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ガラクタな唄【昔語り】
澄んだ晴れの日は【初代大空&初代晴】

 神父の朝は早い。朝の祈りや教会の掃除、ミサの準備などなど、やることが山積みだ。

 それに輪をかけて、ナックルの朝は早くから始まる。まだ暗いうちから、有り余る体力をもてあますように走りこみを始めるからだ。

 町が眠りから覚める前、郊外にある彼の教会から町中までの恐ろしく広い範囲で、
彼が息も乱さずに走る姿を見ることができることを知っている者は少なくない。





 その日もいつものごとくランニングに勤しんだナックルは、珍しく朝市が始まるまで町にいた。

 彼の教会の勤勉なシスターが、近くにある孤児院の子供たちとの食事会をしようと息巻いているからだ。その買出しを頼まれたのである。

 ボンゴレの本部からほど近いこの町は一時期荒れていたが、ジョットが自警団を立ち上げてからだいぶ活気を取り戻しているそうだ。
白んだ空が少しずつ色を取り戻し、鳥が鳴く朝市の時間帯ともなれば、どこからともなくたくさんの人が現れる。
にぎやかしいことこの上ない。だがこうした普通の営みを守るためのボンゴレである。
活力に満ちた町になるのは大賛成だとその一員でもあるナックルは思う。



「あら、神父さま! 珍しい時間にいらっしゃったね!」

「神父様、この間はありがとう! お礼にこのトマト、持っていってよ!」

「おはよう神父さま、今日は何を探してるの?!」

「神父さま! 今度うちのヤツに子供が生まれるんだ、祝福してくれよな!」



 職業柄、ナックルはいく先々で声をかけられてしまい、そのたびに立ち止まってを繰り返していた。
本来の目的の買出しはなかなか進まない。

 まあそれはそれで楽しいからいいか、と市場をふらふらしていると、ナックルはふと見知った姿を見つけた。
だが、彼はいつもよりかなり軽装で、しかも供さえつけていない。一応、大きな組織の長なのに。ナックルはおやと思い、
大きな声で呼びかけた。



「おーい、ジョットではないか?!」



 びくぅ、とその人影が反応し、動きを止めた。恐る恐る、といったように振り向いたその顔は、やはりナックルの友で上司、
いわずと知れたドン・ボンゴレその人である。

「……ナックル……」

 どうにもいたずらがばれたときの子供と同じ顔をしているなあとナックルはのんびり考える。
ジョットは辺りをきょろきょろと見渡すと、「一人か?」と小さな声で問うた。

「ああ、走りこみついでに朝市にな!」

「そうか……追っ手じゃないんだな」

 ふう、と彼は詰めていた息を解き放ち、額ににじんでいた汗を軽くぬぐった。

 追っ手というからには何かに追われているようだが、それにしてもいつも仕事で着ているスーツでもないし、とナックルは首を傾げる。
少し落ち着いたらしいジョットは、苦笑して、誰にも聞かれないだろうにあえて彼の耳元にこっそりとささやいた。

「ちょっとしばらく見なかったフリをしてくれ。……逃げ出してきたんだ」

 なるほど、仕事を放って外に抜け出してきたジョットを見つけてしまったのだ。きっと今、彼の右腕だとか、
指示待ちの部下だとかが必死に彼を探しているに違いない。時々そんな風に脱走するジョットの話は他の守護者から聞いていたから、
とても納得がいった。

 ナックルはいつもの人好きのする笑みで頷いた。

「究極に承知した! ただしその代わり」

 神父にしてはワイルドすぎる顔に似合わないウインクを乗せて、彼は言った。

「オレの買出しを手伝ってくれ! 究極に大変なんだ!」



 なし崩し的に、ジョットはナックルに引きずりまわされた。もっとも、彼を仕事に引き戻そうとする部下から逃げるには、
始終動き回っているほうがいいのは確かだ。ジョットは時折見知った売り子から声をかけられるたびに笑顔で応えながら、
ナックルについて回った。

「……よっと。で、あとは何が必要なんだ?」

 これでもかと野菜を詰めてもらった袋を両腕に抱え、ジョットは横を歩くナックルに尋ねた。

「とりあえず朝市で手に入るのはこのくらいだろう。まあ、帰るだけでも大変な量だがな!」

「一度に買いすぎだからだろう? いくらなんでも」

「そうか? 頼まれたからには、究極にやり遂げねばならん! しかし今日はお前がいて助かった。礼を言うぞ!」

 カラカラと笑うナックルは、ジョットの倍近くの荷物を抱えている。いつもこんな風に買出しをしているのかと、ジョットは苦笑する。
荷台車なりなんなり使えばいいのに。きっとそう提言したところで、「体がなまる!」とか断られるのは目に見えているのだが。

 仕方ない、最後まで付き合うかと、ジョットは荷物を抱えなおした。ナックルの教会まではそれなりの距離があるが、
じゃあこれでと帰るわけにもいかないし、何より今、仕事には戻りたくなかったのだ。

「いい天気だな」

「そうだな! 究極にトレーニング日和だ!」

「……まだ走るのか……?」

 突き抜けるような青さをたたえた空の下、二人は並んで歩いた。

 時間に制限があるわけでもないので、どちらからともなく歩くスピードはゆっくりになっていた。
他愛もない話をしながら、のんびりと進む。

 話がふつりと途切れたとき、ナックルは何気なく聞いてみた。

「そういえば、お前はどうして逃げてきたのだ?」

 基本的に彼の友人は真面目で、相当なことがないと仕事を放り出すことはない。逃げ出したくなるような何かがあったのだろう。

 ジョットはナックルの視線をまっすぐに受け止めると、困ったように笑った。

「息抜き……といえば聞こえはいいけど。最近血なまぐさい仕事ばかりだったから、報告書を読むだけでも少し嫌気がさしていたんだ。
オレたちはただみんなを守りたいだけで、むやみに血を流したいわけじゃないからな……」

