、鈍器を、鈍ずる音。
それでいて甲高く、絶叫に似た軋みと共に、落ちては私に降り注がれていく。


それは、音も、感覚も、一瞬。
それでも、手首に残る衝撃は、きっと、永遠。



鈍々しい音とは対照的に、
それはそれは鮮やかに、広がり続ける紅々しい海。

鼻腔を刺すその香りは…鉄錆臭さを孕んでいて。
機械と化した彼のそれか、機械と生された彼のそれか、私には判別出来なくて。


やけに綺麗な、赤、紅。

一見、強者な彼が、
機械化を伴って、更に強者となった彼が、
こうなる事までも予知していたのだろうか。

妙に生々しいそれが、妙に温かい空気で膿んで。
摂理に従い酸素を取り入れれば、私の全身に、その悪意が戻ってきてしまう。


…どこまでも残酷な、、、

ううん、どこまでも用意周到な、クマ。



『…ごめん、なさい…。』



『…ごめんね……弐大くん…。』



私はどこかで期待していて。

きっと、、彼なら、こんなの…ものともしないで、防衛本能に従って、私を殺し返してくれるんじゃないかって。

今も流れ続ける彼の無念を目の当たりにしながらも、それを、まだどこか期待していて。


彼に言葉を掛けて、恨み言を待って。
呟いて、呟いて。


でもやっぱり…そんなものは私の我が侭で。

もし彼が目を覚ましたとして、
私を殺してくれたとして、
結局、私は弐大くんに全てを押し付けてしまうのに。



私は、もう、ここまで駄目になっている。
私はもう、可笑しくなってしまっている。


自ら命を絶てば、それで良かったのかもしれない。
でも、「彼」が最も嫌うそれは…私には出来なくて。
こんな時でも、「彼」に嫌われる事を、最も恐れてしまう。

…身の程知らずにも、「彼」に恋をしてしまったから。



でもこれで…「彼」が誰かを殺してしまう事も、
「彼」が死んでしまう事も、もうないのだから。



醜悪で、見るに耐えない悍ましさ。
私は今、どんな顔をしているんだろう…。




______




――死体が発見されました…!




緊張感の無さこそが、不気味に緊張感を醸す、慣れたくないのに、耳慣れる、絶望のアナウンス。

重い足取りで、無気力に、現実へと向かう。



タワーに行けば、すぐに「彼」が私に声を掛けてくれる。


「…遅かったな、みょうじ。もう捜査は始まっているぞ?」

いつに無く…不機嫌な、彼の声。

『…ごめんね、田中くん。』

「…フン、まぁ良い。俺様達も捜査を始めようではないか。」

『…うん。』

何故遅れてきたのかは、聞かれない。
だから、私も、何故待っていてくれたのかは、聞けない。



―そして、戻ってきた現実を、竦む足で踏みしめる。


だけど、踏み込むと同時に気付いてしまう。
もうそこは私の知った空間ではなくなっている事に。

ところどころに散りばめられた「それ」は、彼そのもので。
優しくて…どこまでも、優しくて。

私の痕跡を、悉く打ち消していくようで。



…そんな細工に、涙ぐむ私にも、きっと彼は気付いている。
それでも、何も言わない。
その沈黙も、ただ、優しい。

私は…こんなに醜いのに。
いつも彼は優しい、何故か、傍に居てくれる。


こんな時でも、馬鹿みたいに、彼と居る時間を嬉しく思う私は、やっぱりもう壊れてしまっているんだろう。




まだ時間はあるようだったけれど、
無言で、只管、捜査を続ける私達は、皆よりも少し早めにその時を区切る。


現場を離れ、捜査会議とばかりにロビーへと移る彼に、従って歩く。

「…一通り調べ終わったが…フン、どうやら此度のクロは、なかなかの切れ者なようだな。」

この俺様のように、な。

そう不適に笑う彼の顔は、
どこかいつもの余裕さを保ちながらも、
私の心に迫る、真摯さがあった。



…もしかして彼は、私を…守ろうとしているのだろうか?



