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ガラクタな唄【昔語り】
空を仰いで祈る【初代大空】
 道端で果物や花を売って生計を立てていたその幼い少女にとって、彼はただ、時々現れては優しげに声をかけてくれる“金色のおにいちゃん”であった。

 一人でふらりとやってきては、彼女が懸命に育てたオレンジや色とりどりの花を買い、うっとりするような微笑みを残して去っていく。時々炎のような赤い青年と一緒のときは、二人分以上の果物を買い込んで。いいお得意さんであったが、それ以上に彼の優しい言葉や笑顔がうれしくて、少女は彼がくるのをいつも待ち望んでいた。



 あるとき、少女が花を売っていた一角にある酒場で、乱闘騒ぎが起こった。この街ではよくある小競り合いで、大概は酔いにまかせて荒くれ者が暴れているだけのものなのだけれど、この日は少し様子が違っていた。大きな破裂音と、何かが割れるけたたましい音、続けて起こる悲鳴。慌てて逃げ出す人々で、辺りは一瞬にして騒然となった。

 彼女には知る由もないことだったが、この日乱闘騒ぎを起こしたのは、この街にやってきたばかりのいわゆる新興勢力の端にしがみついているチンピラだった。足がぶつかっただの肩がぶつかっただのと因縁をつけて回った挙句に、たしなめた酒場のマスターにいきなり銃を向けたのだ。被害がいくつかのグラスと酒瓶ですんだのは不幸中の幸いだった。



 騒動の元凶は、銃をちらつかせ……というよりは振り回しながら、通りに出てくる。パニックに陥る人の群れの中で、少女は何が起こったのかも理解できず、逃げ出すこともできず、おろおろするばかりだった。彼女がその男の目に留まってしまったのは、災難としか言いようがない。

 泣きそうな顔で途方にくれている少女に加虐心がくすぐられたのだろうか。あるいはそもそも弱者をいたぶるのが好きなのか。男は下卑た笑いを浮かべながら、幼い少女に歩みよった。男から漂ってくるアルコールのきつい臭いと、安い葉巻の臭いに思わず顔を背けると、苛立ったのか、男は少女の襟元をつかみあげて訳のわからない罵倒を彼女に浴びせかける。恐怖に慄く少女が大事に抱えていたオレンジは道に転がり落ち、男はわざとそれを踏みつけた。ぐしゃりと少女の顔が哀しみにゆがむ。

 男はへらへらと笑いながら、手に持っている凶器を彼女の目の前にちらつかせた。徒にこめかみや喉にその冷たい鉄の固まりを突きつけて、少女の恐怖を誘っているようだった。唐突に目の前に現れた死をもたらすものの恐ろしさに、幼い身体はがたがたと震え、おびえた視線がさまよう。けれど誰一人、助けようとする者はいなかった。周りにいたのもまた、無力な一般市民だったからだ。一撃で人を死に至らしめる武器を持つ相手に、素手で戦おうとする者など、いるはずもなかった。理不尽な暴力は過ぎ去るのを待つしかない。



 ――そのとき。



「……少しだけ、目をつぶっておいで」

 極限状態の少女の耳に、ふいにそんな声が届いた。それはあの、待ち望んでいた優しい声で。

 慌てて、言われるがままにぎゅっと目をつぶった。

 次の瞬間何が起こったのか、周囲にいた者にもわからなかっただろう。気がつけば男は通りの反対側まで吹っ飛んでおり、少女は御伽噺の姫のように、金髪の青年の腕に抱きかかえられていた。

「怖い思いをしたね。もう、大丈夫だよ」

 恐る恐る彼女が目を開けると、眼前には陽の光を浴びて輝く金の髪と、大好きな優しい微笑。彼が助けてくれたんだ、とやっと理解できた少女は、堰を切ったように泣き出した。仕立てのいいスーツに顔をうずめて泣きじゃくる。嫌がるでもなく、彼は少女を抱いたまま好きにさせていた。

「……ジョット」

 彼と共に現れた、顔に炎の刺青を施した青年が、彼に低く呼びかけた。

「どうする、あれ」

「……お説教でもしようか?」

 すっと目を細め、彼は少しだけ身体を横に滑らせた。同時に、破裂音と火薬の臭い。彼の背後の壁がびしりと音を立て、少しだけ崩れた。

周囲から新たな悲鳴が上がる。彼が抱きかかえている少女も、轟音にびくりと身体を震わせた。彼女をあやしながら、ゆっくりと蒼い瞳がみやった先。殴られた頬もそのままに、敵意をむき出しにしている男が銃を構えていた。何かわめいているが、アルコールで舌が回っていないのと、殴られていることで何を叫んでいるのかはよくわからない。ジョットは小さく嘆息した。

