小説 僕ケーキも大好き君も大好き(カゲプロ/パロ) カゲロウプロジェクトでボカロ曲の「とある一家の御茶会議」パロです。魔術師→カノアプリコットティー→モモレモンキャンディー→シンタローブルーベリージャム→キドとなっています。 とても奇妙で何処か苦い夢を見た。冷や汗がぽたぽたと頬を流れて止まらない。気分が良いとはとても言えない、奇妙な夢。夢の中のあの喧騒は何だったかかと未だ冷めやらぬ頭で思考をめぐらす。嗚呼、そうか。あれは昔の夢だった。あまり思い出したくない類の夢だったと気づいて溜息を洩らした。疑問が解けたのですっきりした。部屋の隅の時計は8時を少し過ぎたところを示している。部屋の主はやれやれと気だるげな体をゆっくりと起こしてベッドから降りた。 僕ケーキも大好き君も大好き 彼の名前は鹿野修哉という。かつては凄腕の魔術師として名を馳せていた。だが、そんな物は過去の話でしかない。彼の数々の功績に嫉妬した輩が彼に呪いをかけたのだ。呪いを解くための条件は「自分自身を愛する」こと。しかし自らの事に興味などなく、嫌ってすらいた彼に呪いを解くことなどできなかった。呪いによって年齢を奪われ、醜い体となってしまった彼はこの世界に絶望し、憎んだ。何処の誰かとも知らぬ奴にこんな姿にされてしまって、呪いを解くことすら出来ないのだから当然だろう。そして彼は自分の息子達に呪いをかけてこの自分と同等に醜い世界を終わらせようとした。でも世界はそんなに甘くはない。人を呪わば穴二つとはよく言った物だ。呪いは成功せず、息子達は本来の姿を失った。そしてそれと同時に人を呪ったという呪いにより魔力の4分の3を失った。息子達を哀れな姿にしてしまったことに対してひどく後悔し負い目を感じた彼は自分のもう一人の娘に「この呪いが解けないと心中する。」という呪いをかけ、同時に呪ったことによって生じた呪いで残りの魔力を半分失った。 しかし物語はそこで終わらない。呪いをかけられた彼の娘は最初こそ迷いはしたものの、直ぐに呪いをとき、息子達にかけられた呪いをもといてしまった。魔力を失った彼は娘に勝てるはずもなく、娘にこっぴどく叱られた後家路についた。 そうして日常は戻ったわけだが、彼にかかった呪いは未だに解けていない。 「アプリコットティー」 ぐるぐると紅茶をソーサーでかき回す。アプリコットティーは僕の前で紅茶を啜っている。何だか気まずいなあなんて思っていたら彼女が僕に話しかけた。 「……まだとけないんですか?呪い。」 「まだみたいだね。」 彼女はひどく心配したように僕の顔を覗き込む。僕に呪いをかけられてもまだ優しくしてくれるんだね。だけど、嗚呼、心配しないでよ。誰よりも優しいアプリコットティー。 「大丈夫だよ、もう誰も彼も傷付けたりなんてしないから。」 それでも心配しすぎて泣きそうに瞳がゆらゆらと揺らいでいる彼女に僕は何て言えばいいんだろう。ティーカップに角砂糖を3つ投げ入れまたぐるぐるかき回した。 そうだ、確かこの娘は遺跡だとかそういった類の物が好きだったっけ。見せてあげれば喜ぶかな。 銀の匙でソーサーをタン、と叩く。刹那、先ほどまでティーパーティーをしていた部屋とは打って変わり深海の古代遺跡になる。あたりは悠々と深海魚が泳いでいる。アプリコットティーは目を輝かせて辺りをきょろきょろと見回していた。もう一度タン、とソーサーを叩くと、元の部屋に戻った。 「…僕の事嫌いになった?」 って聞いたら、 「嫌いになる訳無いじゃないですか。」 って頭を撫でられた。 其れでもまだ、僕は自分を愛せない。 「レモンキャンディー」 僕は紅茶を啜る。