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dream gose on.


ドリーム・ドリーム。お前が見る夢を全て喰ろうてやろう。ドリームキャッチャーが窓辺で揺れる。風もないのに、揺れる。

dream gose on.

夢と現実の境目と言うのはとてもあやふやだ。眠りに落ちる瞬間、その狭間でゆれる影が視覚から入り込んで脳内にファンタジックさながらな恐怖を見せる。
あ、またこの夢…か。
暗い森の中、枯れた枝から落ちる枯葉で地面は埋もれて即席の枯葉ベッドが出来上がる。そこで寝転んで宙を見上げる。うっすら曇りがかった空が途方も暮れそうになるくらい遠くでゆっくり時を刻むのが伺える。森の中はいつだって暗い、日は射すのに影が多いから暗いと感じてしまう。
それでも僕はこの森が好きだ。こうして枯葉のベッドで仰向けになって空を見上げるのが好きだ。けど、この夢は嫌いだって僕は思っている。
ベッドがカサリと音を立てた後で夢は崩れ落ちる。徐々に徐々に重さを増して地盤が耐え切れなくなって落ちるのだ。まっさかさまに、地底へ落ちてしまう。ただただ落ちるだけの夢。底の無い真っ暗闇の中で落ちているのか浮遊しているのかも分からない感覚が全体に負担をかけてしまうから吐き気を催す。それでも体が動かないのは僕の体を無数の羽虫がびっしりくっついて束縛しているから。気持ち悪い。うぞうぞ蠢く羽虫の足と羽と胴体部分が肌にひっついて気持ち悪い。それが無数だから余計に吐き気が込み上げて僕は叫ぶ。
早く殺せ。って僕は涙ながらに叫ぶ。
そこで夢は瞬く間に終わりを告げる。あっけない程簡単に、でも救いがない終わり方だ。最後の最後まで僕の体は落下を続けるし、体にこびりつく羽虫が全て拭われる事も無い。夢から覚めて再び頭を抱えてしまう、このまま眠ったらまたあの夢の続きなんだろうか?って考えてしまえばそこから眠れる気がしない。

「っつ!」

馴染んだ悪夢によって浦原は飛び起きた。忙しない呼吸で指先が震えている。ハアとひとつだけ深く吐いて頭を抱え込んだ。このところ、頻繁に悪夢を見てしまう。知り合いの葬儀屋は気休めと言って睡眠薬とブラックニッカとドリームキャッチャーをくれた。前者のふたつはありがたいとして、後者のドリームキャッチャーは本当に気休め程度の代物だったから机の引き出しに閉まったまま、使う事等無かった。
酒でも飲んで眠れたら、浦原は考えながらふと窓辺に視線を寄越す。ドキリと面白いくらいに心臓が跳ね上がった。寝る前にはきちんと窓を閉めていた筈、いくらこの地帯が治安が良く、空き巣も強盗も物騒な事件ひとつとして聞かない町だとしてもだ、周囲を深い森で囲まれている以上、窓からフクロウや蝙蝠、狐にたぬき、ありとあらゆる獣が入り込んでしまう可能性が高い為、窓はがっちり鍵をかけて閉めていた。
ただ、窓が開いているだけなら良いんだ。浦原は咄嗟にそう感じて背筋をゾゾゾと凍らせた。
窓の縁に腰を下ろし、足を組みながらこちらを伺うシルエットを視覚は捉えたまま。窓から差し込む月光の青白い光が逆光で闖入者の姿形をはっきりと見せてはくれない。
静かに、息を飲む。まるで獣と対峙しているみたいな感覚、唯一光った瞳が甘い色を兼ねているのにギラリと光り、捕食者を連想させたからだ。ゆっくりと腕だけを枕の下に忍ばせる。シュ、静かな室内に布擦れの音が鳴り響き心拍数が跳ね上がった。枕下の冷たい感触、指先に馴染まないソレが浦原の鼓動を感じ取る。

