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幻想
時間は大事なものなんです。(スーダン・田中眼蛇夢)
※お相手は田中くんです。こちらも大変恐縮な事にリクエストで頂きました!(京様、再度のリクエスト有難うございます!!)

※〜なものなんです。シリーズ(?)ですね…能力未定の同じ主人公ちゃんで、約束は大事なものなんです。の続きとなっております。
ですがこちらで多少ですが、容姿設定が出ております…申し訳ございません。
身長150cm台で小さめ、髪が肩より長い位→腰近くまでのロングとなっていきます。

※多大なるIFがございます。修学旅行から現実世界へと帰ったりもします、ですので2年後…ですかね?(曖昧かい)そんなステージにも上がります。

※諸々設定をいじらせて頂いておりますので、高校1年生(かな?)の田中くんがお好きな方にはご理解頂けない部分も多く含まれてしまっているかもしれません…大変申し訳ない次第です。

※上記でもご容赦頂けます場合は、お付き合い頂けますと幸いです。



*****



眼蛇夢くんのとくいてんになって。
できる限りを、隣に居るようになって。

…もうそれが自然になってしまった頃には、修学旅行もすっかり後半に入っていて。


そして起こってしまった、
…昨日の…き、キス…の事件で、
流石の私も…眼蛇夢くんが、私の事を…
その、所謂…特別な意味で…好き…だという事に、気付いてしまいました…。

その時は混乱とか驚きとか、感情の波のままに暴れ回ってしまったというか、なんというかで…
変にその事実を重く受け止めていなかったんだけど…。


…日が変わった今でも。
あの感覚…とかを、思い出してしまって。
どうにもこうにも、四六時中な勢いに、眼蛇夢くんを…意識してしまって…早くも心臓が壊れちゃいそうです…。


…それでも慣れというのは怖いもので。
眼蛇夢くんの姿を見掛ければ、彼の隣に自然と足が向かってしまうのです。


(…でも、なかなか顔も、見られません…。)


あんな事件があっても…隣に居るのは、不思議な位嫌では…全然、ないんだけど…。


(…それでもまだあと3週間近くあるよね、修学旅行…。
うー…どう乗り切ればいいのかな…。)


そう遠く思っていれば、
私の異変なんて、彼にすぐに気付かれてしまって。

「…どうした?」

優しく問い掛けられているだけなのに

『うぁ!?な、…なんでも、ないっ…よ!!』

…激しく動揺してしまう、なんともダメな私です…。


「…?」

はわわ、と。
きっと漫画みたいに、全身から焦りの汗が飛んでしまっているだろう私を、ほんの少しだけ怪訝に見詰めている眼蛇夢くん。


…そして更に必死に、その視線から逃げていく、私。



彼の目に捕らわれないようにすればするほど、なんだか挙動不審になるわけですが…。


(そうでも、しないと…やって、られません…!!)



そうこうしていれば、
ああ、と低く、自棄に楽しそうな彼の声が漏れていく音。


(…あああああ…)


その悟りに観念していく想いが走れば、

「…昨宵の、口吻の事…か?」

やっぱり愉しそうに、彼が笑い、問うてくる。

(ううっ…もう、バレちゃって、る…。)