レモンキャンディーは仏頂面で頬杖を付きながらこっちをじっと見つめている。 「大丈夫なのかよ、それ。」 「意外だな。君が心配してくれるだなんて。」 本当に意外だった。彼が僕の事を心配してくれるなんて事は殆ど無いから。 仕事で家を空けることが多く、子供達とは殆ど話してあげられなかったからだろうか。彼は次第に僕に対して冷たい態度をとるようになっていた。でも、そんな反抗モードになっていても君が僕の事を嫌いになった訳じゃないって知ってるよ。レモンキャンディー。ごめんね。 「大丈夫だよ、もう誰も彼も陥れたりなんてしないから。」 角砂糖を4つティーカップに投げ入れ、ぐるぐるとかき回した。彼はまだ仏頂面のままだ。 そうだ、アプリコットティーにも見せたようにこの子にも好きな物を見させてあげよう。でも、この子の好きなものなんてもうわからない。じゃあ、君のその素敵な紳士服に似合うように、舞踏会でも開こうか。 金のフォークをカチカチと鳴らした。部屋は優雅などこかの屋敷の大広間になった。 「Shall we danse?] 片目の割れた人形とひらひらと華麗に踊る。レモンキャンディーは相変わらずの仏頂面だったがその表情はどこか楽しげだ。もう一度金のフォークをカチカチと鳴らしたら、元の部屋に戻った。 「…僕の事嫌いになった?」 って聞いたら、鼻で笑われた。 もう、素直じゃないなあ。 「ブルーベリージャム」 延々と紅茶を飲んでいる僕に君は話しかけた。 「…すまなかった。」 一瞬何の事か分からなくて、 「何の事かな?」 って言ったら、ブルーベリージャムは泣きそうに顔を歪めた。 「父さんの方が辛かった筈なのに、俺は……。」 「もう気にしてないから、大丈夫。」 彼女の言葉を途中で止めさせた。僕を怒ったことに対してなのか、仕方が無かったとは言え魔法で僕に怪我をさせた事に対してなのか解らなかったけれど、 「大丈夫だよ、もう誰も彼も恨んだり呪ったりしないから。」 嗚呼、清く正しいブルーベリージャム。何も心配なんていらないよ。 角砂糖を5つティーカップに投げ入れくるくるとかき混ぜる。二人に好きな物を見させてあげたんだから、この娘にも見せてあげないとなあ。そうしたら元気になってくれるかな。この娘の好きな物は何だったかと必死に思考を巡らす。そうだ、好きだったかどうかは覚えていないけれど、この娘はよく星を眺めていた気がする。 金のナイフを翳した。そうしたら、ほら。何時もの部屋は銀河の彼方へユニバスリープ!きらきらと瞬く星々の中で、ブルーベリージャムは珍しく笑って居た。もう一度金のナイフを翳すと、元の部屋に戻った。 「…僕の事嫌いになった?」 って聞いたら、安心しきった表情で溜め息つかれた後で微笑まれた。 まだ、まだ何かが足りない。 「とある一家の御茶会議」 もう何年振りかになる、家族そろってのティータイム。家族全員でお茶を飲むなんて、久しぶりだな。なんて思いながらティーカップに角砂糖を6つドボドボと入れて啜ったら、アプリコットティーは面白いくらいに目を丸くした。 「そ、そんなに入れたらお体に悪いですよ!!」 僕は驚いた。この娘は、本気で僕の事を心配してくれている。いや、アプリコットティーだけじゃない。レモンキャンディーも、ブルーベリージャムも心配してくれていたんだろう。いまさらその事実に気付いて僕は、こんな僕でも愛してくれる人がいるのなら、自分を愛してやってもいいかなって、思った。 思ったら、僕は元の姿に戻っていた。僕は嬉しくなって子供達と一緒に心底幸せそうに笑った。 かくして、その呪いはようやく姿を消した。 [次へ#] [戻る] |