[携帯モード] [URL送信]

幻想
鈍痛を添う躯、甘い迷妄。(スーダン・田中眼蛇夢)
※お相手は田中くんです。大変僭越ながら、キリ番リクエストにて頂きました。(無音様、リクエスト有り難うございます。)

※鈍痛を抱く手、甘い麻痺。前・後篇の続きです。
先にこちらをお読み頂きました方々、そしてこちらの内容にご納得頂けました方々以外には、大変申し訳ございませんがお戻り頂きます事をお勧めさせて頂きます。

※前作同様、もしくはそれ以上に内容が暗くございます。併せてご了承頂けました方々がいらっしゃいましたら、この度もお付き合い頂けますと幸いです。




*****




有り得ねえ事ばっかで、修学旅行だなんて名前だけで。

いざ始まってみりゃあ、殺人、殺人の、連続。



南の島って言えば、聞こえはいいけどよ、結局は監獄だったんだ。
陸の孤島ってヤツで、助けも何も求めるだけ無駄だった。

もう何日も探してるのに、出口なんてねえ。
帰る方法も見付からねえ。
俺ら以外、誰も居ねえ。




それでも、そんな中で唯一救いがあるとしたら、
俺はまだ殺されかかった事もねえし、もちろん誰かを殺そうとした事もねえ、って事位だ。



だけど、そんなの何にも関係ねえんだな。
世界ってもんが俺だけのもんじゃねえって、思い知らされるってゆーか…


どんだけ無関心でいようが、どんだけ助け合おうが。

実際、何度も何度も、コロシアイが起きてんだぜ…?