そんな事、ないと…解っているのに。

そんな都合の良い事を思ってしまえば…涙が零れてしまうから、
私は、その言葉を期待ごと、自分の言葉で流してしまう。


『…そう、かな。ごめんね、私…やっぱり捜査しても…よく解らなくて。』

ごめんね、と言って、へらと笑う。

いつも役に立ってなんかいなかったから、どこも嘘じゃないのに。
私を見下げる彼の表情は…どこかいつもより剣呑に思えて。


それなのに、繋がる言葉は、私の意識等飛び越えて。


「…みょうじ。…これは、貴様のだろう?」

差し出された彼の右手には、星のキーホルダーが握られている。

紛れも無く、私のもの。
私がいつも、身に付けているもの。
私がわざと…現実に、置いてきた、はずのもの。


無い、と思ってはいたけれど…
田中くんが…持ち去って、いたんだ。



現実と、現実を、
受け取りあぐねる私を、彼が、更に促す。

「…エレベーターの中に、落ちていたぞ。」


酷く優しい、嘘。
そんな嘘を吐く必要性なんて、彼にはないのに。
私の為に、嘘を吐くメリットなんて…どこにあるんだろう?


彼の言葉を咀嚼なしに飲み込めば、
全て夢だったのだと、そう錯覚させる、麻酔薬。

甘くて、甘くて、身体も、心も、溶けて、融けてしまう。


…甘い期待が、交わっていく瞬間。
…何かが、また壊れていく音だけが爆ぜていく。


『…そっか、ごめんね。』

力なく受け取っても、彼の表情は険しいまま。

「…大事な物なのだろう?今後は気を付ける事だ。
…いつも俺様が取得してやれるとは限らないのだからな。」

深く目を閉じて、溜息交じりの、いつもの、お説教。

一切声色を変える事なく語られる、その言葉に隠れた決意。


…やっぱり、そう、なんだね。




『…うん、ごめんね。』


全てを綯い交ぜにした、ごめんねを繰り返す。

私は彼の決意を、踏み躙って、そしてまた、踏み躙ってしまうから…。
その為にも、ごめんね。


「…貴様は謝辞ばかりだな?こういう時は…感謝の意を示すものだ、貴様にそんな顔をされたとて、俺様は心嬉しくもなんともないのだからな。」


…だから、もっと、笑っていろ。


そっぽを向く彼が呟いた、私にしか聞こえない、きらきらした言葉。
彼はいつでも…私の大切な、お星様。


優しくて、困ってしまうから、つい謝ってしまう。

『うん、うん…ごめんね。』

「…!貴様、くどいぞ…!!」




―えー、僕も待ちくたびれちゃったんで、そろそろ始めちゃいたいと思います!



私の言葉に、怒り顕に立ち上がる彼を制するように、高く響き渡る。

微塵も緊張感が無いせいで、不気味なまでに緊張感を醸し出す…耳慣れる程に心が歪む、絶望のアナウンス。


…私を助ける、天の声。



『…時間だね。行こう、田中くん。』

彼の顔は見れなくて。
そっと、立ち上がって歩き出す。

「…待て!みょうじ!!…何時…気付いたのだ…?」



後ろ手を、彼に、強く、強く、痛いまでに、掴まれる。

一見、血色の薄い、冷たそうな彼の肌は、

こんなにも温かかった事を、私は今初めて知って。

知った喜びに、この時で無かったら、どんなに、と。

過ぎるばかりの思いは、ただ浅はか。



…このまま、彼の全身を巡る毒が、私の身体に巡り回って、触れた側から壊死してしまえば良いのに。



沈黙を良しとして、逃げる私を彼は離さない。
いつも優しい彼が、本当に、手加減無しに。
鬱血しているだろう、私の手首。
それさえも構わずに、そのまま折らん勢いで、強く、強く…掴んでいる。




