[携帯モード] [URL送信]

小説(サブ)
此は祟り也




空が茜色に染まる。

河川沿いに作られたグランドで草野球を楽しむ子供たちがいそいそとバッドやグローブなどを片付け始める。

すぐそこにまで冬が訪れている10月の夕暮れは瞬く間に闇へと変化するのだ。

リーダー格の少年の号令のもと、手際よく帰り支度を済ませた子供たちは各々の帰路へと散っていく。

自転車に跨った2人の少年も、先程の出来事や学校であった事を話し合いながら、家路へとペダルを踏んでいく。
大きな声で溌剌とした喋りの少年は、耳に差し掛からない程度の黒い髪を赤いキャップで覆っている。
日に焼けた肌の下には薄らと筋肉が浮いてきており、少年から青年へと変わる時期に差し掛かっている事を現していた。
しかし、表情はあどけなく、黙っていれば涼しげな目元も今は笑みで縁取られている。
自分の後に続いて自転車を漕ぐ少年に向け、しきりに話しかけては会話を楽しんでいる。
後ろの少年は、それを柔らかい笑顔で受けては、次から次へと繰り広げられる会話に頷いたりと相槌を打っては前を行く少年を満足させていた。
前を行く少年に柔和な笑みを向ける少年は、肌寒さを感じる秋の風に、癖のないサラサラの亜麻色の髪が靡かせていた。
白い肌に寒さの為赤くなっている頬が目を引く。

先程まで、秋の高い空を朱く染めていた夕陽が、遠い場所に群集しているビルに差し掛かり、茜色の面影は西の地平線のみとなっていた。

2人の少年の家は、最近できた新興住宅地に移ったため、先程まで遊んでいた空き地からは遠い場所にあった。





家まであと半分という所。

耳障りなブレーキ音と共に、前を走っていた少年が急に自転車を止めた。
慌てて後ろの少年も止まり、友人を見遣ると、何やら切羽詰まった様子で後ろを振り向いている。

「ヤバイ!樹、オレ漏れそう!」

言うが早いか自転車を道路脇に倒し、その場で用を足そうとし始めた。

それを見た樹も慌てて自転車から降り、少年を止める。

「こんなところでダメだよ。もうちょっと行ったら公園だから、そうちゃん我慢して。」

緩やかな稜線を描いていた眉を八の字にし、友人を説得しようとする。

「ほんと無理!もうそんな持たない!」

その場で地団太を踏み、今にも漏れるのだと訴える友人を見て、困っていると、ふと左手にある脇道に目が行った。
上り坂の道は10mも行くと左手に駐車場がある。そのため、樹たちの居る場所からだと、高さ2m程のコンクリートの壁ができている。
そのため、左手の細道は影になっており、こんな時でもなければ気付かないような暗さだ。

「そうちゃん、あそこ!あそこならきっと誰にも見られないよ」

急いで友人にその場所を示す。

友人は樹の腕を取るなり駆け出し、その脇道に急いで入る。
街頭の灯りも来ない場所になって、腕を離し、樹に人が来ないよう見張っていてくれと言って、くるりと駐車場とは反対側、雑草の茂る場所に向けて用を足しだした。

樹も友人に背を向け、人が来ないように周囲をキョロキョロと見回す。
正直、こんな所を大人に見つかったらどうしようと気が気ではない。
暫く続いていた、勢いよく水が草や地を叩く音も終わった頃、ようやく友人から声が掛かった。

「樹、マジ助かった!お前も遊んでた時にトイレ行ってないだろ?家はまだ遠いんだししとけよ。」

そう友人に言われ、樹は悩んだ。
先程から尿意を我慢していたのだ。
そんな中、友人がすっきりとしているのを見ると、股間がもぞもぞとしてくる。
だが、元来の真面目さから公共の場でそんなこと、と思っているのも事実。

「大丈夫!今度はオレが見張ってるからさ。」

そう促され、それならと樹は友人と場所を変わり、用を足し始めた。
我慢していた分、開放感は堪らなく、ほぅっと息を吐いたその時。





ピカッと閃光が走り、ドンッと雷に撃たれたような衝撃を受けた。
何が起こったのか分からず、その場に尻餅を付いていた。
光に目をやられ、真っ白になった視界を何度か瞬かせることで、光の残像を追い払おうとするも、目の前は依然として白い。
しかし、次第に白の中にもぼんやりと何かが浮き上がっているのに気づき目を凝らすとうっすらと人のように思える。


もしかして僕は雷に撃たれて目が見えなったのかな。じゃあ、今、目の前にいるのはそうちゃん?
不安がそのまま言葉になって付いたのか、樹の口から『そうちゃん?』と発したとき、左後ろから声を掛けられた。

「樹!大丈夫か?」

声の方を向けば友人が座り込んでいる樹に駆け寄ってきた。

そこで樹はおかしな事に気付いた。

「まっ…しろ?」

そう、友人ははっきりと目で捉えられるが、それ以外は全て真っ白なのだ。

ここどこ?
もしかして僕たち死んじゃったの?