映画でもねえ、ドラマでもねえ、現実で。




人が人を殺すのが、恐ろしかった。
人が呆気無く死ぬのが、恐ろしかった。



死体を、初めて見た。
殺人を犯したヤツを、初めて見た。
人が死ぬ瞬間を、初めて見た。



…そんで、さらに。
間接的とはいえ、自分だって殺人に加担してるってんだから、笑えねえよな。




でもよ、なんか…あれなんだよ。
どっか…現実味ねえ、っていうかさ。

人が、死んじまっても…可笑しい位、なんも残らねえんだ。
別にそいつの事を忘れる訳でも、思い出が無くなる、って訳でもねえはずなのに。


跡形も無えんだ、文字通り。
綺麗に、何事もなかったみたいに、平然としてやがんだよ。


だから、
死体の記憶だって、
学級裁判だって、
…処刑だって。


俺の記憶からブッ飛んじまえば、
それで…終わりなんだよ。



終わらせ、られんだよ。






けど、けどよ…。





俺……すげえ、怖えんだ。




死体よりも、殺人よりも、自分がそれに関わっちまってるって事よりも、

人が、本当に…狂っちまう、事が。







―最初は…腫れ物、だったんだ。

“みょうじ”の話は、しねえ。
誰が言った訳でもねえけど、暗黙の了解ってヤツで。

みんながみんな、口を噤んで。
普通に、しようとしてたんだよ。


それでも、あいつには…
そういう常識も、感覚も、
全てが、全部、全部、ブッ壊れちまってたんだ。



平気で、みょうじの話をして、
平気で、みょうじと…話を、する。


…むしろ、もうみょうじ以外とは、必要最低限も話さねえ。

あいつは、きっと…みょうじしか、見えてねえんだ。




――



「田中、みょうじ、おはよう。」

「…ああ。」

日向も、

『田中さん、みょうじさん、おはようございます。』

「…ああ。」

ソニアさんまで、も。



…いつの間にこうなっちまったのか。
みんな自然と、あいつの前では、こうなんだ。



…それは、俺も例外じゃ…ねえけど。

でも、今じゃ、そいつに話し掛けられる事だって…。


「…退け、雑種。
おなまえが通れんだろう。」

不機嫌どころの騒ぎじゃねえ、心底イラ付いてる声。

その様子に、声に、“その名前”に…どうしようもなく、ビビる。


「あ、ああ…悪りぃな、みょうじ。」

あいつの右隣を気遣うように、空間を譲る俺。
それだって、ただ…怖えからだ。


「…フン、次は無いと思え。


…征くぞ、おなまえ。」



けどよ…本当に同じヤツかよって思う位、
信じらんねえ位にさ、優しい声…出しやがるんだ。



だから俺でも、解んだよ。
あいつ、本当に…みょうじが好きなんだって、
大事なんだって…それだけ、大切なんだって。


あいつが常に、肌身離さずにみょうじの絵本を持ってる事も、
証拠として残ったみょうじのキーホルダーの一部を、まるでピアスみてえに左耳にしてる事も。


あいつの想いの深さを示す以外の何物でもねえんだ。




けど……だからこそ、怖えんだ。

どんなに、どんなに、俺が忘れたくても、
毎日、毎日、毎日、あいつはみょうじを連れてくる。

絵本が目に入った日なんて…あの処刑が、直接脳みそに叩き付けられるみてえで。
奥歯がガチガチ鳴っちまって…南の島だってーのによ、本気で身体が凍っちまうって思うような寒気がしちまうんだ。