その問いには答えられずに、ただ顔を熱くして黙る私に…

意外にも訪れたのは、沈黙で。

きっと、もっと…なんというか、私の反応を楽しむような、そんな言葉が、降ってくると思った、のに。



重厚な沈黙に、少しだけ心が騒いで。

おずおず、と顔を上げれば、

映ったのは、彼の真摯な…顔で。


「……喩い、貴様が望まなくとも…俺様の想いは、貴様に在るのだ。
だからこそ…詫言を言うつもりはない…。」


だが、更なる情愛の言葉なら…幾度となく、際限なく、述べてやるが、な。


…少し、目を伏せて。
再度見詰められれば、微笑まれてしまう。



その表情が網膜に映って、その言葉が脳髄を走れば、
どうにもまた、顔が熱を持っていくのは明らか過ぎるほどの…現実。

もう私の今までの悩みなんて、蕩けて無くなっていくみたいに…どうでも良くなってしまうようで。

一気に、自分の想いの存在を…思い知らされるような感覚が、血液と一緒に、どくどくと駆け巡っていく。
 

逸る鼓動に、背中を押されて、

『…っ…あ、私…あ、の…。』

その…た、多分…私、も…同じ、気持ち…かな、と想い…ます。


一字一句を言葉にするだけで、五月蠅くて仕方がないそれが頭で反響して。
顔が熱くてくらくらしてくる中で、やっとの想いで告げてみましたところ、

「…ほう?
…ならば、一刻も早く…慣れてもらうしかあるまいな…?」

綽々と、いつもの余裕を取り戻されてしまいまして。


『…あぅ…ん、ふっ…。』

寄せられる唇から逃れられない、レストラン隅のその一角。

まるで計算されたような死角で、こっそりとされるその…口付が、どんどんと深まっていく事に焦るけれど、私の抵抗なんかではどうする事も出来なくて…。


と、とにかくっ
誰かに気付かれないように、声が漏れないようにっ!!


