[携帯モード] [URL送信]
56


もくもく上がる紫煙は春の悪戯な風に吹かれて青空へ飛んでいった。

靡く髪の毛が鬱陶しくて後ろでゆるくひとまとめにしたのに伸びた前髪が邪魔で仕方無い。いっそバッサリショートカットにしてしまおうか。思いながら指先でひとつまみしてはキンキラリン光る金色の毛先を見つめる。昨日の雨から打って変った晴天の今日は太陽が燦々と輝き、空に青を生み出した。なんて良いお天気だろうか、カラスも鳴かない真っ青な晴天は眩しさだけしか生み出さずに浦原の視界を潰す。鬱陶しいなあ…肺いっぱいに入れるニコチンが舌先を刺激して苦味を心中に落とす。
真っ白のシャツにグレイのズボン、そしてネイビーの指定ベスト。女子の制服はセットで数十万の値段が付けられる程、巷では有名な学園の制服に身を包んでおきながら体育館裏で煙草を吸うのはなんとも十八番中の十八番過ぎて反吐が出そうだ。
春麗らかな午後にこうして食後の一服とばかり、大人達に隠れては可愛らしい悪さを施す自分が、あまりにも子供過ぎて泣けてくる。片手をかざしては空に君臨する太陽を睨みつけた。
ああ、お天道様の下じゃあちっぽけ過ぎる。
なんともまあメンヘラちっくに呟いてそろそろ抜け出すか、と立ち上がろうとしたまさにその時、浦原の視界を白が横切っては神経をそこへ集中させた。
カサリ、軽い音が鳴っては白い物体が空から地上へ落下。
紙ヒコーキだ。A4サイズのルーズリーフで折られた不格好な紙ヒコーキが空から落ちてきた。
落下し、着地失敗した紙ヒコーキを拾い上げて今度は立ちあがったままで空を仰いだ。体育館裏、その頭上高くにある銀色のフェンスに囲まれた屋上、そこにキラリと光る何かを見つけては目を細めて最後の紫煙をフーと空へ吐き出した。
あれは…、フム面白いものめっけ。
口角を歪めたまま、浦原は紙ヒコーキを片手に、空いた左手はそのままズボンのポケットに入れて足を踏み出す。目指すは屋上、空に最も近い場所。


ギィ、開いた扉は時間の錆びた音を轟かせて外へと漏れる。
校舎は全て建て替えた筈なのに扉の金具は古いままだ。こういう細かな所に気が利かない、だから成金ばかりが蔓延るのだ。つまらない大人の事情とやらを皮肉って笑いながら屋上の扉を全て開いて目的の色を見つけてニンマリ意地悪く笑んでみせた。誰に見せるでも無く、今はただ一人だけで楽しむ。

「優等生の黒崎一護君がこんなところで授業おさぼりだ」

浦原の皮肉に音も鳴く振り返った男子高生は同じ制服に身を包みながらもノンフレームの楽しくない眼鏡でその顔を隠してはレンズ越しに浦原を見据えた。
琥珀色の甘い色彩がキラリと日光を吸収しては危なっかしげに光る。
まるで太陽の子だと言わんばかりのど派手なオレンジ頭をしてる癖に性格は暗くて頭脳は馬鹿みたいに良い。古文が得意中の得意で、学年2位の浦原でさえも彼には毎回抜かれている。古文だけだけど。
家柄も良し、スポーツ万能でそつなくこなしては頭も良いしルックスもまあまあだ。しかしその性格は暗いのだろう、どことなく影を背負っては群れるでもなく教室の片隅で本ばかり読んでいる古典的な優等生の彼、そんな彼が授業をサボって立ち入り禁止の屋上へ上がっては紙ヒコーキを空へ捨てていた。
こんな面白い事ってあるか、ないわなあ。
心中で毒吐いて笑いながらポケットから紙ヒコーキと赤マルを取り出して一本口に咥える。

「な〜んでこんなところ居るの?」

火を点けながら聞く。

「屋上って立ち入り禁止じゃなかったっけ。あれ、鍵とかってどう開けたんスか?」

歩きながらカツカツわざと音を鳴らすのは浦原なりの威嚇だ。
普段なら口も利かない筈の人間とこうして一方的に話かけるのは楽しい。相手がどう出るのかを読んで冷やかすのはその数倍楽しい。
かなりひねくれている性格だと自負するも、実はそんな性格の悪い自分が結構好きだ。
フーと同じ様に紫煙を吐き出してはにっこり微笑んでみせた。
近づいた距離、遠目から見ると身長は結構ある様にもみえたが、近づいてみるとそうでもない。顔が小さい上に細身だからだろうか、それともオーラがあるからか。
頭一個分小さい黒崎を見下しては更に笑って見せた。

