55 真夜中に起こされるのは得意では無いのだが…。浦原は寝不足気味の細目でキラキラした琥珀色のくりりとした大きな眼をげんなりと見ては時計の針を確認。 AM1時…なんてこった。 「子供は…寝る時間だってママに習わなかったの?」 「パンケーキが食べたい!」 子供のキラキラ光る大きな眼を見て再度大きなため息を吐いて渋々キッチンへと立った。 冷蔵庫から取り出した卵とミルク、そしてヨーグルトをかき混ぜて生地を作り、冷ましたフライパンを弱火にかけて生地を高い位置から流し入れる。 シュウ、不完全燃焼とでも言いたげな音が流れてキッチン中には甘い蕩けそうな香りが充満した。 大人しくしててね、とカウンターキッチンに座らせた子供はクロネコのぬいぐるみを抱きよせてワクワク顔で浦原の後ろ姿を眺める。 羽織ったネイビーのガウン、後ろで緩く結ばれたリボンがゆらゆらと揺れてバタフライみたい。 いつか読んでもらった絵本の中に出てきたイタズラで意地悪な青いバタフライ、少しだけノーティでクレイジー。お茶らけた夢物語で夢を見せるバタフライみたいで、彼のゆれる金髪が甘い香りを纏ってキャラメル色に光ったような気がした。 ワクワクする。 甘い香りとスプリングミッドナイト。 幼心が弾んでは眠気を外へ追いやった。 「はい、出来上がり」 「アイスもー!」 「…虫歯になるからダメ」 「やだ」 「やだじゃない。僕の言うことが聞けないの?」 夜の9時には就寝、食事した後は必ず歯磨きを、寝る前のハグとキスは絶対。おはようのハグキスも絶対。 浦原の決めたルールに従うも、苦痛を感じることはないが時々寂しさを抱えては目を覚ます事はしばしば。その時には必ず彼の作る歪な形のパンケーキが食べたくなるのだ。 外はサクっと、中はふんわり。 真夜中に食べるパンケーキにメイプルシロップもアイスもチョコシロップも無い味気ないパンケーキだが一護は気に入っていた。 くああ、と大きな欠伸をした彼は大人の疲労を眼尻に浮かべて肩肘をついて一護がパンケーキをほおばる所を見る。 見て少しだけ不器用に口端を上げては指先でそうっと一護の唇を拭う。 「ついてますよ。あわてんぼうさん」 「だって美味しいんだもん」 「ふ、そりゃあよかった」 自嘲気味に笑ってみせるのは彼特有の照れ隠しの証拠で、一護はその笑顔を見る度に早く大人になりたいと思うのだ。 切り分けたホカホカのパンケーキ、ハイスクールに上がれば大人になれるだろうか。いいや、ジュニアが後ろにくっついてるから世間ではまだまだ子供の範疇なのだきっと。 「あと…」 指折り数えてみた。 数にして後10年とちょっと。長い…思ったら途方もなく悲しくなった。 「どうした?」 彼が優しく問う。 前髪を後ろに撫でて、露わになった額を撫でては親指の腹で眉上を撫でた。優しい指先だ。思えばウトウトと瞼が落ちてくる。 暖かいホットパンケーキは優しく仄かに甘い味で舌先を温めて腹を満たし、彼の指先は常温で大きくそして優しいから散歩をしていた睡魔が戻りかけてきた。 「眠い?」 「ん…」 「おいで。歯磨きしてから寝よう」 両腕を広げた彼の腕の中に飛び込む。 ボディムスクの香りがふわりと鼻をついて、僅かだが煙草の香りが刺激的に頬をくすぐった。 甘い香りと煙草の混じった香り、だけど嫌いじゃない彼の香りに一護はスンと鼻を鳴らしてこっくりこっくりと首を揺らす。 こーら、おねむにはまだ早いと背中をリズム良く叩かれたらもうダメだ。 「一緒に眠りたいよ」 「…んー。もうお兄ちゃんなのに、一緒に寝るの?ひとりは嫌?」 宛がわれた自身の子供っぽい部屋を思い出す。 それと同時に彼の生活感の無い部屋を思い出して首筋に縋った。 ヤだよ。今日はあなたといっしょに寝たいんだ。無言で訴えたらまたもやフと小さく笑われた。 頬にキスを贈られる。その時に掠めた金色の髪の毛からはパンケーキの子供っぽい香りが漂った。 大人のムスクも柔らかになる真夜中 |