…そう必死な私を見て、覇王様がそれはそれは愉しまれていたのは、その時の私にはさっぱり解らない事だったのです…。



――


あれからというもの。
一応眼蛇夢くんの…彼女、として、自覚も持って過ごしている、つもりです。

…みんなが譲ってくれる彼の隣にも…妙にその意識を持ってしまったせいで、
もっとみんなの笑顔が眩しい程になったのは、正直恥ずかしかったりもするけど…。

それでも嬉しいというか、なんというか、だったりします。


そう思えば、ずっと隣に居たい…。
なんて、わがままな想いが出てきてしまっているのは、見て見ぬフリをして。

それを言葉に出来ないままに、修学旅行は…明日、最終日を迎えます。



――



眼蛇夢くんの、コテージで、二人。
ベッドに腰掛けて。
私の背にぴったりと身体を寄せて。
後ろからしっかりと、抱き締めてくれる眼蛇夢くん。


…私が、そうされるのが好きだと言ったから。
二人きりの時は、こうしてくれる事が多い。

その両腕に安心して身体を預ければ、
彼の体温が温かくて、伝わる心音が、心地好い。



そんな甘美な時間に浸っていれば、

「……おなまえ。」

そう自棄に艶掛かる音が、耳に落ちてきて…キスの、合図。

憶えたそれに、顔は赤くしながらも…応え、る。

『…んっ…ふ…。』

ちゅ、と軽やかな、啄むような口付を何度か経れば、
途端に水音を立てるべく、動き始める彼の…舌。

『んぁ…ぅ…ふぁ…んっ…。』

じゅく、と大きめな音に、
絡められる舌に、なぞられる口内に。

身体は憶えていても…いつまでも恥ずかしさは、残って。
なんだか私はいつも、いっぱいいっぱいで。


『ふっ…ぁ…んっ…ぁ…。』

「…っ……は、ぁ…っ。」




…もう、限界…。

『…んっ……。…はぁ…。』

そう思う一瞬前に…眼蛇夢くんは、私を解放してくれる。

それが嬉しくて、少し寂しい…なんて思ってしまう事は…ちょっと、言えない、けど…。


「…っ……。おなまえ…平気、か?」

優しく、どこかあやすように頭を撫でられて。
気遣ってくれてるのが、とても、本当に、よく解る。

『うん、大丈夫…。』

目を閉じて、撫でられる感覚を存分に味わいながら、自然に答える。

「…そうか…ならば、再びしても、大丈夫…だな?」

口端を上げる、彼の顔は見えないままに。

『え?…んっ…。』

再度口付けられる感触で、それを知って。

『ん…ふぅっ…ぁ…。』



そんな想いの応酬を数度とすれば、
最後の夜が…深まっていく。


――


「…おなまえ。」

口付の余韻で、どこか気怠さを伴う身体に、彼の声音が響いて。

目を合わせれば、真摯な、あの顔。

「…明くる日を以て…この修学旅行も、終わりを告げるが…。」

フッと笑って、ほんの少しだけ…珍しく彼が、言い淀む。

深く目を閉じて。
間を空けず、しかと開かれれば、心まで射貫かれる、あの視線を宿して。
彼の口許が、動きを取り戻す。

「…それでも、約束を…違える事は許さんからな。

どれだけ境遇が変転しようと、どれだけの隔たりが生じようと…貴様の叶う限りを、俺様と共にしろ。

…いや、俺様が…おなまえの隣に、在り続けたいのだ。」


だから、俺様の側を…離れるな。



ひどく真っ直ぐに。
ひどく不器用なまでに。
…彼の言葉は、想いそのままで。


(…なんで、私の欲しい言葉ばっかり、くれるんだろう…?)

私は…言えなかった、のに。
それなのに、彼はまた、約束して…くれる。

…私、こんなに幸せで…いいの、かな…?


赤くて熱くて、持て余し気味の顔は…少し伏せて。
思わず溢れてしまう笑み、も隠すように。

『…うんっ。』

弾む声色も誤魔化したくて、また彼の腕の中へと戻ってからの、お返事。

「…ッ…!」

急に抱き着く私と、正直解り易い肯定に、驚いた彼から僅かに力が緩んだのが解る。

けれどそれも…ほんの一瞬で。
ぎゅっと、強く、強く、確かめるように抱き締められるのが、またどうしようもなく嬉しくて。

更に答えて応えるように、ぎゅぎゅっと抱き着き返せば、笑顔を見せてくれる。



『…眼蛇夢くん。』

その笑顔に…なんとなく、彼の名前を呼びたくなってしまって、そっと、声に。

「…何だ?」

一層柔らかくなる彼の声がくすぐったくて。

『んーん、何でも、ない。』

ふふ、と笑えば、
む?と顔を顰められるけど、
この先は…まだ恥ずかしいから、心の、中で。


(私も、隣に居たいって…思ってるんだよ?)


それまでは、きっと伝わってないけれど。
いつか自分から言えればいいなと、まだまだ彼の腕の中で甘えながら、こっそり思って。


…彼の隣に居られるままに。
修学旅行は、とっても平和に、幕を閉じて行くのです。



―――



やや重い頭に、遅れ気味な、思考。
チカチカと視界がぼやけて、焦点の合わないような…世界の揺れ。

起きた、というよりも…目覚めた、という方が正しいような、私の知っているその時から、逸脱してしまった、感覚。


(…あ、…れ…?

私…なんで、寝てたん…だろ…?)


…最終日は、まだ日没になる前に、終わって。
ベッドに入った記憶は…ない、はずなのに…。


あ、でも…教室から、島に移動した時も…
なんだか、ぐんにゃり、世界が…揺れてたような…。


すっと視線を落とせば、何故かベッドですらなく…カプセル、のような、それ。
慌てて自分の姿を見れば…あまり、変わってないけれど…髪がだいぶ、長い…ような…。

え…?と混乱し始めれば、
目覚めた私を取り囲むように、黒ずくめな大人達が状況を説明してくれる。


どうやら、ここは…2年後で。
私はもう、高校3年生で…今は、年の瀬を迎える頃だと教わる。
常夏から、一気に冬の寒さに当てられれば、季節の違いは一目瞭然で…変に、疑わしい思いは沸かなくて。

この2年間で、崩壊した世界の映像は…
ほんの少し、その片鱗を見せられただけで、胸が苦しくなるばかりで。

こんな世界に晒されて…絶望に堕ちかかっていた私達を、この未来機関の人達が保護してくれたのだと。
そしてその苦々しい2年間の記憶を…絶望の欠片を、取り除くためのプログラムが、修学旅行、だった…と。



