ガラクタな唄【昔語り】
鳥はうたう【初代大空&初代雲】
自由に飛び回る鳥は、空に落ちる感覚を知っているだろうか。
久しぶりにボンゴレの本部を訪れたアラウディは、上司の部屋の前で首をかしげた。いつものように軽いノックの後、あるはずの応えがなかったからだ。
今日は一日執務室にこもっているはずだから、と先ほどばったり顔を合わせた嵐の守護者が言っていたから、まず間違いなく中にはいるのだろうが。
「入るよ」
一言声をかけてから扉を開けると、彼はたしかにそこにいた。しかしその様子に、アラウディは困惑する。
「……寝てるの?」
書類の上につっぷすように、ジョットは腕を枕にしたまま目をつぶっていた。いつも悔しいほど完璧に“ボス”を演出している彼にしては珍しい姿だ。
すうすうと穏やかな寝息を立てて眠ってしまっている。近づいても起きないところを見ると、熟睡してしまっているのだろうか。
「……」
窓から入り込んだ陽の光が、彼の金の髪をキラキラと輝かせる。伏せられた睫が存外に長いのだと改めて知った。
彼はよく、アラウディのことを綺麗だと評するけれど、そういう彼のほうがよっぽど整った顔立ちをしているとアラウディ自身は思っている。太陽の光を集めたような髪、体質なのかあまり日焼けもしない白い肌、色素は薄いのに、なぜかどこか深い色をした瞳。神が創ったよくできた人形のようだ。神なんて信じやしないけれど。
「ねぇ……寝てるの?」
もう一度問いかけるが、何の反応も返ってこない。
仮にもボンゴレのボスともあろうものが、こんなに無防備な姿をさらしていいんだろうか。
(こんなに気を緩めるなんて……組織のトップ失格だよ)
そう思いつつも、本当になんらか危険があれば、彼の血が人智を超えた超直感とやらで彼自身を守ることくらいアラウディも知っている。つまりそれは、ここにいる誰も彼を傷つけやしないとジョットが無意識にわかっているということで。
(……腹立つ)
危害を加えない相手、と認識されてしまっていることが。
はっきり言ってしまえば、アラウディはボンゴレに所属していながら忠誠を誓うというほど組織を重んじているわけではない。彼はあくまでも自分の率いている組織のほうが大事で、自分の正義感が優先され、ボンゴレはそのあとである。ジョットがそれでもいいというから、掛け持ちのような形で彼の下につき、時々気の向くままに仕事をしているだけだ。
場合によったら裏切ることもあるのに。
もちろん問題児の霧の守護者ほどではないけれど、もし利害関係が相反したら、アラウディはボンゴレと逆方向を向くだろう。銃を向けることもあるかもしれない。
そんな相手を内包し、しかも何の疑問もなく背中を預けるのだから、ボンゴレは……というかジョットは、おおらかにもほどがあるほどおおらかだ。
(……おめでたいんだね)
のんきに眠る姿に、苦笑を禁じえない。
アラウディは少しだけ書類をどけて、彼が眠る机の一角に腰掛けた。
帰ってしまってもよかったのだけれど、今日の用件は結構重要で彼にでないと伝えられなかったから、再度出直してくる手間を考えてしまったのだ。
そのうち目を覚ますだろう。それまで少しだけ、待っていればいい。そう思って。
静かだった。この本部の中でも最奥にある部屋だから、ばたばたと働く部下たちの声も足音も、ほとんど届かない。
いつも忙しくしている身だが、何も考えず穏やかにすごす時間も嫌いではない。だがまさかこんな風にして手に入るとは思っていなかった。
どれだけ疲れていたのか知らないが、彼はいまだ目を覚ます気配すらみせない。
普段は誰よりも大人びてふるまい、ボンゴレのボス然としているくせに、ときに破天荒で驚くほどの行動力を発揮する、ジョットという男。以前「偉そうにしているわりには子供っぽいこと好きだよね」とアラウディが揶揄したら、顔を赤らめてふてくされてみせたりしたあたり、きっと本当の彼はそういうどこか子供じみた青年なんだろう。否、大人が持つ子供の部分を大いに容認しているのだ。
遊び心がある、といえば言葉はいいが。
(いつまでもコドモなんだよね)
普段の包容力あふれる彼だけではなく、そういう部分をみせる彼を嫌いではないのだから、自分もだいぶ人が丸くなったものだと、アラウディは自嘲する。
幼子のように眠ったままの姿にふいに愛おしさを感じ、サラサラとした金の髪に手を伸ばした。梳くとも撫でるともつかない風に、ただの戯れのような触れ方をしながら、知らず、口を開いていた。
零れ落ちたのは、幼いころに耳にしたことがあるありふれた子守唄。
小さな小さな声で、アラウディは誰に聞かせるでもなく歌った。
無意識に近いそれは、歌というほど大層なものではなかったけれど、たしかに旋律を伴ったもので。ああ、こういう記憶がまだ残っていたのかと、少し驚いた。早く大人になりたかったから、そんな昔のことはとっくにどこかに置き去りにしてきたと思っていたのに。
故郷に伝わる子守唄は、思い出そうとしなくてもその簡単な歌詞とメロディがあふれてくる。魂の奥深くに刷り込まれているかのように流れ出てくるのが不思議だった。
口をついて流れるままに歌い続けて。ふぅ、と息をついて起きないボスをなんとはなしに見やり、アラウディはぎょっとした。
「……もう、終わり?」
「っ!」
急にかけられた声に驚いて息を飲んだ。今の今まで熟睡しているとばかり思っていたジョットがもぞもぞと身体を起こしていたからだ。
「……いつから……っ?!」
顔を引きつらせる雲の守護者を尻目に、彼は軽く伸びをして、すっきりしたような顔で笑う。
「いつから起きてたかって? いつだったかな……とりあえず君の歌は全部聴いたけど」
「っ、最悪……っ!」
寝たふりをしてずっと聞いていたというのだろうか。
綺麗な顔でにっこり微笑まれても、気恥ずかしいやらなにやら。珍しく動揺を隠すこともできず、アラウディは羞恥に染めた顔で悪態をつくことしかできなかった。
「君……性格悪くなったんじゃない?」
「そうかな?」
もともとだよ、なんて小悪魔が言う。なけなしのプライドでぎりっとにらみつけてみたものの、彼には通じない。
「アラウディっていい声してるよね」
「……煩い」
「褒めてるのに」
「……煩い……っ」
めまいがする。
こういう男だ、ドン・ボンゴレというのは。
隙だらけのようにみせてこちらを油断させ、思わぬ一撃を食らわせてくる。計画しているのか天然なのか非常に判断に困る部分なのだが、きっと両方なのだろう。
だからたちが悪い。困惑するのと同時に、殊更惹き付けられていくからだ。
もともと彼に興味を抱いていたから、ボンゴレの守護者なんてものを引き受けたのだ。ジョットという人物と知り合い、その強さや信念が興味深いと思ったのがそもそもの始まり。組織そのものは、利用価値はあれども心惹かれるものではなかった。
いや、彼自身に対してもつ感情も、明確な好意ではない。そう思っていたのに。
「また、聞かせてね」
そう、天使の微笑みを向けられて。
ああ、この大空に堕ちた、と思った。
2010.5.24up
蛇足:プリーモシリーズ、雲編。ただほのぼのするだけの話だったはずなのに、気づいたらアラウディさんフォーリンラヴ(爆死)お、おかしいなあ。
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