勇者ものがたり
変態の巣窟
入り口の扉に手をかけると、中から微かに賑やかな話し声が聞こえてきた。
ユシアは軽い好奇心と共に、他の建物よりやけにしっかりとしたその扉を開き中へと入る。
と、その瞬間先程までと聞こえていた声がぴたりと止んだ。
「……?」
一斉に集まった視線に、またか、と若干の居心地悪さを感じつつも、いつもの事、と気にしないようにして室内の様子をぐるりと見渡す。
それ程広くはないだろう場所に、人が幾人かに分かれてそれぞれ小さなグループを形成している。
おそらくパーティの仲間同士なのだろうが、
見た感じ、そのほとんどがある程度腕に覚えのありそうな年嵩の男女であるのに対して、
よく見ればどのグループにも必ずと言って良いほどユシアと同い年くらいの、それもおそらくまだ戦いは未経験なのだろう、どこかそわそわと浮き足立った少年少女が必ず一人ずつは含まれていた。
はて…?
と、首を傾げながら
とりあえずここがどういう所なのか聞けばいいかと奥のカウンターへ向かうことにする。
が
「!」
『ゆしあ!』
咄嗟に身体を反らし、軽く一歩横へと避ける。
次の瞬間ユシアのいた場所を太い腕が盛大に空振っていった。
「……。」
ああ、面倒事か。
「なっ!」
目の前を通り過ぎていったその腕の持ち主は、まさかユシアが避けると思っていなかったらしく、心底驚いた顔をしてユシアを見下ろした。
しかし、しばらくするとにやにやと汚い笑みを浮かべはじめる。
「…よう。あんた、何も避ける事は無いだろう?
俺はちょーっとあんたと話がしたくて、あんたの肩にほんの軽ーく触れようとしただけなんだぜ?
なあ、時間は取らせない。少し俺の話を聞いてくれないか?
あんた随分と反射神経が良いようだし、こりゃ期待できそうだ。
あんた、今そっちのカウンターに向かおうとしてただろう?ってことは、あんたも今回の勇者選抜に参加するってことだ、そうだろう?」
にやにやとその顔に何やら不吉な…というか下品かつ気色悪いものを隠さずに、馴れ馴れしく話しかけてくる中年の男にユシアは若干の不快感と共に眉を顰めた。
この場がどういう場所なのかわからないが、
男のこの表情…どう見てもそっちの期待が含まれているように見える。
そう、この顔には、何度か見覚えがある。
大抵は相手の勘違いが根本にあった。
そう例えば…
「俺はさっき登録が終わったところでなあ、なああんた…」
例えば俺を
“女”だ と 思 っ て い る と か
「……。」
男の言った『勇者選抜』という言葉が気にかかりはするが、それは後に回そう。
そんなことより俺のこの納得できない切ない気持ちを
この男をシメることで晴らさなくてはならないのだ。
それはもう嫌と言うほど。
これでも…、これでも旅に出る前より3pは伸びたこの俺に対して…!
この野郎ぶっこr…『よんだー?』
『ゆしあー』
『まかせろー』
あああああああ
いやいや嘘嘘そこまでじゃないわ、まじで。
だから精霊さんたちちょっと後ろでめっちゃ光りながら集合してスタンバイするのはやめてください眩しいです!目がー!目がー!
というかお前らが全力で攻撃したらここに居る奴ら俺以外全員死んじゃうだろ!はい解散!解散っ!!!