ピアスだって…開けた事なんて、無かったんだろうな。

安ピンすら使ったかも怪しい、ガタガタの穴。
消毒とか、きっとそういうのも知らねえで、抉じ開けて。
膿んで膿んで、紫を通り越して、黒染む耳たぶ。


そこに無理矢理に刺さってる、鎖。
重力に従って揺れ下がるそれに、血が滴ってるように思えて。
見るだけで、ただ、ただ…痛え。

だからいつも、左耳は見ねえようにしてるのに、
意識すれば意識するほど…逆に、印象付いちまう。




どれも、これも、全部。
…みょうじは、残ってんだよ。
跡形も無く、綺麗に、なんて…許されねえみてえに。



現実と非現実の狭間に、確かにみょうじが…居やがるんだ。




―見えない彼女が、怖えんだ。

見えるあいつが、怖えんだ―。





――




…俺様が狂っている、と。



俺様が聴界に掛からんようにと、
酷くしめやかに、声を潜め貶めて、
有象無象が謂い合っている。

…それが嵩じたが故に、
小なる軽さを得たその音が、俺様まで届いているとは気色取れずに。



その音に遭逢したところで、何を今更か、と惟うのみ。
実に檮昧で、甚だ軽忽な事だ、と。





…ああ、そうだ。

俺様は、紛う事無く、おなまえに狂っている。

そのような事は別て記すべくも無い。
それがどこまでも、只管と、無窮と続く理なのだ。



俺様が、この畢生で持ち得たる、その全て。
心身も、刻も、有形無形も隔てずに。

その全ては唯、彼女が為に、捧げ賜うが為のもの。




……右。

俺様の、右隣へと。
笑い掛ければ、彼女が赤らみ微笑ってくれるのだから。
至極と、瞭然と、全てを懸けるに足る想いが、またと点す。




「…愛している、おなまえ。」


注し溢る想いを口にすれば、どこか、寂し気に。
それでもふわりと、常と応え笑ってくれる彼女が、また、堪らず愛おしい。


傍らに、置き置くだけでは、俺様が想いを遺さず伝えるには、距く。


彼女の華奢な腰を引き、俺様の胸中へと誘い抱く。

交わした瞳の奥、奥までを。
見詰めれば、彼女を離すまい、と。
募る何かが絶えず深くと俺様を堕としていく。


唇が合わさるがその刻に、
両幕を閉め、外界の一切を庶蔽して。


観照までも於き措いて、
そっと逢い広う彼女の熱に、鈍痛に、
微睡み、揺蕩えば…
俺様が生を、確かに享と感じられるのだから―。





――



始まりも、終わりも、全ては徒と平等に。
生動も、静倒も。
おなまえを除けば、その他が事象は斉一に、俺様の衣にも触れずと過ぎていく。



学級裁判という仮面を被り、
面下で醜怪と哂う処刑場が、
再度とその顔を見せ、開口しようとも。


興り交う声々、音々の、…何と愚かしい事か。




おなまえはクロでは無く。
俺様もまたクロでは無く。


おなまえと俺様が隣に在り続けて居るという事。
それが何よりの証拠であり、揺らぐ事等無い、無二が真実なのだ。

それより他に、何の意味が有るというのか―。





コマエダが散ったらしい。
ナナミが散ったらしい。





有象無象が背景も、徐々と色褪せているという。
しかし誰が、背景までと、備に憶える者が或るというのか。


そもそも、
果たしてその背景が、おなまえに、俺様に、
至要たるに適うものなのか。


そのような思惟に刻を割く事すら、悉に莫迦莫迦しい。

それがおなまえと俺様が二人の刻を、差構い、 障碍する以外の、何物にも為り得んのだから。




――



もし、俺様に、唯一と。
その背景が満欠を思料させるならば、闇夜が王、か。



今宵は、月が、満ちている。
欠けを赦せぬ俺様には、それに酷くと、安寧が寄る。


その灌光を身に受けようと、挿し隔てるものを厭い、
海岸線へとおなまえを連れ立てば、

『…綺麗だね、田中くん。』

…彼女が王を褒め讃い、
比するまでも無く、彼女が美しいと、

「ああ、本当に、な…。」

内々にて、返す。



満ち満ちる王を背景に。
常時は、物柔らか物静かと手を取る彼女までも、今宵はややと饒舌に。


続き躍う彼女の声が、弾み。
その軌跡が、沈み。


砂浜に二人が場景を、残していく。





彼女と二人、一度座せば、
目的起てたはずの、その灯りが光明さえも、忘れ。

彼女が声を、一音と漏らさず、刻み付けて、いく。

『田中くん、今日はね…。』




―幾度と、灼々と陽が跪き巡り、闇夜が王が君臨し。
月日が馬が、駆け奔ろうとも。



彼女は…変わる事は、無い。



そう、だからと。
何時と無く、何処と無く、彼女は、俺様が、隣。
それに、甘えるが、故に。

彼女を呼び、彼女に呼ばれる。
その至福を、もっと、もっと…と。




「…おなまえ。

…俺様の事も…名で、呼んではくれまいか?」



ふと想い過ぎったは、自らの浅墓な念望。



俺様が想いを受けて、困ったな、と眉尻を下げ、惑いながらも笑う彼女。


今宵も、彼女は、困ったように、笑っている。


「……おなまえ?」

しかし何を困惑させたのか、
それすらも解せぬ、生熟な吐露を落としては、
俺様は……先を、待ってしまう。


先を、望んでしまった、のだ。




…それこそが、謬りだった―。



ごめんね、と、彼女の微弱な周波数が、渡る。

『…ごめんね、私バカだから…
田中くんの名前の呼び方も、その時の表情も、声に乗せる想いも…解らないの。』


ごめんね、とまた。
心と困り果て、彼女が笑う。





…彼女は、何を、口にしている…のか。



可笑しい、と思えば、惟う、程。

愛おしいばかりのその笑顔からは、偽りの片鱗すらも掬えない。

彼女は、俺様の名を呼ぶ術を、知り得ず、持たない、と。
帯び寄せ襲うは、真実味、ばかり。




―彼女が語る“今日”とは何時だった、のか―。




…その本質を識れば、
俺様が迷妄が、肺腑に弘ぎ拡がってしまうように。




……ああ、可笑しいのは、俺様、か…?




終にと溢れてしまったのは、
人を狂わすという、月光が魔力の所為では無く。
先と狂った、俺様が身の錆に過ぎず。


不変を不偏としたが為。
愛しき常日に、生じた、小さき歪み。



―カタカタと。

廻り廻る映写機が、
俺様の網膜が銀幕へ、
切れ淀む間も無くと、

映すは只、唯、過去、過去…過去。



飼い従え馴らした、と。
傲ったが相手は、久遠を司るウロボロス。

その尾先が口から放される事も痴れず。
一つが縄へと姿を変えたそれは、俺様の腕から、易と、易と、逃れ落ちてゆく。




彼女との、確かな先を、未来を、紡ぎ永らす事…
それはもう、救い叶わぬ、現実事実―。







ッガンッッ!