「なあ、ソレ」

子供の声だ。まだ未発達で低くもなければ高くもない。浦原が毎日の様に耳にしている子供達の声と何も違えること無く響いたが、発せられた声の音によって体はブルリと大袈裟に動き、枕下のベレッタを取って闖入者に向けてしまった。
しまった……これは、挑発だ…。
ノズルを向けたらノズルを向けられる、そう覚えておきな。映画の中であくどいカウボーイがこれまたセリフ通りにあくどく笑いながら相手にノズルを向けていたのが場違いながら頭に浮かんだ。

「…まあ、俺の方が不法侵入だよな…ごめん、驚かせた。取り敢えずその物騒なのしまってくれないか?」

ホールドアップをしてみせた闖入者は淡々と言葉を述べる。強盗にせよ、空き巣にせよ、真夜中近くの時間帯に他人様の家へ入り込むのは頂けない。それが例え子供であったとしてもだ。
浦原は跳ね上がった心拍数を深呼吸する事で抑え、向けたノズルのその向こう側に居る闖入者へ視線を合わせた。カチリ、セーフティバーが唸る。

「…空き巣目的でしたら生憎、こちらに金目の物はありません。強盗目的でしたら…止む終えないけどコレは仕舞えない」
「…俺があんたの立場だったらそうするよ。けどまあ聞けや、先生。」

物騒な物言いなのに柔らかく聴こえる子供の声が先生と呼んだことに目を丸くさせた。

「待って…キミ、誰?」

都会の進学学校で教えて5年、都会の喧騒に疲れて戻ってきた田舎の学校に勤め始めてまだ一月も経っていない。子供の数は都会に比べて少なかったが、町で唯一の学校には小学生から高校生まで多くの子供達で賑わっている。浦原は化学専門だから受け持つのは高校生のみだった。
まさか闖入者から先生と呼ばれるなんて。再び跳ね上がった心拍数は先程とは違った意味でドクドク脈打つ。

「自己紹介は後でして良い?取り敢えず、ソレ、喰っちゃって良いかな?」

変わらず、ギラリと光ったままの甘い瞳は悪戯気に笑みを象り、指先が浦原の背後を指す。すらりと伸びた異様に綺麗な指先に月光の青白い光が灯った。
背後を指しているであろう彼の指先を見て、浦原は自身の背後で何か蠢く気配を感じる。これは…罠なんだろうか。すっかり目も覚めて冷静になった脳内では彼との頭脳戦が繰り広げられている。浦原が勝手に思ってるだけかもしれないけど…。
バクバクと脈打つ心拍数、首は自然と後ろへ振り返る。見てはダメ、見ちゃダメだと何度も何度も浦原へ訴えかける心臓がけたたましく唸った。

「見んな。見たらトラウマになっちゃうよ、先生」

いつの間に距離を縮めていたのだろうか。向けていたノズルの隙間を潜るようにしてベッドへ乗り上げて浦原の目を塞いだ掌は人間みたいに温かい。ギシリと唸ったスプリングが二人分の体重を乗せた事を浦原へ伝える。
ふわりと香ったのは夜の森の香り、冷たくてどこか懐かしい感じを味わう心安らぐ香りに浦原はフと眠りの誘われてると思った。
ぐしゃり。緩やかな眠りに瞼を落としかけ、背後で鳴った音によって忙しなく呼び覚まされる。ぐしゃり?何かを押し潰した様な、否、何かに噛り付いて皮膚と肉を噛み裂いた様な生々しい音。背後で唸る様な音に目隠しをされた浦原は指の隙間から彼を見た。
何か、を喰らっている。
真っ暗な闇が蔓延ったベッド上で、彼は何かに齧り付いてはぬちゃりと皮膚と神経を牙で噛み切り、そして肉を喰らっていた。口の端にこびりつくのが何かだなんて分かりきっている。アレはきっと真っ赤だ。絵の具やクレヨンでは作れない赤。毒々しくも生臭い赤。赤に赤が混ざって少し黒味を帯びた赤。
ああ…気持ち悪い。
夢の中でも感じた吐き気を催して浦原の意識は綺麗に闇に飲み込まれフェードアウトした。

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あきゅろす。
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