…そこまで彼に求められて、
無下に振り解ける程、私は身体も、心も、強く、ない。


『…昨夜、モノクマちゃんに、聞いたの。』

夜11時頃、田中くんの部屋に行ったんだけど…居なかった、から。

ぽつ、と語れば、ほんの少し、緩んでいく圧迫。
それすら惜しむ私は、どこまでも可笑しい。


『…ヒントを、くれたの。馬鹿な私でも、解り易くて…ファイナルデッドルームに行ったんだって、すぐに解った。
…モノクマちゃんってさ、話しても何にも通じない、快楽主義者みたいな人なのかな、って思ってたけど…意外と、お話解ってくれるんだね。』

あ、人じゃなくて…クマだね。
ごめんね、とまた、へらと笑う。



沈黙を破った私はもう、負けている。
彼が望むなら、話せるだけを、話してしまう。

そしてもう…そんな最後の甘い時間を、自ら望んでしまっている。
酷く非道い、我が侭なのに、私は止まれない。


止まらない私を、彼もまだ…制してはくれなくて。



『だから…田中くんが、中に入ってる間にね?私も時計をズラしてたの、1時間。
それで、田中くんが出て来たのと入れ替わり、みたいな感じで…私も中に入った。』

そこで、田中くんが何をしようとしてるのか…なんとなくだけど、解って…。


と語れば、緩んだ温かさが、急激に、急性に、熱を上げる。
…手首の締め付けが、一段と強くなる。


「…俺様が問いたいのは、手段ではない…。
…何故だ?…何故貴様が、俺様の代わりに…その身を貶める必要があったのだ?
その手を、汚す必要等…どこにもッ…!!」


痛い、と言えば、
彼は私を、離してくれるだろうか。
そしたら、赤い扉まで…走って、走って、エレベーターに、飛び乗って。

逃げ去る方法だけを考えて、彼の言葉に応えない。


だって、それが、一番、痛いから。
一番…聞かれたく、なかったから。


それでも悲痛な彼の声色に、どこか縋るような右手に、
私の小さな心は、想いを零してしまうのだ。


『…大好き、だから。』


『私…田中くんが、好きなの。』


『…どうしようもなく、好きなの。』


ごめんね、だから、耐えられなかったの。
貴方が罪に染まる事も、
貴方が死んでしまう事も。



零れる恋情に、重ねる懺悔。


溢れる後悔が、瞳を濡らし続けるから、私は彼を振り返らない。



…もう皆、待ってるよ。

早く、行こう、と声を発する前の、その刹那。


未だ自由を取られた後ろ手が、強く、強く引かれる。


突如として背中に広がる、彼の鼓動。


「…行くな、おなまえ。」

掠れた、ひどく弱い、細い彼の声。
こんな声も…名前を呼ばれる事も、初めてで。

ただ嬉しくて、ただ、悲しい。


『…ごめんね。』

「…俺様も、同じ想いだとしても…、行くと、言うのか…?」

『……ごめんね。』


重い、沈黙に、足を取られて引き摺り込まれて。
彼の言葉に、酩酊までしてしまうから。
歪み続けて行く足場を、謝罪で固めて、踏み締めて。



「…ならば、俺様と心中しろ…。あやつ等に…貴様を、おなまえを…!…殺させて…たまるものか…ッ!!」

首筋に埋められる彼の顔。
くぐもり漏れる、地の底を思わせる程、深く、憎しげな声。


『…世界を征服する覇王が…何言ってるの?』

…思ったよりも、明瞭な自分の声が、どこか遠い。
浮かべた笑顔は、きっと醜い。


自分の信念すら曲げて。
死のう、だなんて。

私にそんな、価値はない。
私はもう、鈍痛に囚われて、何もかもが麻痺してしまっているのだから。


未だに埋められた彼の顔が、温かくて、どこか、冷たい。

