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ガラクタな唄【昔語り】
慈雨【初代大空&初代雨】


 ボンゴレの本部である屋敷は広い。始めは普通の屋敷だったはずだが、組織が大きくなるに従って少しずつ改築されていき、いまでは新入りが必ず何人か迷子になるとさえいわれる広大な屋敷になっている。

 この古城のような屋敷の中で、唯一他と趣の異なる場所があった。ボンゴレの雨の守護者の使用している一角である。

 はるか遠い異国から来た彼のために、祖国の雰囲気を再現するように作られた部屋。タタミ、ジャポネ風の庭園、ショウジなどなど。それはいたく彼のお気に召したようだった。そして同時に、ジャポネびいきのボンゴレにも。








 緩やかに笛の音が響く。

 幻想的な音色は、慣れ親しんだイタリアのものではない。遠い東の島国に伝わる笛の音。

「――……」

 ふっと、ジョットは目を開けた。鼻をくすぐるタタミの匂いと、あまり馴染みのない天井に、自分がいる場所を把握する。ゆっくりと身体を起こすと、奏者も気づいたのか、ぷつりと音がやんだ。

「すまない……眠っていたんだな、オレは」

「わずかな時間でござるよ」

 笛を手にしたまま微笑んだのは、雨の守護者、浅利雨月。

 気分転換がしたくて、少しだけいいだろうかと部屋に転がり込んだのはついさっきのことだ。とりたてて仕事もなかった雨月は快くプライベートスペースにジョットを引き入れ、自ら茶をいれ、子守唄のように優しい音色で笛を吹いた。

 時間がゆっくり流れるような部屋だ。いや、部屋というより雨月の醸し出す雰囲気のせいか。ざわついた心も宥められる気がする。だから、何かあると思わず彼を訪れてしまうクセがついてしまった。

 遥か異国の楽器は、どこか懐かしいような独特の趣をもって奏でられる。なんの曲かはジョットにはわからないが、雨月の奏でる音はいつも心に染み入るようで好きだ。

 全ての憂いを流すような音だと思う。

 凛とした強さと、包み込むような優しさと、静かにそこにある安らぎ。まるで彼そのもののようだった。



 横着してずるずるといざって彼との距離を詰める。たかだか数歩分も開いていなかった距離がゼロになるとなおさら安心するような気がして、ジョットは雨月のそばにごろりと転がった。頭を彼の腿に乗せて。雨月が目を瞠る。

「……ジョット?」

「膝枕。……少しくらい甘えてもいいだろう?」

「おや、今日は素直でござるな」

「どうも君には甘えてしまうんだ」

 くすくすとこもるような雨月の笑みは慈しみにあふれていて、つられたジョットの口元にも笑みが浮かぶ。金の髪をやわらかく梳く雨月の手が心地よく、彼は目を閉じた。

 ファミリー最強の剣士と呼び声の高い雨の守護者は、その強さをまったく感じさせないほど繊細な手をしている。よく見ると細かい古傷のようなものはあるが、どちらかといえば音楽家の優しいそれだ。少し低めの体温で触れられると、やけに心地いい。

やんわりと手にとると、自分から頬ずりをするようにその指から手のひらまで味わった。

 ジョットの好きにさせながら、雨月はため息ともつかない吐息をこぼした。

「何があったのかはわからぬが……そなたがそんな顔をするのはあまり見たくないものでござるな……」

 目を開いたジョットの視線がとらえたのは、困ったように微笑む雨月の顔。

 彼はいつもそうだ。こちらが話したくないことは無理やり聞き出そうとはしない。それでいて、いつでも頼っていいと、後ろで見守っているような大きな器を持っていると思う。

 静かで、安心する。ささくれ立った気持ちが、落ち着いていく。

 ぽつりと、呟いた。



「……同盟に迎えようとしていたファミリーが……つぶされたんだ……」



 それは古いファミリーだった。ただ地元の人に平和に過ごしてもらいたいという思いだけで組織されていたその小さなファミリーは、運の悪いことにいくつかの好戦的なファミリーと領地を接していて、常に疲弊していた。まだボンゴレが大きな組織になる前に目を掛けてもらっていた恩もあり、今度はこちらの番だと思っていた。傘下に迎え入れて無益な抗争や資源の奪い合いから守ろうと思っていたのだ。それなのに。

 正式に会談を開こうとしていた矢先、ボンゴレの敵対勢力の魔の手が伸びてしまったのだ。ファミリーは全滅したと、報告があった。

「アラウディが向かったから、あとは時間の問題だろう。でも……失われたものは戻ってこない」

「……」

「オレがもう少し早く動いていれば、助けられたかもしれない」

 嗚咽のようなものがこみ上げてきたのを無理やり飲み込むと、ジョットの胸の奥はぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

「……彼らがやんわりと同盟参入を断っていたとき、もっと強くでていればよかった。生意気だといわれようが、不遜だろうが、強引に話を進めていれば」

 この無力感だけは、慣れることがない。守りたいものが手の中からすり抜けていく感覚。それが嫌で力をつけてきたはずなのに、どうしてこんなにも自分は何もできないんだろうと、誰かを守りきれなかったときにはいつも思う。

 いつだって優しい人が傷ついていく。

「……きっと、そなたが彼らを守りたいと思ったように、彼らもそなたを守りたかったのでござろうな……」

 雨月がぽつりと呟いた。

 本当は、ジョットも知っていた。傘下に入ることで、逆に敵対勢力に人質にされてボンゴレを窮地に陥れるんじゃないかと彼らが考えていたことを。優しく器の大きいボスだった。

 泣くものかと誓ったはずなのに、涙がこぼれそうだ。

「……いけないな……本当に、子供のように甘えてしまいそうになる……」

 言葉はないけれど、雨月があまりにも全身全霊で少しでも穏やかであれと包み込んでくれるからか。ここにくると、どうしてもいつもの強がりがきかない。

「たまにはそれでいいのでござるよ」

 ジョットは顔をゆがめた。笑みを浮かべようとしたのだが、きちんと笑えているかは自分ではわからなかった。きっとひどい顔になっているに違いない。それでも雨月は何も言わなかった。ただ、友の言葉を待っていた。

「じゃあ、もう一度……笛を聴かせてくれないか?」

 君の奏でる音は心地良い。そうジョットが言うと、彼は微笑み、再び笛に口をつけた。



 死んだものを弔うために。

 生きているものを慰めるように。




 静かな旋律が、優しく降り注いだ。
















2010.5.11up



蛇足:プリーモシリーズです。これまた妄想のままにざかざか書きなぐったので、かなり捏造。もう少し膨らませてもよかったかな。それにしてもどうしても雨月さんがイタリアにいるときの図が想像できず、やっぱり背景は日本風イメージです。


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あきゅろす。
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