金魚鉢に詰まった涙の数だけ嘘を吐くバカな人 嘘を吐いた分だけの涙を掬い取って貴方にあげる。 よう、片手をあげて少し照れくさそうに笑った君が初夏の太陽と共にやってきた。5年振りに見た表情は少しだけ大人臭い。 口端に出来た笑い皺が幸せな日々を過ごしていたのだと伝えて、目尻に出来た皺が辛い日々を密かに過ごしていたのだと浦原に訴えかけたから少しばかり目を反らしてしまった。 どうも、こんにちは。相も変わらずのやり取りを繰り返した後でポソリと君が呟いた。五年振りだな。そう、寂しそうに呟いた。 目の前に立つ彼からは仄かに煙草の香りが漂う。親父殿と同じ様にくだらない誓いを立てて、そして格好つけているのだろうと知れたらなんだかバカらしくなって笑ってしまった。 「五年振りっスもんね。どうですか?元気だった?」 「ピンピンしてらあ」 成長期にぐんと伸びた身長は彼と浦原の目線を全く同じにしてしまった。 それがほんのちょびっとだけ寂しかったと記憶している。 「久し振りに来てくれたんですし、お茶でも出しますよ。おすわんなさいな」 わざと猫背を強調しながら居間へ上がろうとした浦原を一護は止めた。 まるで縮められた身長差を誤魔化そうとお茶に誘う浦原の内心を見透かしているみたいだったからドキリと嫌な高揚感を味わう。 「構うな。ちょっと寄っただけだからさ。直ぐ、出るよ」 「…はあ。」 我ながら間抜けな返答だと思う。 気の抜けた返答で面を喰らったかの様に一護が笑った。記憶にある学生時の彼はあまり笑わなかったのに、過ぎる年月と言うのはこうも簡単に人を変えてしまう代物なんだろうか。 浦原にはない時間を、彼は持っている。今も昔も、そしてこれから先もずっとその生涯を終えるときまで、彼が手にしている物は浦原では手にする事の出来ない時間の束。 あの頃の彼はもう過去の遺物と成り果てた。 「髪、伸びましたね?」 「そうか?一昨日切ったんだけどな」 襟足が伸びた髪の毛、そして前髪に触れ指先で遊びながら答える一護を見る。小さな笑いが漏れてしまった。 「五年振りっスから」 「やけに突っ掛かる」 「突っ掛かりたくもなる」 やっとペースを取り戻した浦原を見て今度は一護が小さく笑った。 こんな表情も、見た事ない。 今日はなんだかおかしい、朝から蒸し暑い気温に見舞われて偏頭痛も酷かった。正午を過ぎた辺りから起き上がってのそのそと遅い朝ご飯を食べてそれからいつも通りに店に出た。ああ、夏になるなあ。だなんて射し込む日光を見ていたら彼がやってきた。 なんだかやっぱり今日はおかしい。浦原の取り戻しつつあった日常があっさりと音を立てて崩れていってしまう。 「金魚、飼ってるのか?」 小さく笑んだまま彼が問うたので眩暈にも似た白昼夢はここで終わりを告げた。後ろを振り返る。彼の指差した先は黒電話の棚、一段目には電話があり、そしてその下の段には昔ながらの金魚鉢。なみなみと注がれた水には一匹の愛らしい真っ赤な金魚がゆらりゆらゆらと優雅に漂っている。 「ああ…去年の夏にね。ウルルが」 「成る程ね」 ちゃんと世話してんのか?だなんて彼の台詞が父親臭くて笑いを誘う。 「ちゃんとしてますよ」 「…そっか。ウチはまだダメだな」 「もう少し大きくなったら、子犬の一匹でも飼ってあげなさいな。寂しさも癒えるでしょうに」 「…うん。そうしよっかな。そうだな。」 噛み締める言葉を飲み込んで自問自答する癖は変わらないが、彼の顔はもう力の無い青年のソレではなく、立派な父としての表情で、左手薬指にはめられたシルバー製のリングが鈍く光っては浦原の目を突いた。 彼からは仄かな煙草の香りと線香の香りが漂う。ああ、夏だなあ。改めて思ってしまった自分が少しだけ妬ましい。 「じゃあ、な。浦原。邪魔した」 「いーえ。何のお構いもなしで。」 「…また、」 「では黒崎サン。さようなら。どうか、お元気で」 初めて彼の言葉を遮ってサヨナラを紡いだ瞬間、彼が寂しげに表情を変えたのと金魚が跳ねたのは同時で、なんだかやけに演技かかってるなあと人事の様に思った。 胸の内側でまた一粒二粒と涙が零れる。 「うん。…じゃあ、な、浦原。」 引きとめる事は簡単なのだ、と彼に手を振りながら内側で呟く。そして何事もなかったかの様に「はいな」と答えては彼の背中を見送る。 ああ、夏だ。夏、夏がやってくる。 商店を辞した彼の居ない入り口に初夏の太陽がギラギラと強く光っては射し込む。まるで彼の影を焼き付けてしまうんじゃないかと危惧してしまうくらいには今日の太陽は狂っていた。 ちゃぷり、赤い金魚が後ろで跳ねる音がする。 塩分たっぷりの水槽、きっとあの金魚は一日も保たずに死んでいくだろう。 あの金魚鉢に入っているのは自身の涙だ。そしてきっと、あの可哀相な末路を辿る金魚は自分自身なのだ。 「…好きだと、君を愛してるのだと、あの時ここで、答えていたら、何かが変わっていましたか?」 嘘を吐いた分だけ流れた涙が並々と心のタンクに溜まって、その中で溺死してしまいそうだ。と浦原は一人で嗚咽を噛み殺しながらやっと、泣いた。 ソレは一体、誰が救われる嘘なの?と金魚が意地悪く問いただす |