と。

頭上へと、衝撃が降り注がれていく。

…ああ、どこか、遠く、知り訓る、痛、み。



鈍痛が鈍く、鈍く、鈍く、何処までも、鈍く。

全身を、這い、迸り、巡っては、
俺様が奥底、その深潭へと…手重く封じた扉を、叩き続ける。


鈍々と、鈍々、と。





…積み積もる辛苦に、扉が僅か少しでも堪えてしまったならば、

そこが、俺様が、世界の終焉。



…俄、俄と、滲み帰るはあの日が記憶。

彼女が、彼女が、戻った、記憶。





ああ…。



……ああ、“おなまえ”、は…。




深く、重くと、瞳を閉じる。
外界へ、カチリと、歯車が嚼み合う凍て付く音。


それでも、
それでも、と。


知り得た後も、またと幕開けば、
…彼女は、俺様が眼前に、未だ、確かに。


どうしようも無く、この世のものとは思えぬ程に、
何処までも佳麗に……居て、くれるのだ。


「……ただ、だだ…俺様の名を、呼べば良い。

…眼蛇夢、と。」

困り笑う彼女を、慈しみ愛しむように。
…その摩り裂けようとする金線が、切れぬ事を、切と願い。


緩く首を傾げる彼女は、

『…が、ん、だ、む、くん?』

只、純粋無垢なまでに、倣い、
一音、一音を、俺様へと、返す。



…俺様が望み通り、欠ける事なく、と。


返されたはずのそれは、
選り合わせただけの、繋ぎを持たぬ、音。
決して心の乗らん、生を伴わぬ、音。

まるで…絡繰に言葉を指教するかのように。
拡がり続ける胸腔で、反響しては裂き割れていく。


音々の集塊に過ぎないその振動が、鈍痛をよりと作興していけば、

傷んだ金線が、ぷつと、事切れる……。




「…ああ、ああ…そう、だ。


……それで、良い…。

それで、良い…。」


囀り謳う声とは裏腹に、
頬に細くと筋が生まれてしまえば、彼女が明地と当惑する事が、苦しい。

何でも無い、と己を佯れば、支流が生まれ、水嵩が増しては、氾濫し。

彼女をまたと困らせる、哀傷の坩堝までが生まれていくのは、俺様の瑕疵…なのか。


生まれ続けるそれを、無と帰す途方も無く、
彼女が瞳から、己の無力を不様を圧して、…逃れて、しまう…。




砂粒へと、濡れた焦点を直と合わせ、

ぱたと、落涙を見送れば、

俺様が背に、掩い蔭る暗雲一つ、

気配取る事さえも…出来ず、に。







ッガンッッ!




