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恋愛小説にも書かれないであろう甘い言葉なんて到底お似合いではない


彼は"無関心"を装う事に、酷く手馴れていた。

恋愛小説にも書かれないであろう甘い言葉なんて到底お似合いではない

夏の終わりはピンク色の空が持ってくる。ヒュウと吹く風は少し夏の香りを乗せるが明らかに秋の独特な匂いを含んで吹いてきた。どこかセンチメンタルでいてとてもアンニュイな秋の冷たさは体に心地良い。暑くもなく、そして寒くもない。人工的冷風を入れずとも小窓を開けて襖を開け放てば縁側からは涼しい秋風がおのずと入ってくるから涼しい。
小さなちゃぶ台を挟んで座る二人の境界線を秋風はよっこらせと通り抜けた。
卓上に広げた教科書とノートの頁が秋の足に蹴られてカサリとミリ単位で宙に舞う様がなんともセンチメンタル。
一護はノートに走らせたシャープペンシルの動きを止めてチラリと目前の男を伺った。男に気付かれない様に(否、彼の事だ。きっと気付いてるに違いない)俯いた顔はそのままにして、目だけを上げる。視界に映し出された金色のくすんだ前髪に何かしらの影が乗っかり、伏せた瞼の下には意外に長い睫の影がてらりと照っていた。
肘をつき、手で顎を支えながら新聞紙に羅列された文字を追う。
彼は"無関心"を装う事に特化している、一護は薄々感じていた。
へらりと情けない笑顔を浮かべては人を小ばかにする言動も、目を離してしまえばふらりとどこかへ消えそうな風体も、アウトローでいてニヒルな笑みも全てが全て、無関心さを装う男の専売特許。
"アタシはちーっとも全然、あなたになんて興味はないんですから"
態度全てでそう言わんとする男の無関心さに焦れた事は、沢山あった。
今だってそうだ。
夏休みが終わってから直ぐの試験、その為に中々訪れる事が出来なかった恋人(恋人、で…良いんだよな?)の元へ二週間振りに訪れたと言うのにこれだ。
先程から一護の邪魔をせずにずっと新聞紙を読んだり時には煙管に火を落として吸いながらあちら側の巻物へと目を通したりの繰り返し。気を利かせたテッサイが皮を剥いて切って持ってきてくれた梨に目もくれずただひたすら配列した文字と数字に目を通すばかりで、梨にも一護にも無関心を装っている。
予習の手を休めて一護は爪楊枝で梨を取って口に含んだ。
しゃく、
みずみずしい歯ごたえと共に果汁がじんわりと舌先に乗っかる。甘くて酸味が利いていて甘酸っぱい。程良い甘さの梨は乾いた喉元をひんやりと冷やして潤す。
ん。美味い。
しゃくしゃくと食べてもうひとつ取って口に運ぶ。と、そこで件の視線に気付いた。
冷めたグリーンアイズが横目でこちらを見ている。

「梨、食わねえの?」

秋のアンニュイも夏の暑さも春の惰眠も全てを跳ね除けて凍らせる冬の目を見ずに問いかける。案の定、男は何でもない風に素っ気無く"いいえ"と答えてそのまま視線を戻す。

「うめーのに」
「甘いのは苦手っス」
「果物の甘さは良いってこの前言ってなかったっけ?」
「さあ。忘れたっス」

都合の良い彼は自身が適当に放った答えさえも無かった事にする。一護は漸く浦原に視線を寄越してしゃくりと梨を噛んだ。嚥下した果汁が甘味を喉に貼り付ける。
この男は何事にも不誠実だ。ふとそう思い立ったらわけもなくアンニュイな気持ちになったけれど、この感情を全て秋のせいにしてやろうと見事な責任転嫁を行いながら男を見る。
冷たい瞳で見くだして無関心を装う男。
小ばかにした言葉で論破しては無関心を装う男。
温度の通っていない手で触れては無関心を装う男。
それなのに、
この男の視線は常に一護へと纏わりつく。
この男の無い温度は常に一護の体に刻まれる。
この男の言葉は常に一護の心臓を鷲掴みにする。
カラン、空っぽの皿の上に放りこまれた爪楊枝が小さく音を発したのを合図に一護は腰を上げた。

「…どこ行くの?」

ちょっとした賭け。
皿を片手に腰を上げた一護へ視線をやらず、変わらない姿勢のままで声を発する男を見てにやけそうになる唇をキュっと一結び。

「梨、無くなったから」
「アタシが取ってきてあげる」
「いーよ。座ってなよ」

無愛想に告げて先へと足を踏み出せば横で男が腰を上げる音が鳴った。ふわりと秋風が吹く音も同時に聴こえるから、実はこの男、風を自由自在に操れるんじゃないかと疑ってしまう。
劇的とまでいかないにしてもなんだか演技めいていると一護は思って振り返った。

「一応客人ですから、君」

無関心を装う冷たいグリーンアイズが一護を見下ろす。
彼の神経質な指先が皿を持って、少しだけ一護の指先に触れた。

「それだけ?」

途端に震えた心臓が子供らしい我侭で埋め尽くされた。どうしてこうもアンタって人は…きっと一護がどう思った所で、一護がどれくらい焦がれた所で、彼は彼自身の悪癖を知る事はないと知ったら少しだけ寂しくて言葉が気持ちよりも早く先走ってしまう。