…初めは、突拍子もない内容と、寝起き特有の靄もあって、話半分だったけれど…


みんなの姿を見れば、それも…どこか、納得が行ってしまう。


女の子達は…みんな、大人びて、綺麗に…なっていて。
まさか、日寄子ちゃんまで…あんな、グラマラス美少女になられてしまうとは…。

その衝撃になんとか耐えて、も。

白夜くんに輝々は、なんだか随分と…すっきり、してしまっていて。
変わらずご飯を頬張る白夜くんの違和感は際立つし、
喜び勇んだ輝々が、女の子達に駆け寄ってる姿もとっても元気で。

冬彦くんでさえ、少し身長が伸びてしまったみたいで、もう私は見下される形になっていて。
ちょっと緩んだ顔を必死で引き締めようとしてる感じが、なんだか新鮮。

和一くんだって、元々の見た目から髪が少し伸びて、どこか磨かれた、というか、男子独特の骨張ったシャープな印象で…
多分、黙っていれば…格好いい、んだと、思う。



…それでも、惚れた弱み、とでもいうのでしょうか…。
どれだけみんなが様変わりしていても、


(…やっぱり、眼蛇夢くんが、一番…格好いい、よう…。)


私の目線は必ず彼で、留まってしまう。

いつ…止めたのか、彼の右目は…紅を宿していなくて。
下ろしているのか、伸びているのか、髪が…少しなびくように揺れて。
身長も…また、少し、伸びた、みたい、で…。
…もっと、もっと、男の人らしくなっている…彼。



2年という月日が、そこには…確かに、あって。
私の知らない彼が、そこに、居る。
これを、夢だ、と説明する以外には…きっと、覆しようも、なくて。


妙に実感するのに…
反比例するように、あまり、変わってない、自分が…なんだか…辛くて…。

胸中を占めるのは、劣等感…ばかり。


…眼蛇夢くんが…すごく、遠い…。
隣に、すぐに、行きたいのに…なんだろう、並びたく、ない…よ…。


心に錘が乗せられていくように。
重みに従って沈み込めば、視界には水が張って。
乾いた地面に、落ちようとするそれを遮るように、
揺れ動く影が、1つ。
濡らすより前に…地面を濃く、塗り替える。


(…眼、蛇夢…くん…?)


その影に、反射と、期待で、その人を呼ぶけれど

「…みょうじ、大丈夫かよ?」

『あ、和一、くん…。』

明らかに落胆を隠せない、私の声の失礼さに…自分でもハッとしてしまう。

『あ、ご、ごめんね!だい、じょうぶ…だよ?』

あはは、と取り繕ってみたけれど、だいぶ濡れてしまった目までは隠せなかったようで、
これまた明らかに、不機嫌に、ムキになったような声を上げる和一くん。

「…全ッ然、大丈夫じゃねえーだろ、なんで泣いてんだよ?

…あー…田中、か?」

話せばいつも通りな彼に、少しだけ安堵もするけれど、
そこまで見透かされている自分が…なんだか恥ずかしい。

『えっと…そんな事、ない…ですよ…。』

えへへ、と力無く笑えば、
はぁーと大きく息を吐いて、頭をガリガリと掻きむしりながら言葉を探す和一くん。

…その次の言葉を見付けられてしまう前に、

『あのね、本当に…違う、の。
私…私だけ、なんか…あんまり…変わってない、から…。』

原因の、合間を縫って。
彼に及ばない範囲の理由を、語って。

「あー…なんだ、んな事か。確かに西園寺の変わり様は、びびったよなぁ…。」

そう沁み沁み言う彼に、うんうん、と頷いて。
話題逸らし、成功です。

…と、すっかり遣り遂げた思いになっていれば、
くる、と私の方をしっかり見据える和一くん。

「…けどよぉ、みょうじだって…髪、伸びたよなぁ…。
なんつーかさ、艶っぽいってゆーか…色っぽい、ってゆーか…いいと思うぜ?」

少し大人びた彼の目配せと、容姿を褒められる…あまり耳慣れない言葉に、流石に驚いてしまう。

『…っえ?』

完全に狼狽える私を見れば、ニヤっと八重歯を見せて、笑われて。
その笑顔に気を取られていれば、
…髪が一束、その手に取られて、いて。

「…ぶっちゃけよぉ、田中には…勿体ねえって、思ってたんだよ。
今の俺なら、みょうじと並んでも…けっこー良い感じじゃね?」

和一くんの元へと導かれるように、
少し髪を引かれれば、否応なく、彼との距離が縮まって。

『っえ、あ…わ、私っ…!』

なんだか、和一くんなのに…


こ、わい…。


「…みょうじ…。」

名前を呼ばれる声の熱っぽさが、息苦しい。

『…え、と…あ、からかって、る…の?』

依然として離されないその手が、代わりに返事を送ってくるようで。


上擦る声が、震えを覚え始めれば、


掠れた音にならないそれで、彼を…呼んでしまう。


が…ん、だ…むく、ん…。



ぎゅっと、手を、
ぎゅっと、目を、
閉じ合わせて。




「…左右田ッ!!その醜穢な手を…今すぐ、離せッ…!!!


さもなくば…!!」




…折る…。




ギシっと、軋む音に、重低音の憤怒。

「…って…ぇなぁ…。」

苦悶の声に、放される…髪束。


ゆっくりと、目を開ければ、
尚もギリっと、和一くんの手首を掴んだままの眼蛇夢くんが、
全てを忘れてしまったように…これまで、見たことない位に…怒って、る…。


「…おい、放しただろ、離せよ!
…つーか流石に冗談だっつーんだよ、いくらみょうじが可愛くったって、オメーみてえな面倒なのが付いてるのに、わざわざ行く勇者なんか居ねーよ!」

第一、俺にはソニアさんが居るしな!!

急にいつもの調子に戻った和一くんに、ホッとしたいのに、
むしろ険しくなっている気配さえ見える眼蛇夢くんの様子に、
私の内心は…穏やかでは、なくて。


ただ無言で、最後まで…和一くんを、睨み威かして。
不意に彼に背中を向けたと思ったら、私の様子を伺われる。

その両目が、解りやすく、波立って、いて。

「…。」

無言で…私の手を、取って。

歩き出される先も、聞け…ない…。




こんなに、また…彼を、怒らせてしまって…。

こんな状況なのに、なんで…
あの、とくいてんになった時の…
眼蛇夢くんの、コテージに向かうまでの情景が、思い浮かんじゃうのは、なんで…かな…。


(…あ、私…怒って、くれてる事、さえも…

…嬉しい、んだ…。)


強く、強く、強く。
痛みを感じる、その、ほんの、一歩手前。

力一杯に、振り解いても…
きっと離れない、彼の手までもが…嬉しい、なんて。

なんか、もう…私は彼でいっぱいなんだな、と自覚するばかりで……。




そんな私達の背中を見て、

「…ったく、んなに大事なら、一瞬だって離すなっつーんだよ。ばーか。」

和一くんが溜息と悪態を漏らしていた事は、
きっと彼本人しか…知らない出来事だったのかもしれません。


――


…全員に宛がわれているらしい、その個室の、1つ。

ガチャ、と難なく鍵が回れば、そこが彼の部屋だと知って。


扉を開けて、促されるまでもなく。
引かれた手に添って、身体は部屋へと吸い込まれていく。


収まりきった、と同時に
けたたましい音を発てて扉が閉まれば、
ダンっという音も少し遅れて発って。

…眼蛇夢くんの右手に捕まれたままの左手が、扉に押し付けられて、
…眼蛇夢くんの左手が、右頬を掠めるように、扉に突き立てられて。


驚く暇も、何も、無くて。

…扉と、眼蛇夢くんに挟まれれば、僅かな逃げ道も…ない。


閉鎖された空間で。
彼の怒る理由を…謝りたくて、口を開き掛けたけど…何から、謝ればいいのか…解らなくて。


思わず、彼から目を背けようとすれば、
怒号のように、声が荒く、迸る。

「…ッ何故、だ…?

何故…左右田なんぞに、接触を…許したッ…!?」

ぐっと力の限りに、食い縛るように。
…少し閉口した彼の言葉が、一層に熱を持って。

「…貴様は、もう…約束を、違えると…言うのか…?

