80 怒ってると言うよりもこれはどちらかと言えば拗ねているに等しい背中だ。一護は眉間に深く皺を刻み、珍しく眉を下げて枕を抱き締め胡坐をかきながらどうしたもんかと悶々と悩んだ。 ベッドの端に腰掛けて前かがみ上体でテレビをじとりと見る男の、浦原喜助の背中からヒシヒシと伝わってくる。 "僕、拗ねてるんで。よろしくっス" そう告げてるも過言ではない不機嫌さに一護はほとほと参ってしまっている。降参、白旗。両手を挙げて見せてもきっとこの男がそれだけで満足する事も、機嫌を直す事もしないと言う事だけは確かで、悩みに悩んだ結果、出た言葉は「おい」だった。 「なんスか、今テレビ見てるんス」 「……テレフォンショッピングの何が楽しいんだよ!」 「楽しいっしょ?馬鹿にするのやめてくれません?」 嘘吐けよ!怒鳴りたくもなったがここはググっと堪えて我慢。 ギリギリのラインを保っているであろう男の機嫌の悪さをこれ以上捻るわけにもいかない一護は…とうとう匙を投げ出して憎き背中へ頭を置く。 「…痛いんスけど?」 「なあ…なあ…浦原あ…」 「甘えた声出しても嫌なもんは嫌」 「だってえ…どーしてもって啓吾が言うんだもん…」 「浅野君のせいにするのも無し」 「えー…でも…ほら、俺と外出は出来るわけだし?」 「二人っきりでデートが良かった」 「ぐう…っ、いや…だからさ…二人、なようなもんじゃん?」 「浅野君と?井上さんと?有沢さん、だっけ?あとは?水色君も一緒?これのどこがデートだ」 「ううー…断れなかったんだって!」 「断れよ」 「……ちっ」 「あ、今舌打ちしました?聞こえたんですからね!?舌打ちしたいのは僕の方だ!」 うわもうコイツとことん面倒だなあ。考えてもこれ以上下手な事言えば売り言葉に買い言葉で喧嘩になりかねない。一護は上手に浦原との関係を熟知している。 一週間前から約束していた浦原とのデートに、友人達もと提案した結果の拗ねである男は一向にこちらを振り返る事もベッドに上がって暑苦しい抱擁をする事もしないでただただテレビを射殺さんばかりに睨んで見ているだけ。 頑なに動こうとしない浦原の背中にぐりりりーっと頭を押し付けてもペシンと後ろ手で頭を叩かれるだけだった。 「………ごめんって…。久し振りだったから…つい盛り上がって…来月はチャドが帰国してくるし…この際だからって…集まろうって…」 「茶渡君無しでか」 「仕方ねーだろう…盛り上がってしまったんだし…」 コツン、コツン。軽くぶつける額と背中。 広い大きな浦原の背中。大好きな背中だけど、今は嫌い。 「……こっち向けよ…、ばか…」 「聞こえましたからね。馬鹿って」 「っ、そこだけ聞くな!」 日々の疲れを蓄積した体は風呂から上がってベッド上に体を置いた時点で睡眠体勢に入っている。色々限界を突破した一護は抱き締めていた枕を浦原の頭に叩き付けた。 もう良い! 何がもう良いのか、ちっとも解決できていないのに浦原が勝手に拗ねているだけだからといい訳じみた解釈をして浦原に背中を向けてシーツの中へと潜リ込む。瞼をギュっと閉じてしまえば目頭から熱い感情が産まれて零れ落ちた。 ぐずっ。 分かってもらえずにぐずるのは子供の特権だろう。浦原はフウと小さく息を吐き出しながらゆっくりとベッドへ上がる。その際にテレビの電源はブツリと切った。 「だって、楽しみにしてたんスよ?」 今度は浦原が一護の背中に言葉を投げる。 「やっとフライトから帰れて三日間の休み。君と過ごせるって思ったのに。」 モニタの青白い光が消えうせた室内は程よく暗い。暗闇に響く自身の声が多少なりとも情けなくて、不貞寝を決め込んだ恋人の背中が全部拒否してるみたいで寂しくて。ああ、こんな気持ち味わわせちゃってたんだ。なんて思ったら居ても立っても居られなくて苦しくって… 「………大好きもしてくれないし……」 ボソリと呟いた声だけが震えていた。 ハグに名前をつけて大好き。"大好きして?"一護が強請れば直ぐにでもハグして機嫌が上昇すると思ったのに。大人なのに学生の彼に対してここまで子供になってしまう。 せっかく、久々の二人だけの夜なのに。自分で台無しにしておいてよくもまあぬけぬけと言えたもんだ、頭では分かっていても心が意固地になってしまう。 「一護さん」 「……ぐう…」 「…この状況で寝るとか?」 センチメンタルでいて恋愛特有の切なさがない混ぜになって愛しい感情がドバっと溢れた瞬間に空気をぶち壊した健やかな寝息が堪忍袋の緒をぶった切る。 「一護さん!一護さん!起きて!いや、つーか起きろって!」 「ん、…あと、5分……」 「まだ朝じゃないっスけど起きろこのにぶちん男!」 「んぎゃっ!痛い…何すんだこのアホ!」 「がっ、!…あの…みぞおちは、反則では…?」 「あれ?浦原…?何してんのお前…あれ?ゾンビは…?」 「…あの一瞬で、夢まで見るとは……」 「ごめんな浦原…よしよし痛かったねえ」 寝惚けている状態の一護はある意味で無敵だ。 普段の彼から想像も出来ない程、突拍子もない行動に移るので浦原の手には負えない。 蹴られた腹がまだ鈍く痛むと言うのに浦原の苦痛な表情も厭わずグっと抱き寄せてはそのまま共に横になる。 よしよしと子をあやす母親の様に胸に浦原の頭部を抱いて、痛んでもいない後頭部を撫でる、その手は優しくて暖かい。 「これで、許されたと思うなよ」 「んー…大好きだよ浦原」 「…寝惚けてるだけだろうが」 「大好き大好き〜」 語尾の伸びた物言いが癪に障るも彼の全てが暖かくて、シーツが程良く冷たくて気持ちよくて。連日で仕事に追われていた体は睡魔に侵略されてしまう。 うとと、瞼が落ちる。 トクントクンと一護の心臓が高鳴って眠気を誘うリズムを浦原の耳に送った。 仕方ないなあ…小さく呟いて、それでもこれで許してあげるだなんて甘すぎたから汚く舌打ちをして一護の腰に腕を回しながら眠気も一発で覚めるキスを施した。 拗ねた背中 |