ガラクタな唄【昔語り】
遠雷【初代大空&初代雷】
とにかくランポウの周りには小さい頃から人が多かった。裕福な家だったせいで、専属の召使からシェフ、庭師、家庭教師などなど、
数えるのも面倒くさくなるほどの人間が周囲に掃いて捨てるほどいた。
だが彼に自分の父母と一緒にすごした記憶はあまりない。領主という職業柄いつも忙しくしていた父親には、
極度の帯電体質で癇癪もちの子供などわずらわしいものでしかなかったのだろう。放任主義といえば聞こえはいいが、
ただ一人の跡取り息子でありながら、父親がランポウに接することはほぼ皆無だった。
母親はといえば母というよりは常に父親の妻であり女であったから、ランポウは早々に乳母に預けられることとなった。必然、
甘やかされて育った。
物心ついた頃には、彼が何をしようと誰も何も言わなくなっていた。
『ね、何か欲しいものない? オレサマがプレゼントしてあげるものね』
そう言えばみんなホイホイついてきたし、それ以前に彼が領主の息子だとわかった時点で、誰もが目の色変えて彼に擦り寄ってきた。
男も女も年齢関係なく、彼に媚を売り、機嫌を損ねないように気を使う。そうして彼の周りには常に人があふれていた。
幼い頃はその意味がわかっておらず、自分が世界で一番偉くなったような気がしていた。もちろん父親のほうが偉いわけだが、
その跡取りたる自分ももちろん偉く、それだけで価値のある人間なのだと思っていた。
自分の思い通りにならないものは許さない。欲しいものはなんでも手に入る。モノも、人も。
それでいいのだと思い込んでいた。それが普通だったからだ。
そうして長じた彼がどのような青年になるかなど、誰にでも容易に想像がつく。事実、彼は周囲の想像通りの人間に成長した。
すなわち、“わがままで世間知らずなお坊ちゃま”に。
彼のせいだけではない。しかし彼が何も知ろうとしなかったのも間違いだった。
もちろん放っておけば父親の持つ財産はすべて彼に相続される。そのための勉強もしていたが、
彼に背負うものの重さを鑑みる聡明さはなかった。自覚を促す者が誰もいなかったからだ。父親でさえ。
だから、彼はいつまでも成長しなかった。年齢を重ねても、中身は子供のようだった。
変化が訪れたのは、ある人物との出会いからである。
ジョットと名乗ったその男は、不思議なくらい人を惹きつける人物だった。
その強さは皆が認めるものの、肩書きは“一組織のボス”というだけ。まだ自警団の域を少し出たくらいの新興勢力でしかないボンゴレは、周囲への影響力もさほど持たない。名声もない。略奪や強奪、薬物などの違法売買をよしとしない彼の方針により、
湯水のように金が入ってくわけでもない。
なのに、彼は見るたびに人に囲まれていた。
一度など、わざわざ遠い東の国からきたという男を連れていて、
しかもその男はなんの見返りもなくすべてを自国に置いて身一つで海を渡ってきたのだと聞いた。まっすぐなその男もすごいが、
そうさせるボンゴレボスも只者ではない。
吸い寄せられるように、彼に興味を持った。最初はただの興味。ランポウにとって、人を動かすのは金であり権力だったから、
それ以外の何かで人のために人が動くのが不思議だったのだ。
「ボンゴレは、欲しいものはないの?」
あるとき戯れにそう問いかけてみた。
「父上もボンゴレを気に入ってるから、言えばなんだってくれると思うんだものね」
これは事実だった。ボンゴレの活躍で近頃治安がよくなっているという話を父親が上機嫌にしているのをちらりと聞いたことがあったのだ。
ジョットはすぐに首を横に振った。
「欲しいもの、ねぇ。今はないな」
「えぇ、本当に?」
車とか、屋敷とか、とランポウが指折り提案してみても、ジョットはそのすべてに同じ反応を返す。
ランポウの周りでは一切見られなかったストイックさだった。一通り羅列してもいい返事が返ってこないので、ランポウは肩をすくめた。
「ボンゴレは神父さまみたいなんだものね……」
「そんな聖人君子ではないよ、オレは」
自嘲ともとれる呟きを落とし、ジョットは少し考えるそぶりをみせた。
「……欲しいものがないわけじゃないんだけど、物じゃないんだ」
彼は少し困ったように、けれどもきっぱりと言った。
「オレはみんなを守りきることのできる力を、いつだって求めているからね」
よくわからない、とランポウが首を傾げると、ジョットはわずかに顔を曇らせた。
「それは武器が欲しいってことじゃないの?」
「そうじゃない。オレ自身の強さの問題だ」
「……わからないよ、ボンゴレ」
ジョットは何か言おうとして口をあけ、またつぐんだ。しばしの沈黙を挟んで、なぜか彼は悲しそうにランポウを見た。
あとから考えれば、それは金銭で解決できないものを理解できない彼に対する哀れみにも似たものだったのかもしれない。
「……君は……」
ゆるゆると首を振って、ジョットはその表情を改めた。微笑を浮かべた、真剣な顔に。
