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良い年こいた大人がドキドキしてるんです。
そろそろ春が来ても良いんじゃないか?って思える程、毎日寒くて適わない。結界をはっているにしてもだ、隙間風はいやらしくも足元を撫でるからブルリと背筋を震わせてしまう。

「喜助さん喜助さん」

可愛らしい少女の声によって浦原はうつらとしていた瞼を開けてニッコリ微笑んだ。なあに?小声でそう告げれば少女は無表情の頬を赤く染めながら黒崎さんが来てますよ。とこれまた小さく答える。
ドキリと高鳴ったのは当主を無視した人工物の心臓で、ポーカーフェイスを保ちながら何とも無い様に笑って少女に通してと優しく告げた。
あい、可愛い返事をした少女が部屋から出るのを見届け、ゆったりとした動作で煙管と取り出して吸い始めた。一体、いつ頃から誤魔化しの為に煙管を飲むようになったんだっけ。考えてもキリが無い程には浮かれている心に翻弄されてしまいそうで怖い。

「よう、今日もさみーな」

挨拶もそうそうに自室へ入り込んできた彼のオレンジを見て眩しいなあと心中で微笑んだ。きっとそれは表情にも出ていただろう。一護は浦原の顔を見るなり意地悪く口角をあげて「情けねー面」だと笑った。

「アンタさ、少しは外に出たら?」
「こおんな寒い日に大人は外に出ないんです。学校終わりっスか?ご苦労様っすね〜」

いやいや学生さん達には本当、感謝してますよン。だなんて茶化しながらひとつ、煙を飲んで吐き出す。匂いが移るから極力子供の前では吸わないでおいた煙管、気を使う事をやめたのは子供のたった一言が理由。
"ソレ、良い香りすんね。煙草臭くない。"
それだけならまだしも、彼は無邪気に最後の一言を浦原の心に突き刺した。
"アンタの香りって感じだな"
きっと彼の中では深い意味なんてないだろう言葉に惑わされたのは大人でもある浦原の方で。それだったらキミに残り香をつけてやろうじゃないか、だなんて変な見栄と独占欲にも似た感情が渦巻いて気遣いを無駄にさせてしまった。煙管をぷかりプカプカ吸い始める浦原に子供は険しい表情をしないでいそいそと炬燵の中へもぐりこむ。居間には大きなファミリー用の炬燵があるが、浦原の自室には先月の頭から二人用炬燵がどでんと真ん中に置かれた。子供が寒がったからである。
ここまでさせちゃうなんて…恋ってヤツは厄介だなあ。
煙たくならない様にと少しだけ開けた窓の隙間からヒュ〜〜と間抜けな風音が鳴り響いて冬の冷たさを感じさせた。

「で?今日はどうしたンすか?」
「えー…あー…」

コテリと頭を机に置き炬燵の温もりを堪能してる子供は空返事だけを浦原に投げかけて頭をぐりぐりと動かす。きっと、眠くなったのだ。目前で左に動いたり右に動いたりを繰り返してるオレンジを見てフと口角を上げてしまう。
油断したらこうだ。
常のポーカーフェイスはこの子供を前にすると容易く崩れてしまう。子供は気付かないだろうが、馴染みの夜一は直ぐに勘付いて腑抜けた面が気持ち悪いと追い討ちをかけた程。
良い年こいたオッサンがあんたみたいなガキにドキドキしてんスよ。笑っちゃうでしょ?
心中で自嘲したら襖が開けてウルルが入りこんできた。小さい両手には大きなお盆が乗っかり、お盆の上には湯気を出した湯飲みとぜんざい皿が二つずつ。どちらも暖かい湯気を出していて、コトリと二人の前に置かれていく。

「サンキューウルル」
「あい」

可愛らしく笑ったウルルは「喜助さんもどーぞ」と言った。それに対して一護と同じく有り難うと告げれば頬を赤く染めてトタトタと部屋を後にする。

「…もしかしてコレが目当てっスか?」
「おう!」

満面な笑みでスプーンを持っていただきます!と元気良く挨拶。それに対して心の隅でがっくりと項垂れてみた。食い意地のはった学生さんは恋よりも食に興味があるらしい。気付かれまいとしてポーカーフェイスを保つも、相手がこれじゃあ何故かちっとも面白くない。
ふてくされた様に湯のみへ口をつけてズズズとやや下品に飲む。

「美味い!さすがテッサイさん!」
「うちのお母さん担当っスからね〜……彼はあげませんよ?」
「一家に一台テッサイさん!って感じだよな?」
「だから、あげませんよ?」
「ケチー!つーか喜助さんも食べたら?」
「アタシは………は?」

あまりにも突然だった。一護が食べ終えたら自身の分も与えてあげようだなんて甘く思っていたのが今ので一気に吹き飛んだ。
喜助さんと、彼は名前で呼んだ。普段ならお前とかアンタとか浦原サンとか浦原!とか様々、名前でなんて一回たりとも呼ばれた事がなかった。
喜助さん、浦原の頭の中でぐるぐる巡る彼の声が一気に心臓へ血液を流し込んだ。ドクリ、唸る心臓。

「え……っア!」

目を丸くさせて固まった浦原を訝しげに見た瞬間、一護は顔を真っ赤にさせる。

それはもう、みても分かるくらい真っ赤。湯上りの時みたいな、逆上せた時みたいな赤さに、浦原もつられて赤くなってしまいそうだった。
今のは、ウルルにつられて…。小さく呟いた子供は顔を俯かせた状態でちまちまとぜんざいを頬張る作業に没頭した。
同じく浦原も、ああそうっスか。と気にしてない風を気取り、うっかり火種を指に落としかけてしまうくらいには動揺を隠しきれずにいた。















ああ!恋ってヤツは!




あきゅろす。
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