* 5 ふと目が覚めた。 一瞬自分がどこにいるかわからなかなったがそれが母親の部屋と気づく。あれ、俺風次と寝なかったっけ?風次がここに運んだのか?やっぱり部屋が狭かった?? リビングに行けばすでに風次は起きていて食パンにかぶりついていた。ちらりとこちらを向くもすぐにつけられていたテレビに視線を戻す。 「お、おはよ。」 「おはよう」 ・・・なに。機嫌悪い?俺なんかした? 昨日は普通だったはず。お風呂とか誘ってくるくらいだから機嫌が悪かったはずがない。なんとなく落ち着かなくて風次のとなりに座った。 「なぁ、ふう、」 「なぁ、鳳一」 声をかける前に名前を呼ばれ思わず声が途切れた。その声音が、俺よりも風次の方が強かったからだ。 「そろそろ母さんの荷物整理しないとな。いつまでも置いとくわけには行かないだろう」 「え、」 予想外の提案に体が固まる。母ちゃんの荷物は部屋も家財道具含め全てそのままだ。まだ、部屋の主人が生きているかのように。 「そう、だな。いるもの要らないもの考えとくわ。帰ってきたらお前も、」 「は?何言ってんの。」 「え?」 風次が渇いた笑い声を漏らす。何をバカなこと言ってるの、とでも言うような視線で俺を見る。 「全部捨てるに決まってるだろ?」 思わず息をのむ。風次がNOは受け付けないと視線で訴えてくる。全部って、全部ってどういうこと?なんで。 「業者には俺が連絡するから。」 「いや、ちょっとまてよ。全部ってどういうことだよ、そんな、」 「鳳一ぃ」 風次が両手で俺の顔を掴む。爪が頬に食い込むのがわかった。骨から掴まれ俺は振り払うことも、動くこともできない。 「もう母さんはいないんだよ。いい加減受け入れろよ。お前の家族は俺だけ。そうだろ?ここは俺たち2人の家だ。俺たち以外は受け入れない。俺たちだけだ。」 「で、も、母ちゃんは、家族だよ」 ぐ、と風次の指先に力が入った。その痛みに思わず体を引こうとするもかなわない。力の差は歴然だった。 「もういないだろ。」 「でも、」 なお食い下がろうとする俺に風次はため息を漏らした。そして俺から手を離す。わかって、くれた?? 「あーそう。ならさぁ、俺いなくてもいいじゃん。母さんいるなら別に俺いらないだろ。必要ないだろ。もういいよ。勝手にしろよ。」 風次はそう言い捨ててリビングから出ていった。要らない?必要ない?そんなわけない。そんなわけないだろ。風次、と呼ぶも返事はない。もう一度名前を呼んで俺は風次の部屋に向かう。風次は仕事に行く準備を始めていた。 「風次、無視すんなよ、必要ないわけないだろ。俺がそんなこと思うわけない、」 スーツに身を包んだ弟はようやく俺に向き直った。俺はそれを見上げる。冷たい、ひどく冷たい視線だった。 「俺、今日帰らないから」 「風次!!!」 思わず声を荒げた。そんなの、許せない。そんなの嫌だ。じゃあ誰と過ごすつもりだよ。家族以外誰に時間を費やすつもりなんだよ。怒りがふつふつと湧いてくる。体が沸騰しそうに熱い。誰かもわからない相手に猛烈に嫉妬した。 不意に風次の手がのびてきた。そっと、俺の首を掴む。力は入っていないのに息苦しく感じる。そして風次は俺の耳元に唇を寄せた。 「鳳一さぁ。俺にガキ堕ろせっていったよなぁ。だからそうしたよ?家族は自分だけだって。なぁ。お前、俺のガキ殺したんだよ?」 囁くように、まるで諭すようにゆっくりと。 心の、奥底にしみ透すように。 風次の指先に少しだけ、力がこもる。 「人殺し、したんだよ。鳳一は、人殺しなんだよ。俺の子供を殺したんだ。でも、許してあげる。家族、だから。俺の家族は、鳳一だけだから。鳳一が、俺の子供を殺しても、俺のこと、殺しても誰を殺しても俺は許してあげるよ。家族ってそういうものだろ?なぁ?鳳一の全てを許して、慈しんで、愛してあげるのは俺だけ。俺しかいないんだ。」 風次の言葉に熱を感じる。耳からいれられる熱が脳を溶かしていく。思考が、回らない。おれが、殺した。風次の子供をおれが殺した。だって、だっていらないもん。いらないもん。風次の、他人と混じったこどもなんて、おれ、いらないよ。おれのふうじ、とらないで、ひとりは、いやなんだ。 「おれ、も、おれもだよ、ふうじ」 「本当?」 「うん、うん、だって、おれの家族は、ふうじだけだから、」 ちう、と耳を吸われる。首をつかんでいた手が離れ首筋をなぞる。体がぞわりと震えた。 「俺たち2人だけの家族だ。2人だけ。あとは誰も認めない。俺たちは兄弟で、親子で、夫婦。2人だけで家族、やっていこうな?」 うん、とうなづくと風次の唇が俺の唇に優しく触れた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |