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最初はたった数分、話をする為だけに浦原の自室へ訪れるだけだった。
5分が10分、10分が20分、20分が1時間に跳ね上がる様に伸びたのは昼間と違って浦原が至極優しかったからだ。
クラスメイトの話をして笑ってみせる浦原は地下室で殺気を纏う彼とは別人に見えた。なんだ、そんな風に笑う事もできんだな。そう思えたのがきっかけ。
それからは毎晩の様に一護は浦原の自室に寄って世間話をしてから用意された客室へ戻る生活を送っていた。
浦原と話していると面白い、普段なら奇天烈な帽子に隠された素顔もまじまじと見れるし、表情が意外に柔らかいと言う事も、そして笑えば優しい笑い皺が出来るのも見れた。
ほんわか光を放つ提灯が室内を暖かく見せるから浦原の表情も柔らかいんだろうか。それでも放つ声の色は地下室で聞く殺気混じりの声ではない事が明らかだから一護も気を抜いてしまう。拍子抜け、この言葉が一番しっくりきているのかもしれない。
金色の瞳が影を走らせて殺意を見せつける、綺麗な手が刀を自由自在に操って切りつける、薄唇から吐き出された言葉の何と辛辣な事。深く心臓に刻まれた言葉は魂にまで傷跡を残す程、彼の殺気は本物で常に解かれる事はなく一護に牙を向き続ける。
恐怖に支配されてしまった幼心に優しい浦原は毒だと分かっていても一護は毎夜毎夜浦原の自室を訪ねる事を止めない。

ただの世間話が体をすり寄せて布団の中で対面しながら話をする様に変化するまでさほど時間はかからなかった。
浦原の布団は煙管の香りを充分に纏っていて少し埃臭い、鉄斎が焚くのか、お香の香りも仄かにするから眠気を誘う。客室から持ってきた枕を頭下に敷いて横になる浦原の瞳を見る。座って話している時よりも大分、距離は近い。
息が触れあう距離、それが今の一護と浦原の心の距離。
目の前で笑う金色が優しくて近くて一護はドギマギするも布団から出ようとは思わなかった。
浦原の唇が動いて言葉を紡ぐ度に心臓が圧迫される。そうなんだ、面白いね、仲良いですね、短い返答でも浦原がちゃんと一護の話を聞いてるのが伺える。
夜の時間は進むのが遅い、暗闇の中、じっと潜んでいる孤独が時間を貪るから時が進むのを遅く感じてしまう。早く早く朝にならないだろうか、早く日が昇って孤独を消し去ってくれないだろうか、そう考えていた幼い頃の記憶は徐々に曖昧になってきた。今はただ、時がこのままゆっくり進んであわよくば止まってくれないかと感じてしまうくらい。浦原との時間は優しい。
距離は近いのに体はくっついていない、ゼロにならない距離が中々にじれったいと一護は無意識の内に思ってそうっと体を寄せた。それに気付いた浦原の瞳が少しだけ困った色を見せて微笑む。
あ…ダメかな。
思った瞬間に心には大きな打撃。とくん、ひとつ唸ってそれからはどんなに平静を保とうとも嫌な高鳴り方を体内から一護へ伝える。苦しいな。きゅっと唇を噛み締めて話を中断して沈黙した。
カタカタと冬の風が外から窓を揺らす音が響く、産み落とされた沈黙に耐えきれなくなった時、浦原の指先が一護の頬に触れる。え、と間抜けな声を出したら小さい声でごめんねと言われてまた笑われた。
なんでごめんなさいなんだろう、思えば今度は浦原から距離を縮められる。グンと近づいた距離、吐息がかかる。低い声が名前を呼んだ。一護、と呼んだ。一護さんと呼んだ。胸が酷く痛んだ。

「キミ、暖かいね」

冷たい手の平が頬に触れる。

「子供体温だし…どうせ…」

照れ隠しの様にそう言ってむくれてみた一護を見て浦原はいっそう優しく笑んだ。トキトキばくばく、最早心臓が持たない。
寝れない…そう感じた夜、初めて浦原の自室で朝を迎えた。














近づいた距離、近づいた温度




あきゅろす。
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