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「サツが来るぞ、解散しろ!」

 声があがったのは、決着の歓声があがってすぐの事だった。
 これはマズいと散り散りに逃げていく不良達。慣れた様子であれよあれよと言う間に解散していく。
 嵩斗も誰かに腕を取られて引きずられた。
 強い力に抗えないが、それよりも気になる事がある。

「待ってくれ! 修吉が!」

「あいつなら、大丈夫だ」

「なんっ」

 案の定、腕を引いていたのは正平だった。思わず口が動きを止める。改めて考えると、今日までずっと遠ざけていた分、ずいぶん久しぶりに言葉を交わした気がする。
 いやいや違う、今は修吉の事だ。
 逸れかけた意識を弟に向ける。

「あ‥‥‥」

 嵩斗に吹っ飛ばされた修吉は『北猟』のメンバーによって脇を抱えられ、運ばれるところだった。
 そうか、弟は『北猟』の助っ人として、ちゃんと受け入れられていたのか。

 ほっと安心すると同時に微妙な寂しさを感じながらも、ぐいぐいと嵩斗は引っ張られ、気付けばバイクの後ろに乗せられていた。
 しまった! と思うが直ぐにバイクは発進してしまった。
 え、ここまで来た自転車は? と思う間もなく上がるスピードに、すくんで目をつぶって、目の前の背中にしがみついた。



****



 ぼんやりと、慌ただしく動いている周囲を見る。
 怪我の手当をする者、ひたすらはしゃぎ倒す者、どこかへ連絡を入れる者、急ピッチで宴会のために場を整える者。雄叫びを上げるもの浮き立ちまくった空気。『baron』の第一アジトにあつまるメンバーは分かりやすく勝利に酔いしれていた。
 その中で、立役者であるはずの嵩斗は所在無げに座り込んでいた。
 今居るのは一階の倉庫部分である。幹部連中は二階に上がってしまい、置いてきぼり状態だ。
 慌ただしい中、ただ一人座り込む自分。気まずい。
 頬に貼られた湿布薬が染みる。連れ込まれて、いの一番に手当を受けたが、ちらりと見た薬箱の中身が以前よ充実しているのに驚いたのはつい先程の事。
 壊れ物を扱うような手つきで湿布を貼ろうとする朝日奈くんに、聞いてみた。

「それ、今回の為に準備したのか? 以外にちゃんとしてるのな」

「いえ、これは! 前みたいな理由で逃げられないために用意してたっす!」

「‥‥‥」

 そこから無言になって、朝日奈くんは島田先輩に連れ去られ、一人放置されたのだった。

 この機会に、心を整理しようではないか。
 ショーヘイと向かい合って、どうするつもりだった? 自分の心はどう動いている?

 先ほどの、騒ぎの中ではっきりと分かったこと。
 己はやはり、あの男が好きで、自分より弱いあいつが好きで、バカで真っ直ぐな性根が好きだ。
 でも臆病な己の根性のために一歩踏み出せないでいる。

 あいつも俺のことが好き‥‥‥らしい。いや又聞きだが、写真なんて飾られてたし。
 奴との間にある、決定的な倫理観の違いや性癖の違い。それさえ無ければ今すぐ手中に納めてやるというのに。いっそ憎らしい。


「菊原さん! お待たせしました!」

 駆け寄るワンコ・朝日奈がぐいぐいと腕を取る。二階へ呼ばれるらしい。
 また掃除でもしていたのだろうか。あんな抗争の後だというのに、ご苦労な事である。先程だって二階に上がっていたのだから、嵩斗としては全く気にしないのだが。

 螺旋階段へと向かえば、雅寛や洋一郎をはじめ幹部と思われる面々が丁度二階から降りてきていた。にやにやと笑う洋一郎が怪しい。なんなんだ。無言で彼らとすれ違う。
 誰かに背中を叩かれそうになって、咄嗟に避ける。ちっ、と舌打ちが聞こえた。雅寛だった。なんなんだ。

「こっからはお一人でどうぞ!」

 なんて言われて渋々階段を登っていく。
 不安だ。二人きりか。なんかすごくお膳立てされているこの状況は、まさしく学校の屋上と同じ状況だった。

 胡乱に思いながらも階段を登り切り、扉をくぐる。

「ん?」


 薄暗い部屋に焚かれた蝋燭。
 暖色の間接照明。
 なんかすごくムーディーだった。


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