「どうだろう、ランポウ。君さえよかったら、ボンゴレにこないか?」
このときジョットがなぜ彼を誘ったのか、ランポウはわからなかった。
そもそもランポウには約束された未来がある。地主になるという確たる未来が。ほかに道がなかったという言い方もできるだろうが、
彼はそうは思っていなかった。父親の後をついで地主になるものだと、確信していたのだ。だから、最初は断った。
しかしジョットもあきらめの悪い男だった。顔を合わせるごとに、綺麗な笑顔を浮かべてボンゴレにこいと誘いをかけてくる。
「何も肩書きや未来を捨てろと言っているわけじゃない。時々、君の力を貸してほしいだけなんだよ。ランポウ……お願いだ」
そう言って。
考えてみれば、誰かにそんな風に名前を呼ばれたのは久しぶりだった。それだけで、
ランポウが自身のなにかを認めてもらえた気になったのは言うまでもない。単純にうれしかった。
ジョットはランポウをランポウとして見てくれる。
それまでのランポウは「領主の息子」であり、「金持ちの跡取り」であって、それ以外を求められなかった。
それがいかに虚しいことだったのかを、彼は知った。
断りの言葉は、次第に弱くなっていった。
もしかしたら、少し退屈していたのかもしれない。
苦悩しながらもなぜか楽しそうに自分の信じる道を進んでいくジョットや彼の周りの者たちに、どこか憧れていたのは否めなかった。
とうとう根負けした風を装って、ジョットの言葉に頷くまでに時間はかからなかった。
「そ、そこまでお願いされたら仕方ないんだものね。オレサマが力になってやるんだものね!」
そう言いながらも、自分という存在を求められることの喜びを殺せないでいたのはまぎれもない事実だった。
その返事にほころぶように浮かべたジョットの笑みに、これまでないくらい胸が高鳴ったのも。
ジョットは特別な存在となった。
このときまでランポウが恋らしい恋をしたことはなかった。正確には好意を抱いた相手がいなかったわけではないが、
彼の肩書きを知ると誰しもがそれに魅了されてしまうので、恋愛における駆け引きをする必要がなかったのだ。
かんしゃくを起こせば、家の召使たちのように構ってくれるだろうか。……否。
何のプレゼントをあげれば振り向いてくれるのだろうか。……否。
考えて答えが出るはずもなかった。
それまでのランポウが使ってきた幼稚で傲慢な手段は何も通じないのだということに気づかされるばかりで。
ゆえに彼は、ストレートに好意をぶつける以外できなかった。
「ねぇボス、つきあってよ」
初めてそう告げたとき、年齢よりも少し幼く見える顔をきょとんとさせて、彼のボスが「どこに?」と笑ったのをランポウは覚えている。
ジョットにとって彼は恋愛対象からかけ離れたところに位置する存在なのだということが明るみに出た瞬間だった。
そもそもジョットにとってランポウは最初から手のかかる弟みたいなものだったから、色恋ごとに発展するなど夢にも思っていない。
親愛の情は持っていても、そこまでだった。
「オレサマ、ボスのこといっちばん好きなんだものね!」
そう言うたびに、ジョットは綺麗に微笑んだ。ときには子供にするように、ランポウの頭をなでて。
「子供じゃないんだものね!」なんて膨れたふりをしながら、そうされるのが心地よくて、本当はもっとして欲しいとランポウは思っていた。
もっと触れてくれればいいのに。
もっと笑ってくれればいいのに。
もっと。
……もっとそばに。
だが焦がれれば焦がれるほどに、ジョットの心の遠さがわかるばかりだった。
近くて遠い存在だった。手を伸ばせば届きそうなのにけして触れることのできない、あの大空のように。
ランポウにとってそれは認めたくない事実だった。今まで手に入れようとして手に入らなかったものなどなかったから。人も、物も。
何もかも手に入れられるのだと、愚かにもまだ信じていたかったのだ。
きっと、彼のこともと。
――だから、ランポウは何も知らないふりをした。
ジョットが振り返らないことも、手に入らないものがあるということにも、気づかないふりを。彼が自分のプライドを守るためには、
そうするしかなかった。
(……もう少しだけ)
夢をみていたいからだ。
「ボス、大好き」
「うん、オレもランポウのことは好きだよ」
いつも同じように返される言葉と微笑に、喜びと安堵感と少しの寂しさを感じながら。
今日もランポウは、幻のような夢をみている。
2010.7.1up
蛇足:プリーモシリーズ雷編。いままでのいくつかとはかなり異なる趣のものになりました。ランポウという人が書きたくて、
でもジョットメインにするとそれがうまくいかなかったので、半分ほど書き直したらなんとか形になった作品ですorz
ジョットさんは結構天然だと信じています(笑)
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