俺様は、俺様はもう…貴様が…俺様から離れる事を願おうと…

貴様を…おなまえをッ!!離すつもり等、無い…!」

燻る、灰色の、両目。
…嫉妬に、独占欲に、呑まれる彼を見て。



…自分のしてしまった事に、その重さに、やっと…気付く。

そっと…まだ自由な右手で、彼を抱き締めれば、
意外にも…左手も、自由に、なって…。

両手で抱き締めれば、ぎゅっと、少しだけ控え目に、抱き締め返される。

『…ごめん、なさい…。
でも…私…許してた訳じゃない、よ…?
急に、だったから…怖くて、動けなかった、の。

…だからずっと、眼蛇夢くんの事…呼んでた。』


だけど…ごめん、ね。



なんだか、随分と大人びたはずの彼なのに、私があやしているような、錯覚。
さっきまでの威勢も無く、ぎゅっと、ただ抱き締められる感覚が、離さない、と言ってくれてるようで。


「…ならば、何故…俺様の元に、来なかったのだ…?」

直ぐ様に俺様の隣に来れば…あんな雑種如きに、貴様が穢される事も…無かったのだ。


少し、ふて腐れてるような彼の声が、なんだか…素直で、可愛い。

でも不安にさせてしまった責任は…やっぱり、私にあるようです。


『…えっと…それ、は…。』

眼、蛇夢くんが、格好、よかった…から。


ぽそぽそと、聞こえるか、聞こえないかの、声でごちて。

「……?」

聞こえなかったのか、聞こえた上で意味が解らないのか、彼は私の言葉をまだ待っている。


『だ、だから…ね?
…わ、私…2年以上、経ってるのに…あんまり、変わって、なくて…。

眼蛇夢くんの…隣に、並ぶ…自信が、無かったの…。』

うう、っと醜い劣等感を晒け出せば、
フッと、余裕のある笑みが…彼に、戻ってしまう…。

「…何だ、そのような事を気に病んでいたのか…?

…むしろ俺様は、安堵の心地までしたというのに…。」

含んで笑われれば、
なん、で…?と問い掛ける私を、また抱き寄せて。

「…この2年という無常の刻…その間のおなまえを、俺様は、知る事が叶わんのだぞ…?
その姿を知り得ていただろう、プログラム矯正前の俺様にすら…憎々しい念が募るというのに…。」

…この麗髪ですら、その経過を知らん事が…口惜しくて堪らん。


そう、軽く手が頭に乗せられて、髪を撫ぜるような、遊ぶような、彼の指先。

「…絶佳、だな…。

きっとこの2年の刻も…俺様は、ただおなまえを愛していたのだろうな…。」

そうでなければ、俺様自身…赦せん、のだ。

と…少しだけ、目を細めて、微笑まれて。


その笑顔も…想いも、隔てるものが無くなった両目から、私の目まで、一直線で。


…ふと、彼が…

長い髪が、好き…だと。

そんな意味の、言葉を…発している場面が、フラッシュバック、してくるような…

知らない、記憶が…1つ、爆ぜて。


同時に、私が…彼の、真っ直ぐな目が好きだ、と。

左目を介して、告げるような…光景が、脳内のスクリーンに、映って、回って。

心に、落ちて。



…そ、っか…。

『…私も、きっと…そうだったと、想う。』

…眼蛇夢くん、長い髪の方が…好き、なんでしょ?