「…誰だよお前」

おや、クラスメイトなのに覚えてない。
面食らった浦原は瞳を見開いて初めて聞く彼の声に神経を集中させた。
へえ…案外、良い声。
少し掠れて低い。これで威嚇されたらきっと喉ぼとけを唸らしてグルルと鳴くに違いない。そんな声だった。

「クラスメイトっす。浦原喜助。覚えない?」
「しらねー。クラスの奴等の名前は覚えてない」
「ク、馬鹿は覚えないって?」

ポケットに手を突っ込み、煙草を咥えたままで嗤った。
強気の美人は好みだけどガキは嫌いだ。とガキの自分が心の中で突っ込んで嗤ったのをスルーする。

「ちげー。顔と名前を覚えるのは苦手なんだ。でも、お前は覚えた。たった今。」
「へえ、そりゃあ光栄だ」
「それに…浦原、浦原喜助……ああ、思いだした学年2位のヤツか」
「…今、2位を強調した?」

唇に指を持ってきて考える素振りを見せては浦原の勘に障る言い方をわざわざした彼に対してピクリと眉を上げてみせる。
喧嘩っ早いのは同級生で馴染みの黒刀の方であるが、浦原も浦原で沸点は低い。
殴っちゃおうかな、そう考えた時にタイミングよく黒崎が笑う。
カラコロ、印象とは程遠い子供らしい笑い方で屈託なく笑うから握りしめた拳が自然にほどけてしまう。タイミングを見失った攻撃はポケットの中でぷっつり消え去った。

「はは、ちげえちげえ。お前、あれだ…物理が異常に高得点のヤツ。そうか浦原、浦原喜助。お前だったんだ、今知った。」
「…拍子ぬけ」
「は?」
「そんな風に笑うなんて、アタシも今初めて知った」
「…笑っちゃわりーかよ」

面を食らったのは黒崎の方だった様でバツ悪そうに唇を尖らせてはそっぽ向く。
ノンフレームの面白味の無い横顔が青空をバックに演技的に浦原の視界に映る。

「いいえ、クラスでいっちばん根暗な黒崎君がそんな風に笑うなんて知ったのはアタシが初めてっぽいし。悪いなんて言っちゃいない」
「お前……根暗で悪かったな…人づきあい、苦手なんだ…」

そして意外に口調は荒い。
ぶっきらぼうだけど拒否を示さない自然さが良い、と心が震える。

「へえ、そりゃあまた勘違いしてたみたいだ。アタシ等みたいに下等な種族との戯れは嫌いなんだってそう思ってた」
「…何様なんだよ俺は…」

再び膨れてはフェンス越しに空を見る。
綺麗な横顔だなあ、まつげも茶色い。なんて見ていたら紙ヒコーキがカサリと音を立ててポケットの中で主張した。

「ああ、そうそう。これ、落ちて来ましたよ。君が飛ばしたの?」

ポケットから取り出して見せた紙ヒコーキを一度見て、それから浦原を正面からとらえた琥珀色の瞳。
青空と琥珀色と白の紙ヒコーキに屋上。うってつけの青春ドラマの材料がここに揃っては物語を着々と進めていく。

「…失恋したんだ。だから紙ヒコーキで飛ばした。お前、運がわりーな浦原。」

そう言って笑った彼は泣きそうに見えた。
それから約1時間余りを愚痴と人生相談なんて言うくだらないのに付き合わされたが嫌ではなかった。
彼の制服からシャンプーの健康的な香りが漂うのも心地よかったし、耳ざわりの良い声で名前を呼ばれるのも心地いい。クソみたいに澄み渡った空に見る埃臭い青春の文字もなんだか心地よかった。
紙ヒコーキがカサリと音を立てては不時着、不格好なヒコーキに乗せた彼の破れた恋はあの青空のどこかにきっと飛んでいくんだろう。な〜んて、三角をもらいそうになるくらいの下手な文章が浮かんでは浦原の心に違う感情を植え付けた瞬間でもあった。














青春紙ヒコーキ




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!