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01 ボクが降らせる雨の重さでキミをつぶしましょう。









――――おいで、

そう言われて目の前に手を差し出された。
ムカついて俺はその手に噛み付いた。
さっと引かれる腕。
浅く噛んだせいで赤い血が地面に落ちる。

「そんなとこにいたらお前、保健所に連れてかれるよ?」

そんなこと知るかよ。
血が出ている手を抑えながら銀色の男は困ったふうに笑って、俺の身体を抱き上げた。
何日も何も食べていないせいで身体に力が入らない。
されるがまま男は俺をどこかに連れて行く。
暴れて抵抗してまた噛み付いてやろうと思ったけど、力がでなかった。
俺を撫でる男の手が優しかったとか、ずっとひとりで寂しかったとか、そんなんじゃなくて、力がでなかった。
だから大人しくしていただけなんだ。

「お前けっこう重いのな」

じゃあ下ろせばいいじゃないか。
そしたら俺はまたごみ箱でも漁りながらひとりで生きるのだから。

「今日からずっと一緒な」

男の手が俺の背中を撫でる。
嘘つき。
騙されるものか。
お前なんか俺がひと吠えデカイ声で哮いたら逃げるくせに。
それともうるさいと手を上げるのか?

どっちにしろ俺はお前らニンゲンが大嫌いだ。









銀色の男は俺を家に連れて帰り風呂に入れた。
水に濡れるのは嫌いだ。
服に噛み付いてやったら嫌な音を立てて男の服が破れた。
やんちゃ坊主め、男はそう言うと柔らかいブラシで俺の毛を梳き始めた。
怒らないのか?
ちらりと男の顔を伺うとやっぱり困った顔をして笑っていた。
水に濡れるのは嫌いだが、ブラッシングは好きだ。
仕方ねぇから暫く大人しくしててやる。
服を着たままびしょ濡れになっている男の膝に顎を乗せて身体の力を抜くと嬉しそうに話を始めた。

自分の名前は銀時と言うとか、大学生とか今しているバイトはきついとか、どうでもいいようなことばかり。
シャワーの音で話の半分は聞き取れなかったが、トシという名前は聞き取れた。
どうやら俺の名前らしい。
かってに名前をつけやがって、なんだよトシって、ふざけるな。
吠えてやろうかと顔を上げたらタイミング良くシャワーをかけられて耳に水が入った。
ごめんごめんと謝りながら銀時はシャワーをかけ続ける。
全然反省してないだろう。
また服に噛み付いてやったら銀時の服が盛大に破けて上半身が裸同然になった。

「あぁーあ、この服もう着れねぇな」

苦笑してその場でシャツを脱ぐとその服で俺の身体をわしゃわしゃと拭く。
濡れたシャツで拭いたって意味がないだろうに。
銀時は楽しそうに笑っていた。













飯も、食わせてもらった。
あったかくて美味い飯だった。
皿の淵までキレイに舐めて完食。
銀時は笑って俺の頭を撫でようとした。

「ガウッ」

俺はその手に噛み付いた。
ニンゲンは嫌いだ。
ガキは石を投げてくる。
オトナは棒を持って追い掛けてくる。
銀時は悲しそうに眉を寄せた。
手についた傷はふたつ。
痛いだろう。
それでも銀時は俺に両手を伸ばして、

俺の身体を抱きしめた。

「大丈夫、怖くないよ」

そう言って背中を撫でる。
誰が怖がってるだって?
ムカつくムカつく。
お前らニンゲンは言葉が通じないから勝手に自分解釈で俺のことをわかったフリをして。
ムカつくムカつく。

ミツバが閉じ込められた時もそうだ。
ミツバが死んだのはお前のせいだ。
お前が黴菌を運んできたんだ。
犬は汚い生き物だって決め付けて、俺の首輪を引っ張って保健所に連れて行こうとした。
だから俺は噛み付いて逃げ出した。
ミツバはもともと身体が弱かったんだ。
ある日風邪を拗らせて……。
優しかったミツバ。
小さな箱に入れられて、デカイ石の中に入れられた。
逃げ出したあとミツバを助けようとしたけどデカイ石は動かなかった。
ミツバはこの中にいるのに。
近くを通りかかった男はお前の飼い主は死んだのか?と俺に尋ねてきた。
死ぬ?死ぬってなんだよ。
ミツバは飼い主じゃない。
俺のコイビトだ。
ミツバが俺をコイビトだって言ってたから。
わんちゃんはわたしの初めての恋人ね。
そう言って嬉しそうに笑ってた。
ミツバ。
大好きだったミツバ。
今は石の中に閉じ込められて。

銀時、お前もミツバを閉じ込めた奴らと同じニンゲンだ。
ニンゲンは嫌いだ。



「――――んッ!」



銀時の肩に噛み付いた。

噛み付けば大低のニンゲンは俺を殴って追い払おうとする。
さぁ、お前の本性見せやがれ。
顎に力を入れる。
口の中に広がる鉄臭い味。

「んン……ッ」

ギュッと銀時は俺を抱きしめた。
離そうとしない。
殴ろうともしない。
気が付くとポタポタと滴が落ちてきていた。

「だ、いじょぶ、だよ。……お前は、」

俺の身体が潰れないように抱きしめる腕。
痛いだろいに。
血がいっぱい出て銀時の服が赤く染まっていく。




「お前は、もう……ひとりじゃないよ」




ポタポタ落ちる滴はしょっぱくて、ミツバもよくコレと同じものを瞳から流していた。
肩から口を離し銀時を見ると、ミツバと同じ、瞳から水を流していた。
このしょっぱい水は切なくなる。
悲しい時に出るんだってミツバが言ってた。

ぺろぺろと舌を出してしょっぱい水を舐める。
ミツバにもよくしてやってた。
えぐえぐと銀時は水を流しながら俺が舐めてやると笑った。

そうだ。
ミツバも俺がしょっぱい水を舐めてやると笑った。


「うぅ……痛い……」


肩を抑えてうずくまる銀時。
舐めても舐めてもしょっぱい水は止まらない。
赤い血も止まらない。

銀時!銀時!

「ガウッ!ガウッ!」

俺は必死になって叫んだ。

ミツバが閉じ込められた石に向かって叫んだ時と同じように。






2009.01.19

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あきゅろす。
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