そっと仰ぐように尋ねれば、図星なようで。

「むッ…!?ま、まぁ…そう、かも…しれん、が…。
な、なんだ…おなまえが…。

…貴様が、そのような、姿になって…どこか、焦燥感、に駆られたのは…事実、だ。」

ストールをくっと、上げて。
まだちょっと、見慣れない彼の顔でも…それが、とても似合ってるのが、なんだか可笑しい。

ふふ、と笑っていれば、
急に、切なげに、返される。

「…だから、貴様が…俺様の、姿を瞳に捉えても…隣に来くる気配が無い事と、悟った時…。
…半ば、無理矢理にでも、約束を…果たそうと、おなまえが俺様の隣を、離れられなくなれば良い、と…そんな狂気紛いな想いが巡ったのも、事実、だ。」

…蔑視、したか…?
俺様は、おなまえの意思を躙ったのだからな。
…当然の報いだとは、解っている。


それでも、と。
抱き締め続ける彼の腕の力は、弱まる事は無くて。
痛い位に、哀しい位に、心までかき抱かれる抱擁。

彼にとって約束は…それだけ、特別、で。
私の思っている約束、とは…もっと違う色合いを、意義を、持っているのだと、感じ入って。

失った2年も相まって、不安に染まってるのは…私だけじゃなかった事に、どうしてか、安心して。


『…眼蛇夢くん、私も…同じ、だよ…。』

私だって、眼蛇夢くんの気持ち、蔑ろにしちゃってた…。
自分が自信がないから、恥ずかしいから、隣に行けなかった。

『だから、軽蔑なんて…絶対にしない、よ。』


「…そう…か…。」

緩やかに口角を上げて、彼が微笑う。
私も、それを見て、一緒に、微笑う。


――


空気が穏やかに暖まったところで、
1つ、提案してみる。

『あのね、眼蛇夢くん…その…約束、果たしませんか?』

現実世界では…2年も、経ってる訳だし。
眼蛇夢くんが、それで、安心するなら、と。

正直、安易なまでのそれは、彼を動揺させるには十分だったみたいで。

「なッ!?き、貴様…良い、の…か!?
さすれば…必然と、そう、なる…訳、で…だな…?」

もう顔をストールにほとんど隠して。
合わない視線が、忙しなく、動いて奔る。

…そんなに、大変な事なの…?

ちょっと考えてはみるけれど、それで解る訳ではなかったので、

『えっと…?うん、教えて、ください。』

と。
彼が望むなら、それでいいかな、と。
またまた安易に。

「…その、なん…だ。

…口先にて、明徴、するのは…なかなかに、難儀で、あって…だな…?

…直接…薫陶する事と、なるが…。」


…後悔、しない…のか?


彷徨うだけ彷徨った視線が、私の元に返ってくれば、
最後の駄目押し。

…眼蛇夢くんと居て、後悔した事なんて…あったかな…?

なんて少し思い辿るけれど、
でも、彼と一緒なら、と、これまた安易に。

『…うん。』

と笑って見せれば、
ぐるっと90度、回っていく視界。

う、わっと声を漏らせば、彼のストールにピントが合って。

「…ならば、その言葉も…違えるなよ?」

空気を震わす低音を真横から拾えば、奇しくもお姫様抱っこの、その形。



徐らにゆっくりと、彼が目指す先が…ベッドだと気付いてしまって。
早くも軽く後悔に見舞われるまで、あと、5秒…。



―――



朝が訪れれば、

「…なん、だ…その、辛く…は、ない…か?」

…ひどく、気遣われるように。

『う…え、っと…大丈夫、そう、です…。』

…昨日の夜も、そんな遣り取りを、何度かしたようにも、思われますが…
そんな優しさも好きだな、と改めて思う私は、眼蛇夢くんに甘過ぎなのでしょうか…?

「なら、良い、のだ…が。」

色々とあったにも関わらず、私を見ない眼蛇夢くんがなんだか可愛くて。

あ、今なら…聞ける、かな?


『…それで、結局…例の、筆の意味は…なんだったの、でしょうか?』

…色々あったものの、実は解っていない私だったので、やっぱり気掛かりで。

「…ッ!!
それ、は…だ…な……なん、だ…。」

明らかに言い辛そうにしている、眼蛇夢くん…。

それでも彼を、ずっと見詰めてみれば、
観念したような、歎声が、1つ。

「…だから、だな…。

…筆、には…その、男……

……根、の…暗喩が、ある…のだ。」

拠って、昨宵のような、事柄も…付いて、回る、訳で、だな…。
まぁ、あくまでも、暗喩…では、あるが…。



そっぽを向いて話す彼の言葉を最後まで聞くまでも、なく…。


…わ、私…なんて、事をっ…!


