勇者ものがたり
返事が無い。ただのしかば…、生きてた
「どうした?」
森の恵みを自作の籠いっぱいに抱えてあの花畑へと戻ってきていたユシアは、
ふと精霊たちがなにやら騒がしいことに気付いた。
何かあったんだろうかと、籠を持ち直しながら首を傾げる。
『こっち』
『はやく』
どこか焦燥を感じる様な精霊の声、きらりきらりと精霊の象る光りの筋を辿れば
「え…」
なにやら知らない人が倒れていた。
おかしいな?
この花畑の周囲含む一帯は、何であろうと許可なく踏み入れることのできないよう、元々、それも俺が目覚めるずっと以前から迷いの術がかかっていたはずだ
そしてそれは今も発動し続けている
なのに今こうしてここに人がいるということは、この迷いの術をこの人間がどうやってかすり抜けてきた、
もしくは術を構成する精霊たちが自ら中に入れたということなのだが…
「……いきてるか?」
近づいてみれば、ユシアとほぼ同い年くらいの少年だった。それも今まさに息絶えようとしている、見るからに手遅れの状態。
一応声をかけてみても反応はなかった。
「……『癒しを』」
籠を降ろし、その場で精霊魔法の回復を試みる。
しかし驚くことに精霊の力は少年に届く寸前で、バチンッと何かに弾かれるように激しく飛散した。
「!」
思わず息を呑む。
まさかこの世界に精霊魔法の通じない人間がいるなんて…
そんなこと、あり得えない。
あるとしたらそれこそ“神”とかいう上位存在の仕業になってしまう。
一体何を考えているのか…おかげで回復が少々面倒なことになってしまった。
『――…』
『……』
ため息の一つでもつきたいが、
少年を労わるようにぽつぽつと舞う、僅かな黒い光が視界に入り、それもやめる。
属性の中でも闇と光に精霊は存在しないが、それぞれ下位属性にあたる黒と白であれば存在する。
黒の精霊は、死にまつわる精霊だ。
この少年の死を嗅ぎつけて来たのだろうかと初めは思っていたが、しかしその割には黒い精霊は既に随分と力を消費しており、今にも消えようとしていた。
この世界の理を担う精霊が、誰の意志でもなく自らの意志のみで力を使うなど本来はありえない。
けれど、どういう理屈かは分からないが、こうしてこの場所にこの少年を連れて来たのは間違いなくこの精霊たちだろう
時間が無い。
なるべくやりたくないんだが
少年の横に膝を付く、
口元に顔を近づけてみると、か細いがまだ息はしていた。
伏せられているため瞳の色は分からないが、
暗みを帯びたダークブラウンの髪も、十ニ分に整っているのだろう優しい顔立ちも、
ユシアから見れば幼さの方が勝ち、
血と土に汚れながら必死に生きようとした証が痛々しい
『……』
言葉を形にする力さえ失くしながらも、朧げに伝わってくる精霊の意思。
そんな精霊にユシアは穏やかに笑いかけた
「大丈夫。まかせて」
そう少年の周りに集う精霊に云えば、精霊は応える様に強く光を瞬かせ、一瞬、老婆のような姿を象った後にゆっくりと地に落ち消えていった。
「必ず助けてやる」
精霊がユシア以外の人間に興味を示すのを、ユシアは初めて見た。
そのことに驚きながらも、ユシアとて、死にかけているものを目の前にしてみすみす死なせる気などはない。
少しでも時間を引き延ばすため少年の手を握り生命力を少しずつ分け与える
そうしてユシアは
久方ぶりに精霊魔法ではない『呪文』を唱えた。
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