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いつも以上に眉間の皺を濃く刻んで、足を組み腕を組みテレビを睨む。時々大きな舌打ちと小さな舌打ちが交互して聞こえてくる。つまるところ、彼は今、非情に腹を立てている状態だ。

「なあおい、」

ドスの効いた声が沈黙を引き裂きブラウン管越しの評論家と研究者、学者達の声に被さる。浦原は眼鏡をあげながら新聞から目を外して横目に一護を見た。

「お前さ、腐って脂ぶよぶよの生臭ぇ肉、好きか?」

普段よりも一段低い声が鼓膜を揺さぶり入り込んでくる。
ふむ、浦原は彼の問いかけを分かりやすく図におこして考えてみた。
皿が一枚ある。その上にでかでかと乗っかった肉。分厚い肉厚から染み出るのは生臭さを滲み出した脂身と腐りかけの肉片。ウェルダンで焼こうが煮ようが腐りかけの肉に変わりは無く、僅かながらにオプションとしてついた骨はボロボロに崩れてはその中の少量の肉を外へと追い出している。あ、気色悪い。正直な感想だったので小さく首を横に振りながらイイエと答えた。

「だよな。人間様だってそれは同じだろうよ。オレだってお断りだ、んな反吐が出る肉なんざ喰い散らかすまでもねえダッシュボックスにポイだ」

視線を浦原の方向へ向けず、テレビに向き合ったままで舌打ちを大きく鳴らした。
チッ、彼の悪癖でもある舌打ちにブラウン管越しに映った評論家の声が途切れる。丸々と太った男だった。年齢は50代かもしかしたら60代にさしかかる頃だろう、眼鏡をかけてはいるが顔もむくれている為にかけた老眼鏡がやけに小さな玩具に見える。資料を持つ指先もぶくりと膨れており、どこからが第一関節なのか筋が見えない。決定的なのが彼の腹部だ。何かを孕んでいると言っても過言ではないくらいに大きく膨らみが着込んだポロシャツの布を引き伸ばしていた。
どこでも見かける肥満型、きっとかかりつけの医師から甘い物は極力控えるようにと言い付けられてる所だろう。なんせ彼が座る卓上にはミネラルウォーターのボトルのみが置かれているからだ。
成る程、と先程まで興味を示さずにいたテレビへ視線を向けて彼の苛立ちの原因を知った。
ブラウン管越し、先程の評論家が嫌味とも言える台詞を科学者各位へ向けてはニヒルに笑っている。
"キミ達はあれだ、ラボに篭ってばかりでやせ細っているからヤツ等の餌食にはならないだろうなあ"
むくれた瞼が重そうに見える。開いた瞳は半分程もその色彩を露にしない。それでもニヒルだと形容できる笑み方をしてみせる男にはこれが素なのだ。

「…やせ細ってるのも嫌ですが、脂ぎった肉もお断りしたいもんです。出来るなら程よく筋肉がついていて柔らかく新鮮な肉が良いっスね。そうそう、この前ねアザラシの子供の肉を食べたんですよ。驚きました、ちょっと臭かったけど歯ごたえとか味がね、似てたんですよね。今度一緒に食べに行きます?」

話題を変えようと話を軽く振ってみればギトリと粘着質な音が鳴る程に横目で睨まれた。想定内の事だったので驚きはしないが若干鬱陶しいと思う。

「どこで」
「コクトーさん所で」
「ぜってーいかねー」
「…好き嫌いはいけませんよ一護さん。」
「好きでも嫌いでもねー。殺したくなるだけだ。」
「わあ、厄介ー」

おどけて見せたら案の上、手が出るのが早い彼は素早く浦原の襟を掴んで引き寄せる。顔だけは殴らないでねダーリン、軽口を叩いたとしても彼の機嫌は直るどころか一気に降下するだけだろう。
距離が縮まった。
対峙する琥珀色が甘ったるく浦原の金色に映し出される。

「なあおい、お前はさ恋人の元恋人と一緒に楽しくお食事なんて出来るか?」
「元、と言っても数百年前だって言ってんでしょーが時効っすよ時効」
「すみませんねー、こちとら独占欲が強いお子様なもんで。数百年前だろうが数千年前だろうがてめえを抱いただろう男たちは全員ブっ殺したくなるんだわ。」

分かってくれよハニー。
にっこりと愛らしく微笑んで頬を指先だけで撫でられる。こうなった以上、この嫉妬深い恋人の機嫌は後三日は尾を引くことだろう。
ヒクリと浦原の口角が引き攣ったのを見て更ににんまりと笑む。

「アザラシなんざ喰わなくってもちゃんとオレが狩ってきてやるから。もう行くなよ?」
「…はあ。分かりましたけど無駄な殺生したら今度こそ別れます」
「あ、意地悪だ。オレたちにだって肉を選ぶ権利はあるんだよっつーのを分からせてやんなきゃ。どーにも、あいつ等の勘違いっぷりには些か、腹立つ」

いよいよ核心に触れてきた事に対してホっと安堵した。
先ずは何に対して彼が腹を立てているのか知らないといけない。回りくどく遠回りをした後に核心に触れても解決のしようがない。無駄話が嫌いで要領の得ない話程聞くに堪えれないと浦原は思っているからこそ、誘導させるように一護の口から核心を引き出す。
つつ、挑発には挑発で返す様に一護の唇を親指で触れる。
ふににと柔らかい。

「だからと言って無駄に狩ってしまえば肉は腐ってしまうしこちら側にだって踏み込まれてしまっては面倒っス。この世界はまだあちらさん方の物だ。アタシ等は闖入者なんスよ、言わば招待されなかったマレフィセントだ。」
「気に喰わない。てめえら基準で好き勝手言うくせに屁理屈揃いときた。都合の悪い事にはお得意の屁理屈ぶつけて、都合の良い事にも難癖つけては都合悪いモノにしようとする。あーあ、胸っくそが悪いったらねーよ。何様だよあいつら」
「人間様っスよ。この世界の頂点だ」
「一般的でくそったれなヒエラルキーだな。あいつらに用意されたもんじゃ…違うか。あいつ等が自分達に用意したピラミッドだな」

触れていた唇が徐々に尖っていく。それでも変わらずにふににと柔らかいから感触を指先だけで堪能した後で小さくキスをした。堪らなくなったからだ。機嫌が悪い時に甘やかされるのもキスされるのも好きじゃない彼の事を分かっているのに、それでも堪らないと告げた本能に従うまま、浦原はキスを何度にも分けて繰り返す。
次第に深いキスになっていけば彼の息は上がって、そしてコテリと体から力を抜いて寄りかかる。見上げた甘ったるい琥珀色には怒気はもう含まれていない。
最後の仕上げに、と浦原は彼の額に軽く小さいキスを送る。
アタシが抱こうと思ったのはキミが初めてですよ。
だから機嫌治してねダーリン。
耳に声をねじ込ませてうんと甘やかしてやった。








怒りと言うのは己で孕む毒の事だ




あきゅろす。
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