「それだけって?」
「……」

気付いて欲しい。この子供っぽくて女々しい感情に。
相手に気持ちを押し付けて且つ気付いて欲しいと願う事こそ存外、無駄な事はないのに。
彼は天才ではあるがエスパーの類ではない。一護自身、こんがらがって解し様の無い感情を全て理解する事は難しいのに。他人である男が察する事なんて皆無だと分かっているのに。だけど子供らしい感情が彼の"無関心"さに酷く傷付いていて、知って欲しいと望んだからだんまりを決め込んで唇を尖らせた。なんて事ない拗ねである。

「拗ねてんスか?」

面倒だと言う様に呟かれる声が冷たくて一層不愉快な気持ちになる。誰のせいでこうなってるんだと思ってんだ、ばか。悪癖でもある憎まれ口が心中に広がって心苦しい。

「子供みたい」

子供だもん。都合の良い時だけ子供に戻れるのは一護の専売特許でもある(この男に対してだけ、だが)

「梨、美味しかった?」

誤魔化してんじゃねーぞ、と思う。
けれど梨に罪はない。一護は顔を背けたままでコクリとひとつ頷いてみせた。男が少しだけ小ばかにした様に笑う気配を感じたが絶対に視線は寄越さないように務める。もう、意固地になる事しかこの男に勝てる術は残されていない。
早く早く、と心臓が男を急かす。その音が、振動が、息苦しくさせた。
ツツと人差し指の背で唇を撫でられてゾワリと背筋が歓喜する。冷たい指先が唇に接触する事が背徳的でいてちょっとだけ嬉しいから。

「湿ってる」

果汁がひっついた唇は心なしかベトベトして嫌だったから無意識の内に舐めていたのだろう。ふににと柔らかく熟れた唇に触れる冷たい指先はいつの間にか唇をこじ開けていた。

「浦原」
「痛いっス」

これ以上男が悪戯によって誤魔化すなら、と無神経でいて神経質な指先をカジと噛んで抗議した。
無関心を装うくせにちっとも無関心なんかじゃない一癖も二癖もある男。
冷たい視線は変わらずとも、中央を占めた金色だけがギラリと光っているのを一護は見た。久し振りに男と視線を合わせたと感じる。
その色は…なんて言う色?うっかり口をついて出てしまいそうになる疑問は一護の中でむくむくと膨らみ出す感情に歓喜を与えた。
(なあ…その色さ、)
対峙した金色が物騒に光る。
(独占欲…って言うのかな?)
一護だってエスパーではないからこの男の意思なんて意図なんて全て読めるわけではないが、期待に心を躍らせている自分に対しては酷く素直になれるかもしれないと思う。
(あんたが認知しない感情なら、嬉しいな)
常に無関心を装う男の、初めての関心が一護にだけ向いているのなら。これ以上嬉しい事はない。
一人で勝手に嬉しがってちゃあ虚しいだけなのに、一護は歯を立てた指先にちろりとわざと舌先を這わした。男の眉がピクリと小さく動く。
手を繋いだ、キスもした、それ以上も…した。それでも男は頑なに一護から関心を削ぐ様に務めるからいい加減、我慢の限界。
(なあ浦原さん)
舌先に乗せた彼の名前がこんなにも苦い。梨の甘さを全て吸収して消してしまう程の苦さに泣きたい気持ちに駆られた。
(もっと曝け出せよ、出してよ)
不安になるからだなんて女々しい事は口が裂けても言いたくないし彼に悟っても欲しくないと願う。なのに知っていて欲しいだなんて…人間の欲と言うのは…成る程、尽きる事なんて無いのだ。

「くすぐったいよ」
「…ん」
「じゃれてるの?拗ねてるの?どっち?」
「汲めよ」
「…一護サン」

あ、やっと名前呼んでくれた。たったそれだけの事でこの胸は弾む。
少しだけ濡れた指が顎を取ってくれた事にも期待で心臓が爆ぜてしまいそう、少しだけ恐ろしい胸の高鳴りが室内に大きく大きく反響してしまいそうで一護はキュっと左心房あたりのシャツを握り締めた。
無言のまま触れてくる唇が一護の唇に重なった瞬間に脳内のアドレナリンが一斉に分泌された感覚を味わって眩暈が生じる。キスよりも凄い事を、卑猥な事を行った夜もあるのに。それ以上に恥かしくて驚く程に胸が高鳴って、初めてのキスじゃないのに、とても、ドキドキして浦原の腕に縋ってしまう。
足元から崩れてしまいそうだ。
たった触れるだけのキスに。冷たい男の唇の感触に。間近で見た金色の、瞳に。
ギラギラ、物騒に光る金色が一護に告げている。
離れるんじゃないと、都合良くもそう解釈してしまいたくなるくらいには物騒でいてちょっぴり切ない。
ン、侵入してきた舌先に苦味を感じて息を飲み込んだ。刻み煙草の独特な味が口内に広がって、梨の甘さをすっかり消し去ってしまう。
でもまあ、いっか。一護はうっそり感じながら皿から手を離して男の首元へ縋りついた。













無関心を装う男の冷たい独占欲


▽なんて言うか原作ver浦原さんは冷たい人だな〜って勝手な解釈で禿げ萌えた結果がコレです。無意識の内に無関心を装う人って執着を意識し始めたら異様な独占欲を放つんじゃないかなあ、浦原さんの場合だと視線だけに独占欲が詰まってる感じです。大人と子供の途方もない駆け引きが堪らなく好きだ!と感じた真夜中。つまるところ私はいつまで経っても浦一の呪縛からは逃れる事が出来ないと言う事ですね。浦一大好きすぎてお腹痛いです!と主張しておきます。
meru




あきゅろす。
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