「G」

 男が次弾を撃ち、またジョットが少しだけ身体をずらしてそれをよける。武器を向けられても怯えもせず冷静さを保っているジョットの様子にか、自分が優位だと信じていた男に焦りがにじみ始めた。その隙をついて無言で走ったのは、刺青の青年――Gである。

 慌てた男が、走りくるGに狙いを定めようとしたが、それは間に合わなかった。Gは冷静に男の腕を掴んでひねり上げ、いとも簡単に銃を奪うと、逆にその銃口をゴリと男のこめかみに押し当てた。目に見えて、男の顔が蒼白になっていく。

「オイ、銃を向けるなら、向けられる覚悟をしろって教わらなかったか?」

 男の耳元でGが低く言う。生来の目つきの悪さとあいまって、その凄みは確実に只者ではないと思わせるものだった。

「どこのバカかは知らねぇが、この街に手を出したらそれ相応の目にあうんだぜ、覚えとけ」

 Gは男がもはや戦意を失っているのを見て取ると、フンと鼻で笑って突き飛ばした。もちろん、銃は没収である。血の気を失い、すっかりアルコールのさめた顔で、男は逃げ出すしかなかった。



「終わったぜ、ジョット」

「うん、ありがとう」

 Gが男から取り上げてきた銃を一見し、ジョットは少しだけ顔を曇らせた。最新式の自動式拳銃は、最近対抗勢力がよく持っているものだ。また近いうちに抗争が起こるだろう。


 ただ、大事なものを守りたいと思っているだけなのに。いつだって、つらく苦しい思いをするのは普通の人たちで、ジョットの大事なものなのだ。暴力に頼りたいわけではないけれど、守るべきものを守るための力はまだまだ足りないのか、と彼は心中で憂う。

 察してか、Gがなだめるように彼の肩を軽く叩いた。

「……おにいちゃん……」

 辺りが静かになったからか、恐慌状態から脱したからか、少女がジョットの胸元から恐る恐る顔をあげた。ジョットは再度、「もう大丈夫だよ」と繰り返した。

「怖い人はいなくなったから、もう泣かないで」

「……おにいちゃんたちが助けてくれたの?」

 ありがとう、と少女は泣きはらした目元のまま、笑みを浮かべた。

 ジョットは微笑すると、落ち着いてきた彼女を地面に下ろし、頭を撫でた。

「もうこんな怖いことがないように、オレたちもがんばるから。だから……またここで、オレンジを売ってくれるかい?」

 彼の言葉に、少女は一瞬きょとんとし、すぐに笑顔で頷いた。怖かろうが彼女にとってここは愛する自分の生まれ故郷で、生きていく場所なのだ。逃げだすことは考えていなかった。何より、大好きな“金色のおにいちゃん”が、なんだかつらそうな顔でそんなことを言うものだから、嫌だなんて絶対に口にできなかった。

「……お花も、買ってね?」

「ああ、もちろん」

 視線を合わせるためにかがんでいたジョットにそっと抱きついて、少女は「約束ね」と囁いた。






 彼が何者なのかは、成長するに従って彼女にも理解できるようになった。しかし、いまや押しも押されぬ大ボンゴレ――マフィアのドンとなった金髪の青年は、少女にとっては今でも変わらず大好きな“金色のおにいちゃん”だ。それは他の住人も同じらしく、その恐ろしげな肩書きとは裏腹に街のみんなに愛されている様子が伺える。

 彼が少女のもとに訪れることは少し減ったものの(忙しいのだろう)、ふらりと現れるのは変わらなかった。空色の瞳を優しく細め、オレンジをかじりながら他愛もない話をする。時々あの炎のような青年が呼びにくると、悪戯がばれたような顔で帰っていくから、きっと仕事を抜け出して街を歩いて回っているのだろう。あのときと同じように。

 そうして守ってくれているのだ。街のみんなの、ささやかな幸せを。

「いい天気……」

 こんなふうに青空が優しく広がる日は、彼がよく来る気がする。存外にアクティブな彼にとっては、室内にこもるのが耐えられない陽気なのかもしれない。

 彼のために、とびっきりおいしそうなオレンジをこっそり取り分けておこうか。あと、一等綺麗に咲いた花も。

「さあ、今日もがんばろう」



 彼の瞳のような穏やかな青空を仰ぐ。

 街のみんなの幸せを願い続ける彼の代わりに、ささやかな幸せが彼にも訪れるようにと、願った。













2010.4.7up



蛇足:アニリボプリーモ編突入記念です。妄想のままにざかざか書きなぐったので、時代公証とか無視です……スイマセンゴメンナサイ。一応、自動拳銃は発明されていたんじゃないかということだけは調べました。きっとジョットさんはいつも、自分の無力感と戦っていたんじゃないかと。




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