『おー』
『らじゃー』
『らじゃー』
『かいさんー』
ふう。行ったか…。
危なかった…。このギルドとかいう場所が跡形もなく消えるところだった…。
ふー
「俺をパーティに入れれば・・・・あ?聞いてんのか…?なああんた」
ごめん全然聞いてなかった。
そんなことよりおっさん息が臭くて気持ち悪いです。
これどうしてくれよう。
さっきから聞いてないのになんか色々勝手に1人で喋っていたようだし、やだわー独り言とかありえないわー
とりあえずここはさっさと…って、あ
「おいお前!」
「っ!」
不機嫌な声と共に突然肩を強く掴まれ、ユシアは思わず痛みに呻きそうになる。
「……?」
えー、なにこれ痛いんですけど。
大したことは無いと思い余裕をこいて避けずにいたのだが、
思わぬ痛みに驚く。
何でだ…?この程度、いつもなら…。
違和感。
そして、それはやがて嫌な予感へと繋がる
これはまずい。
瞬時に男の腕を外そうと手をかけるが、簡単に外せると思った男の手は、ぎりぎりと食い込むだけでユシアの力では一向に外せそうになかった。
「…ああ。」
予感は、ほぼ確信へと変わった。
とりあえず無駄かもしれないがまずはおっさんの勘違いを正そう。
嫌味の一つでも言いたいとこだが、一つ息を吐いてから、おっさんを睨む。
「…悪いけど、手離してくれないか?あんた何を勘違いしてんのか知らないが、
俺 は “男” だ !
ナンパならきちんと相手を選んでしてくれ。」
視界の端でなにやら精霊さんが『出番?』とかいいながらそわそわ集まり出して来てるけど気にしない。
こいつも俺が女じゃないと分かればそこまで必死にならんだろう。
現に1000年前など何度かこういう輩に遭遇したが、大体男だと分かればみな絶句してその場に放心するか崩れ落ちる様に絶望を表現したり、なにやらぶつぶつあらぬ場所へと向けて独り言を言いはじめたり、
あれ・・・?どれもなんかおかしいような。
まあとにかくそれまでしつこかったのがすっぱり諦めてくれたことには変わりない。
まあもしも逆ギレなんぞされたら、その時は、その時こそ精霊魔法を使えばいい。
さて、
話は変わるが、俺は目が覚めてからまだステータスを確認していない。
この村に専用の水晶が置いてあればいいんだが。
と、すでに他の事へとつらつら考えている俺だったが、
とんでもない言葉が俺の耳に入ってしまった。
「男でも構わねえ。」
……。
「はい?」
何だ今、何か…
え、聞き間違いか…?
そうだよね、まさかね
だって、いや
――思考が完全に止まりかけるのを何とか立て直す。
きっと聞き間違いだよな!そうだと言って!
「わ、悪い、もう一度…」
情けないことにほんのちょっぴり涙目になりつつ聞き返そうとした時だった
更にありえないことに
―――ザッ!
「ちょっと待ってくれ!パーティになら是非俺も入れて欲しい!」
「おい、ふざけんなそこの綺麗な坊ちゃんはこの俺様と2人パーティで旅するって決まってるんだよ!」
「待て!彼とパーティを組むのは私だ!私は気づいていたよ、ここに入ってきたとき、君と目が合った瞬間にね。君が、私とパーティを組みたいと心の底で叫んでいるのを…」
「一目ぼれですお、俺と結婚してください!」
「どさくさまぎれに何言ってるんだ、そういうことなら俺だって生まれる前から君に出会う運命だと気付いてましたー!!さあぜひ俺と…!」
「ふざけるな!それを言うなら俺だって…――――」
いつの間にか俺を置いて謎の言い合いが始まる。
……。
「……せ、せいれい。」
『よんだー?』
『ゆしあー!』
『ゆしあ』
『すきー?』
『だいすきー!』
『すきー!』
謎の状況に便乗したのか精霊たちからの告白にちょっぴり癒されたが
それ以上に今俺は混乱していた。
腕を組みつつ軽くさする。
先程から鳥肌が止まらない。
俺は男だぞ…?
男が男に…
「!!!」
――ぞわわぁぁっ…!!
もはや、
限界だった。
「…もう帰りたい(泣)」
カカカカッ!!!!!!!
――――ちゅどーーーーん!!!!!!
強烈な光が当たりを埋め尽くす。
気が付くと
俺は精霊たちに連れ出され、村の外の森に居た。
ああ、精霊の森が懐かしい。
もうやだ1000年後恐い。
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