と。

迷い無く、慈悲と無く、頭上に降り落ちた、衝撃に。
砂上を捕らえたままの両眼から、悠然と、逆様と、墜ちて、いく。


鈍い音が起ち舞って。
惑星が摂理に従い、臥してしまえば、
明瞭であった至境が、儚々と、白み白んで、喪われていく。



待ち詫びたかのように、外界へと飛び流るる鮮血は、俺様の躯へ再びと、戻る事を望まない。

砂粒が間を縫って、
緩りと、貯まり溜まっては、大地を穢し侵していく―。





…旅立ち薄らう血色に抗って、それでもしがみ付き生きる他が感覚で、



尚も捜し捉えるは、…やはり、唯…彼女、のみ。







彼女が声を張り泣き、鳴き啼いている。
その様、その要因たる己が、何より、口惜しい。

それだと謂うのに、俺様が右半身へ、添うてくれる甘く痺れる体温が、
その感覚に、酩酊する狂酔さえも、愛おしい。


「…泣くな、おなまえ。

…俺様も只、還るのみ、だ……。」


貴様も、此度こそは共に…逝ってくれる、だろう?
俺様の隣は、貴様だけだからな…。




俺様が言葉を、その意味を、心からと解してくれたかのように、
彼女の涕泣が、益し増さる事さえも…
なんと、幸せな、事か。

過去しか巡れぬはずの、追憶が中で…
こんなにも、こんなにも…声を上げた彼女は、居ただろうか…。


絶えた視界で、鈍る頭が観るは、現世と幽世が狭間。
甘さを纏う迷妄は、俺様を彼女、彼女で、最期まで。
埋め尽くし、夢想を連ねては、誑かしてくれるのだ。




浸り高まる聴覚に一意して、彼女が叫声に身を委ねれば、
果て無く温かい、想いと声の海。





…その中、で…微かと雑じる嗚咽の波状は、誰だった、か…。


…喩え、人であろうと、異形であろうとも。

幾らと遡り手繰ろうとしたところで、
その姿が…浮かび上がる事も…無い、が……。




「…礼を、言おう。」


彼女の手を、晦冥が中にて探取り、
逸れぬようにと、堅く握り締めては、
彼女へ、誰かへ、何か、へと。


…彼女と同じ、最期の言葉を、そして笑みを、此処に置き、





潔く、幕引こう―。









―俺様が予定より、頗る早くと手にした片道切符。

殺されたとあらば…詮無き事。

それもまた、理と。
迎え入れ、迎え入れられる事に、不遜に、高慢に、笑おう。



…叶うならば、
彼女の元へと真直に、至り届く道である事を、
瞬刻と止まらず、往ってくれるが事を。

地獄が深淵より、天上が信じぬ神々へと、
醜く愚かしく、強く、強く、強く、祈り、請いて願おう。




…そして“彼女”に逢えた、なら。

まずは彼女の叱責を、確と浴び受けて、心からの謝辞を述べよう。


だが、それでも、最後、最期まで、と。
彼女が言葉も、俺様が信念も、全て…総て遵り、破り違える事は無かったと。


最後、最期まで…おなまえが隣に在った事を、
俺様の、寸分と狂い変わらぬ、想いを、心を、贈ろう。



…そんな俺様へ。
彼女が、一度、微笑ってくれた、なら。


その刻、その刻こそ、


俺様の、名を―――。







――




「…はぁっ…はぁっ……はっ、う、ぁ゛…。」




息の仕方が、解らなく、なっちまって、る。
それが滴るスパナが、すごく…重え。
それを通った海風が、変に、生温けえ。


なのに鼻に刺さる錆臭さが、機械のそれに似てるようで。
少し懐かしい気がしちまう自分が、一番、意味…解ん、ねえ。






…本当に、呆気、無かった。

たった、たった…一振り。

それで、終わっちまったんだ…。



確かな終わりを感じる肌が、冷えていく。
なのに、汗が…止まらねえ。

スパナを握る右手が、ギチギチ音を立てている。
爪が皮膚に食い込む、感覚。
滴るそれが、増えていく。


……震えが、止まん、ねえ…。




けど、それじゃ、ねえんだ。
そっちじゃ、ねえんだ。



最後、あいつの最期、に…

あいつに寄り添う、みょうじが見えちまったんだ。



ごめんね、と。

あの日みたいに、困りながら、泣き腫らしながら、
笑って、言い残したんだ。

俺の事を、一言も、責めねえで。
全部、自分が悪いみてえな顔をして。


あいつと、一緒に、笑って、た。






ああ…残され、た。

…残され、ちまった…。





見えない彼女が、怖かった。
見えるあいつが、怖かった。



…けど、見える事が、もっと…もっと怖えなんて、

知らなかったんだ―。



「…う゛ぅ…う゛、ぅあ゛…あ゛あ゛…。


あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛…!!」



みんなが…みんなが、あいつみたいに、狂っちまうのが、怖かった。

俺を俺と認識してくれねえ位、狂っちまうのが、何より怖かった。

あいつが居たら、あいつが、居たら…きっと、そうなっちまう。




あいつが居るから、あいつが、居る…から。







―肩が壊れちまうんじゃねえかって位、力一杯に振りかぶって、
残されたもの、全部…全部、振り払っちまえるように、海へ、全力で、それで染まったスパナを放る。

遠く、遠く、遙か遠く。
そのまたずっと、ずっと先、俺の知らねえところまで。



二度と戻って来ちまう事がねえように。
絶対に、俺の目に映る事がねえように。

どこへでも行っちまって、くれ…。






刻々と迫り来るその時も、
どっちに転ぼうが、誰が狂おうが狂わなかろうが、
結局俺は一人になっちまう事も、


…どこかで聞き知った、
鈍る手首が一番近くに残っちまってる事も、


何一つと気付かずに。



ただ、それだけを、願ってたんだ。








*****


大変お疲れ様でございました。
最後、彼の最期まで、お付き合い頂きまして本当に有難うございます。
元より、バッドエンドでのリクエストでしたので、そちら寄りでの続編とさせて頂きました。
なかなかに、こちらの続編として成立しているかどうか、力足りずな部分もございますかと存じます、誠に申し訳ございません。

左右田くんには、嫌な役割を押し付けてしまった事と思います。
一番可哀想なのはもしかしたら彼なのではないかなと、大変申し訳なく思っております。
ただ恐らく、そういった強迫観念と、このお話の舞台設定として、彼は、最も、井澤の中では適任でしたので、辛い役割を託させて頂きました。
重ねてお詫び申し上げます。

ですが、また私事で恐縮ですが、井澤はこちらのお話を只、バッドエンド、とは思っておりませんところがございますので、考察にて背景なり書かせて頂けましたらと思っております。
もしそのような戯言にお付き合い頂けます方は、考察ページにてお会い致しましょう。

最後までお読み頂きまして、本当に有難うございました。

[*前へ][次へ#]

25/60ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!