そんな考えがグルグルと頭を過ぎ、パニックに陥っていると、見知らぬ声がすぐ近くからしてきた。

「おい、そこの小童ども。よくも我に愚行を働いてくれたな。」

言われて2人はポカンと口を開けてしまった。
目の前の白い空間に見たこともないほどの輝く白髪を垂らした男がいたのだ。
白い着物を身にまとい、冬の寒さを感じさせる肌を数束の髪が流れ、緩く後ろに束ねている。
全て白いが、男がそこに居るのははっきりと感じ取られる。
不思議な服装と話し方をしているが、男性は30代といったところだ。


男は放心状態の2人に眉を顰め、手にしていた白い杖で2人の頭を小突く。

「イテっ!」
「痛っ!」

叩かれた頭部を手で抑える2人を上から見下ろしフフンと満足気に笑った後、再度男は話し始めた。

「小童よ、よく聞け。おぬし等は事もあろうに我に向けて放尿しおったのだ。唯でさえ、最近は我を崇める者もめっきり居なくなったというのに。それだけではなく、神である我に向かって…ふたっ、2人も放尿をするとは…なんたる愚行!いくら小童とはいえ許せぬっ!」

身体を震えさせながら男は少年を睨み付け、怒りを露わにする。

男が言っている事も、今の状況も全く分からないものの、何かとんでもなく悪い事をしてしまったと思った樹は身体の震えを止められず、無意識に友人の服の裾を握り締めていた。

男の怒気を込められた眼差しと、不安と向けられた怒りに怯えた樹の視線とが暫く交錯していた。

膠着状態を破ったのは友人だった。

「オレたちはあんたにションベンなんかかけてねぇよ。なんか知らないけど、さっきまでここは草地だったんだ。言い掛かりだ!」

一息に話した後、少年はどうだと言わんばかりの顔で男を見上げる。

「ほぉ。我を前にして度胸のある。さすがというか愚かというか。」

そう言うと杖を男の足元にコツンと突き立てた。
すると、男の立っている周辺の白い地が秋枯れの草地へと変わっていく。

「ここを見よ。この石が何か分かるか。」

2人の顔を見て、男はこれ見よがしにため息を付いた。

「これは御石だ。童(わっぱ)にも分かるように言ってやる。はるか昔より、この地の災いを防ぐために置かれた神を祀るための石がこの御石。童共はそれに向け放尿をしたのだ。即ち、童は神に向けて愚行を働いたという事。」

「そんなん知らねぇよ!言い掛かりだろ!それより早くオレたちをこの白い場所から帰せよ!」

その友人の言葉に、男の額に青筋が走る。

「…言い掛かりではない。暫く人間と触れてはおらなんだが、ここまで愚か者の国となっていたとは。腹立たしいを通り越して悲しくなってきたわ。」

その言葉のとおり、どこか切ない表情をしている。

「だが、我の怒りを買った以上、童共をそのまま元の世界へ帰すわけには行かぬ。」

「何でだよ!」
友人が食って掛かると、男は静かに返す。

「神が人の世に姿を現すとき、善くも悪くも理由なく降りてはならぬとの決まりがある。悪気のなかった事は分かったが、百年近く崇められていない我には人間そのものが許せぬ。そちら2人には災難だが、咎は受けてもらおう。」

「咎?」
友人が発した言葉に、樹も首を傾げる。
先程まで恐怖で震えていたが、友人に全て任せていてはいけないと、勇気を出して男に聞いてみる。

「あの…咎ってなんですか。」

男は馬鹿にしたように片方の唇を引き上げた。

「咎とは罰のこと。我は塞の神。他の地からの禍を防ぐ。そして、夫婦和愛の神でもある。安産や良縁を司ってもいるが、与えることができれば、奪う事も可能。そちらには、我に働いた禍の元を封じさせてもらおう。そして、夫婦、子を授かることはないと思え。」

「なっ!どういう事だよ。ションベンできなくなるって事かよ!」

「そうではない。そちらを殺してしまえば、我は禍神(まがつかみ)となってしまう。さきほど課した咎は同じ意味よ。」

死に至る罪ではないと聞き、ほっとするも、罪が無くなったわけではない。

「どうか、僕たちへの罰を無くして頂くことはできないんでしょうか。」

強く両手を握りしめ、男へ懇願する。

「それはできぬ。先程も言ったように、我が姿を現して何も起こらないことはないのだ。」

少し申し訳なさそうに男が漏らした瞬間、友人が男に掴みかかろう立ち上がった。

「ふざけんなよ!オレたちがそんな罰受けるほどの事したのかよ。」

勢いよく男に向かった筈だが、男を掴もうとした手は宙を切った。その刹那、弾かれたように樹の方へと友人が倒れてくる。

「このわっぱはどこまでも我の怒りを買いたいようだな。幼い者には重すぎる罪かと思っておったが、まだ足りぬらしい。そこのわっぱには悪いが2人で犯した過ち。連帯責任という奴じゃ。そこの悪童がさらに愚かな行いをせぬよう、そちらには恥辱に満ちた咎をやろうぞ。己の愚行を忘れなければ死にはせぬ。せいぜい苦しむがよい。」

そう言うやいなや、白い男も、白い空間も消え、辺りは元の空間に戻っていた。




樹は空を見上げ、闇に浮かぶ白い月を眺めた。

先程の出来事が現実なのかぼんやりと地に座り込んでいると、男に跳ね飛ばされたまま樹の腕に寄りかかっていた友人が起き上がった。

「何ぼけっとしてんだよ。」

少し荒っぽい口調で樹に話しかけてきた。

「そうちゃん…僕変な夢見たのかな?」

「それなら俺も見た。じゃなきゃあんな場所に2人して座り込んでないだろ。」

くそっと舌打ちして、友人は樹に手を貸し、起き上がらせてくれる。
樹はお礼を言うも、不安気な瞳で友人を見つめる。

「そんな目で見んなよ。どんな罰だか知らないけど、今はどうしようもないだろう。それより早く帰んないと母さんが心配する。何かあったらすぐに連絡しろよ。オレも連絡する。だから、今は帰ろう。」

何も解決していないが、友人のその言葉に、何故か安心する。
樹は頷いて友人の後に続き、今度こそ家路に着いた。

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!