 ああ、とナックルは頷いた。近頃、好戦的なファミリーとやりあっていたという話は彼も耳にしていたからだ。

 ボンゴレの一員ではあるが、ナックルがその拳をふるうことはほぼ皆無である。
他ならぬ友が困っているならば手助けをしてやりたいという気持ちはいつでもあるのだが、
ナックルが神父という職業を選んだ背景を知っているジョットは、徒に拳の封印を解かせようとはしない。
友の優しさを汲み、ナックルもあえて前線での戦いを志願することもないから、正直な話、最近の抗争については蚊帳の外だ。
ただ、だからできることが何もないというわけでもないと、ナックルは知っている。

 俯くジョットに、ナックルは明るく笑いかけた。

「まあ、息抜きのひとつやふたつ、いいのではないか? そう思い悩んでばかりいては、究極に参ってしまうのはお前のほうだ」

 そして懐かしむように、遠い空を眺める。

「オレがまだ現役の選手だった頃、壁に当たる度に師匠が言っていた。『悩んで答えが出ないことなら、無駄だから忘れてしまえ』と!」

 力強いナックルの言葉にジョットは目を瞬かせ、次いで小さく吹き出した。

「お、笑ったな? だがオレはそれを実行し、究極に強くなった!」

「なんていうか、ナックルらしいというか」

「そうか? しかし師匠の言うことに間違いはなかった。悩むだけなら誰にでもできるのだ。
それをいかに前に進むための糧にするかはまた別の話なのだとな!」

 はっとしたように、夕日色の瞳がナックルをとらえた。

「人間は悩むものだ。だがそこにとどまっているだけでは何も始まらない。生きていられる時間が有限なのだから、
答えの出ない悩みをいつまでも抱えているのはもったいないではないか! 
その間に大切な仲間と笑いあったり、誰かに手を差し伸べたり、できることは究極にたくさんあるはずだろう?」

 今は軽装だが、隣に立つのは間違いなく神父という職についた男で。説教じみたものではないが、彼の言葉には深く重い何かがあった。

「……考えるより動け、か」

「悩むことも必要だ。だが心が疲れたら休めばいい、逃げるのは必ずしも間違いではないのだから。
体勢を立て直したら、またあらためて前を向けばいいだけだ」

 よいしょ、とずり落ちかけた荷物を抱えなおし、ナックルはやけに神父らしい顔で笑った。

「そしてジョット。誰かと分けて持つことができるのは、なにも買出しの荷物だけじゃない」

「ナックル……」

「仲間がいるというのは究極にいいものだな! ……ほら」

 気がつけばもうナックルの教会のすぐそばまできていた。そして、なにやら含みのあるナックルの言葉によく見れば、
教会の入り口にはよく知った赤い髪の人物がたたずんでいて。

 歩いてくる二人に気づいたのか、彼は――ジョットが撒いてきたはずの右腕であるGは、ゆっくりと距離を縮めるように歩み寄ってきた。

「……G、どうしてここへ」
「ナックルは目立つんだよ……聞き込みなんざろくにしなくても情報が集まるくらいにはな」

 肩をすくめ、Gはジョットの持つ荷物を半分奪うように持った。そしてそのまま踵を返し教会に向かっていく。
あまりにも当たり前のようにそうするものだから、ジョットはぽかんと見守ってしまい、ナックルに少し笑われた。

「まったく、いい仲間だな!」

「あ……え、えぇ?」

 ジョットはまだしもナックルは顔を知られる立場にある。きっとGは逃げ出したジョットを探して街に出て、
ナックルと共に行動する金髪の青年の話を聞いたのだろう。それがジョットだと想像するのは難しいことではないし、
ならば必ずこの教会に現れるだろうと先回りしたに違いない。ジョットを迎えに。

 なんだか自分ばかり一人で思い悩んでいたような気がして、ジョットは少し気恥ずかしさに襲われた。
きっと、Gもほかの皆も、ジョットを心配してくれていたのだろうに。



 ふっと肩の力が抜けた気がして空を見上げると、抜けるような快晴だった。

 穏やかに吹き抜ける風に混じって、近くで遊ぶ子供たちの楽しそうな声がする。



「……なあ、ナックル。食事会、オレも手伝っていっていいかな?」

 なんだか吹っ切れたように、ジョットは笑った。その笑顔にナックルはうれしそうに頷く。

「もちろんだ! だが仕事はいいのか? Gが怒るぞ」

 きっとそんなことは露ほども心配していないナックルが、からかい半分に言うと、ジョットはくつくつと肩を震わせた。



「知るか。今日は仕事のことは忘れることにした!」




 その声が、ちょうど教会を出てきたGにも届いたらしい。珍しく目を丸くして、彼はジョットを見ている。右腕のそんな表情ににやりと笑みを浮かべ、ジョットは満足そうに教会へと足を速めた。

 きっとなんだかんだ文句を言いながら、後回しにした仕事は頼りになる右腕が手伝ってくれるだろうと思いながら。






「ああ、今日は本当にいい天気だな……!」



 蒼い空のどこかで、鳥の鳴く声がしていた。



















2010.6.9up



蛇足:プリーモシリーズ、晴編です。ナックルは雨月やGとはまた全然違う形でジョットの支えになろうとする人ではないかと思っています。
庇護したり慈しんだりではなく、背中を叩いて、「ほら、深呼吸して周りを見てみろよ!」っていう感じ。

ちなみにナックルの教会にいるシスターは京子ちゃん似の天然ちゃんという設定。お互い恋心はありません。





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