「…俺様の征服する世界は…貴様が居る、世界だ…。

おなまえが地獄へ行くのならば、俺様も地獄へ、共に還ろう…ただ、それだけだ…。」


『…ごめんね、でもきっと…私は、一緒に行けないから。』

きっと、田中くんは…地獄へは、行けないから。

腰にキツく巻かれた腕が、更に締め付けを強くして。
骨が軋むような音にさえ、歓喜していく馬鹿な私。


「ッそんな戯言をッ!…己で命を絶つのだぞ!?…地獄へ堕ちん、訳がないだろう…ッ!!
…何故、何故貴様は…いつも諦めるのだ…?ならば何故、俺様を諦めて、くれなかった…!!」


息が詰まる。
彼の言葉も、想いも、鼓動も。
その全てが、私の中に詰まって、詰まって。
呼吸をするように、彼だけに、なっていく。

私は自分より…もう、「彼」そのものを、
何よりも主軸に思ってしまうのだから。


『…ごめんね。それだけは…できなかったの。』

ごめんね、ごめんね。


壊される程、身体が痛い。
壊される程、身体が熱い。
壊される程、彼の全てが愛おしい。


「行くな…、行くな、おなまえ…。俺様を置いて逝こう等…赦さん、赦さんからな…。
…好きだ、おなまえ。…狂おしい程に、貴様が…愛おしいのだ…。」




…堕ちていく。
彼にまた、ずっと、ずっと、堕ちていく。

だから私は這い上がれない。


その言葉に射抜かれて、全てを放棄してしまう。
…だから彼の口付を、避ける術も見当たらない。


痛みが勝る、荒々しい情動。
全てをぶつけられるような、恋の最果て。

『…っふ…はぁ……っ…んっ…。』

ぐちゅ、と。
響き木霊する、無遠慮な音を立て。
息を止める勢いで、注がれ続ける彼の熱情。

呑み込みきれず、口端から、つつと零れていくそれが、口惜しい。


もう、頭の芯が酷く痛い。
取り込めば、酔うばかりの甘い甘い麻酔薬。
…過剰摂取で、このまま死ぬ事を願う、私の滑稽さ。


「…っ…は…ッ…。」

挿し込まれていく、熱く、紅い、彼が舌。
絡め取られ、生気を吸われるように、ただ、劇しい。

『…んぅっ…はぁ……ぁっ…んんっ…。』


応酬なんて、できるはずもなく。

ただ在るがままに、彼を知る事に、感覚全てを預けていく。



僅かな時間の、僅かな逢瀬。



残されたこの僅か数分で―
…私達は、醜悪なまでに全力で、愛を分かち合う。




―――――


彼の口付が、ほんの少し離れたその先で。

『…ごめんね。…ありがとう…。』

乱れる呼吸を直しもせず、すっかり大人しくなったと見せかけて。
不意の言葉を吐く私は、何よりも汚い。



「ッ…!なに、がだ…?」


まだ少し息が乱れる彼を背に。
私はただ、走り出す。


呼吸なんて、もっと乱れて死ねばいい。


赤い扉のその先へ。
入ってしまえば…そこは、彼の未来。


「…おなまえ!」


…名前を呼ぶ声が、近い。

それでも…振り返れない、振り返らない。

思い火照る彼の熱も、
耳元を熱く過ぎるその声も、
全てを振り切って、

私は処刑場へ、笑顔で臨むのだ。









前編・終

******




初の前編・後編ものです。
詳しい後書きは後編でさせて頂くと致しますが、
井澤の少ない作品中では最高の長さ・重さ・暗さを誇っております。
後編の方が暗い、かもしれませんので、少々ご注意くださいませ。

長々とこの度もお付き合い頂きまして有難うございます。
お読み頂きまして本当に有難うございました。

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