02 震えている、ボクにキミを温める術はない。 ケホンッ、ケホンッ、 と声が聞こえる。 銀時はベッドの上でうずくまり先程からケホンッ、ケホンッ、と咳をしていた。 風邪引いた、うつるから側に来ちゃダメだよ。 俺の頭を撫でて銀時はベッドに入った。 誰が近寄るか。 頼まれたってゴメンだ。 だけど、 銀時が風邪を引いたのはたぶん俺のせい。 俺が噛み付いた肩はまだ治ってない。 そこから黴菌が入って熱出して……。 部屋の隅に俯せて、前足に顎を乗せて寝たフリしながら銀時を見ると相変わらずケホンッ、ケホンッ、と咳をしてその度に布団が跳ね上がる。 玄関は鍵が閉まっていて外に出ることは出来ない。 必然的に家の中にいることになって、さっきからずっと、銀時の苦しそうな声を聞いていた。 ホントはお前のことなんかどうでもいいんだからな。 ただお前が咳する声が煩くて、飯を作ってくれないから腹が減って、俺のせいでお前はこんなに苦しそうで、 そろりと起き上がりベッドに近付く。 ベッドに前足だけを乗せて眉を寄せている銀時の頬を舐めた。 またあのしょっぱい味がする。 「……クゥン」 「んっ…、だいじょうぶ、だよ。いいコだから、ね?」俺の頭を撫でて微笑む銀時。 ね?の意味はたぶん風邪がうつるから側に来るなという意味の、ね?だろう。 そんなの俺の勝手じゃないか。 ニンゲンの病気が犬にうつるはずないだろう。 だいたい、俺が肩噛んだからって寝込まれたんじゃ後味悪いんだよバカ。 こんなときまで俺のこと一番に考えやがって、まずは自分のことを考えやがれ。 嫌な予感がする。 ケホンッ、ケホンッ、と止まらない咳。 そうだ、ミツバが小さな箱に入れられる前もミツバは風邪を引いてケホンッ、ケホンッ、と咳をしていた。 それから俺はミツバと離されて、次にミツバと会ったときは小さな箱の中にミツバがいた。 中身は見てないが箱の中からミツバの匂いがした。 ミツバを箱に入れて、その箱をデカイ石の中に入れたんだ。 銀時、お前も箱に入るのか? 「………とし」 呟いて、銀時は瞳を閉じた。 滴が瞳から流れていく。 俺はその滴を舐めてやることが出来なかった。 銀時の頬を伝い、枕に染み込み消えていく様をただ見てることしか出来なかった。 ピクンッ、と耳が立つ。 ガチャリと音がして足音が近付いて来る。 誰か来たんだ! もしかして銀時を箱に入れて閉じ込めに来たのか? 俺はミツバを守ることが出来なかった。 銀時も閉じ込められたら、俺はっ。 ――――クソッ!! ウゥ〜〜、と唸り部屋の扉を睨む。 足音が近付いて来る。 「トシ?」と銀時が身体を起こしたのと同時に扉が開いた。 「銀時ぃ、生きてっか?」 「ガウッ!ウゥ〜ガウッ!ガウッ!」 「わっ、なんだよこの犬っ!」 出て行け!銀時に近付くな! 入って来た男は最初俺の威嚇に後退りながらもヅカヅカと部屋に入って来て、 「銀時、この犬うるせぇ」 「高杉、ごめ、……けほっ」 眼帯をした、嫌な笑い方をする男だ。 銀時が連れて行かれる。 何故かそう思った。 ぐっと後ろ足に力を入れて男に飛び掛かった。 「トシ、だめっ!」 「このクソ犬がっ」 「ギャンッ」 ぶん、と腕で振り払われて床に叩きつけられる。 「テメェのせいで銀時は寝込んでんだろうが!ちったぁ、大人しくしてやがれっ」 腹を蹴られた。 身体が浮いてベッドの側面にぶつかった。 「高杉っ!」 「けっ」 ズキンズキンと腹や身体のあちこちが痛んだ。 それでも立ち上がり、尻尾をピンと立てて片目の男に向けて喉を鳴らす。 「ウゥ〜ッ」 ギリギリと歯を食いしばった。 蹴られた腹が痛い。 「気に食わねぇ」 男が拳を鳴らし俺に近付いて来る。 殴ればいい。 それで銀時を守れるのなら、気が済むまで俺を殴ればいい。 「トシっ、だいじょうぶだから、」 ふわり、と背中に温もりが触れた。 熱いくらいの熱に身体が包まれる。 銀時に背中から抱きしめられたんだ。 トシ、トシ、と名前を呼ばれ背中を撫でられる。 俺は首を捻って銀時の頬を舐めた。 なんで止めるんだよ。 なにが大丈夫だよ。 ミツバも別れ際にそう言ったんだ。 「気に食わねぇ…、トシってその犬っコロの名前かよ。銀時、お前まだ引きずってんのか?」 「ちがっ」 「まぁ、いい。傷の手当すっからその犬部屋から追い出せ、邪魔だ」 「…うん」 トシ、ごめんね。銀時はそう言うと俺を部屋の外に出した。 なんでだよ、なんでだよ銀時! 閉じられた扉に爪を立てた。 「……クゥン、」 カリカリと何度も引っ掻く。 銀時っ、銀時っ!! 扉が開くと俺は真っ直ぐに銀時のいるベッドに走った。 銀時、大丈夫か? よかった、箱の中に入れられたのかと、閉じ込められるんじゃないかって。 ピスピス鼻を鳴らして銀時の頬を何度も舐めた。 「こら、くすぐったい」 鼻にツンとする薬品の臭いは嫌だけど、銀時からは甘い匂いがする。 花みたいな匂いだ。 銀時の胸に頭のてっぺんを擦りつけてその匂いに酔いしれていると、ぐいと身体が浮いた。 「クソ犬が、」 首輪を掴まれ宙づりにされる。 足をバタバタと動かして抵抗した。 離せっ、お前なんか嫌いだっ。 「高杉!」 「テメェは黙ってろっ!……気に食わねぇんだよ、あのヤローと似たような目ぇしやがってこのクソ犬、」 首輪が首に食い込む。 苦しい。 それでも片目の男を睨み続けた。 「いいか犬ッコロ、次に銀時に傷を付けたら俺がテメェを殺してやるからな」 「ギャンッ」 パッ、と手を離されて身体が床に落ちた。 銀時が俺に手を伸ばして抱きしめる。 「高杉、やり過ぎだよ」 「うるせぇ!躾だ、躾」 銀時が俺の身体をぎゅうと抱きしめて、俺は銀時の肩に頭を乗せた。 「クゥン…」 「ちっ、ヅラから粥預かって来たから台所に置いといた。後であっためて食え」 「うん」 「銀時ぃ……」 「……」 「あいつが死んだのはお前のせいじゃねぇ……」 「……うん」 片目の男が帰った後、銀時は暫くしょっぱい水を流し続けた。 トシ、トシ、と名前を呼びながら、 とおしろう……、 と俺じゃない名前を呼びながら。 俺はずっと、しょっぱい水を舐めてやった。 どんなに舐めてやっても、銀時は笑わなかった。 2009.01.20 [*前へ][次へ#] |