『…。』

「…。」

みんなの記憶を、消してしまいたい…。

『…ごめん、ね…。』

「…いや…構わん…。」


みょうじおなまえ、ここに死す。
享年18歳、恥だらけの人生でした…。


ぼふっと被ったお布団の中で、辞世の句を考えようとしていれば、
もっと強い力で、がばっとお布団が剥がされて。

うう、と涙目な顔を隠すものがなくなって、ただ、わたわたと慌てて。

『…お、ふ、とん…返して、くださ、い…。』

眼蛇夢くんも見られないので、両手で精一杯、顔をガードして。

「…過ぎた事は、仕様が無いだろう…。」

呆れるように笑う、彼の声。

『で、でもっ!』

と声だけで反論を試みれば、がし、と捕まれて、開かれてしまう、両手…。

同時に勢いよく入り込む光が、どうにも眩しくて。
そろりと目を開ければ、彼が私を…見詰めて、いる。

「…なん、だ…貴様には…良い、結末ではなかったかもしれんが…。

…これで、約束は…全て、果たされたのだ。」


…故に…貴様に、伝えたい…事が、ある。


両手を掴む力が、少し緩んで。
そっと下へと降ろされれば、両手をきゅっと握られて。

灰に芳る彼の瞳が、にっと優しげに笑うから
顔がまた赤々としてきても、目が、逸らせ、ない。


…息を少し吸って、吐かれるそれが交じる、彼の声。

「…おなまえ。」

真剣な、その全てで、彼が、私を、呼んで。


続く言葉は、彼らしくない程に…柔らかく、優しい。


「…どうか、この先も…永く、久遠に…俺様の隣に、居て欲しい。

だから、俺様と…



………結婚、してください。」







…え、っと…。

もしかし、て…今の、って……今の…って……。


…ぷ、プロポー…ズ…?


(う、う…うわ、わわわわわわわわ////)



認識すれば一気に、その言葉が身体中に渡って。
沸騰して爆発して噴火して。
脳内は忽ち火の海火の車、です。


「……おなまえ…?

…よもや…また、なの…か?」

流石に心許なげな彼の声も、またか…と溜息を落とす彼の表情すらも、一切記憶にありません。



それでも、握られた両手だけは…強く、握り返して。
ずっと…離されたく、なくて。



『…喜ん、で…。』

と。

…そう、しっかり応えられるまで。
やっぱりまだまだ、時間が要るのでした。









******


こちらも大変お待たせ致しました…。
約束は〜です。の続き、もしくは甘いお話、との事で…どうでしょう、か…げろ甘く…できました、でしょうか…?
力及ばずで心苦しい限りです…涙。

意外とシリアスパートだったかな、と井澤自身は思っていたりするのですが…。
甘いのをご希望される方が多くいらっしゃるので、これでも、それはそれはもう、甘く…してみた、つもり、なんです…申し訳ございません(マッハ5での土下座)

…いやー結婚、申し込んじゃいましたねぇ(そこ投げるなよ)
まぁ…何を以ての時間だったのか、その意味が…やや重要となって参りますのは、ここら辺がございますかね…。
うん、井澤の考察を垂れ流すのは別の場所で、ここでは止めましょう…お幸せに…(フェードアウト)

…実は中略部分な前日夜談のお話が同時UPされていますが、何分ダークサイドなので、ご興味を持って頂けました方々だけ、お時間頂けましたら幸いの次第です…滝汗。

こちらも本当に長々と、もはやこの二人のお話自体にも長々と、お付き合い頂きました皆々様有り難うございます。
修学旅行部分がだいぶ飛んでしまっておりますが、もしご機会等頂けましたらまたこの主人公ちゃん達も書かせて頂ければと思うばかりです。
貴重なお時間拝借致しました、重ね重ねお礼申し上げます、有り難うございました…!

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あきゅろす。
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