60 ちゅ、優しいキスを一回だけされる。上唇がふにゃって上がる様に唇を合わせてキスをされる。 そこからあとはキスが無いからそろりと眼を開けて最初に見るのは優しい金色で、あの冷たい指先が目下へと触れてさすった。あ、ちくしょう優しくしやがって…。元来優しくされることに慣れていない子供は触れ合わせた唇を尖らす。尖らしてそして頬を赤く染めるから大人は我慢が出来ずにプっと笑ってしまう。 何がおかしいんだよ。 子供の琥珀色がそう訴えかけるも何も喋らず、無言のままで今度は唇へと指を這わした。 ふにふに、下唇がとても柔らかい。指先で触れて、それから少しだけ挟む。先ほど、小さく口づけた筈の唇はまだ熱を込めていて自身の指先をも温めようとする所が正に子供らしくて笑ってしまう。 「…なに」 不貞腐れながらも怯えている掌は浦原の作業衣の裾を掴んだままで、合わさる瞳から少しだけ下へと逸らしてみせた。その所業が癪に障らないことも無いがまあ良い、これから嫌という程君に教えてあげよう。だなんて乱暴な事を思ってしまう。 くしゃりと頭を撫でて露わになる額へキスをひとつ。 瞑った片目にも、そして赤く染まるほっぺにも。ひとつずつ丁寧にキスを施していく。 キスなんてし慣れていないし、こういう甘ったるい空気にも慣れていない一護は終始プルプルと震えてはいるが、決して浦原を拒みはしない。 嫌だったら逃げても良いから。 真夜中に自室へと招きいれ、そして布団へと押し倒してから吐いたセリフはあまりにも卑怯過ぎて自分でも笑ってしまいそうになる。きっとこの子は逃げもしないし、自分を拒みもしない。優しい子だからと大人の卑怯さを盾にして合意を装った。 しっくり手に馴染む髪の毛はシャンプーの香りがして、とても柔らかい。いつも整髪剤で固めて立てている時の手触りとは違う柔らかさに満足している。彼が接触を許してくれる人間は家族以外でもきっとアタシだけだと優位に立ててる事に対して満足しているのだ。 「良いのかな」 「ぇ…?」 浦原は一護を見る。 一護の琥珀色を見ながらフと自嘲気味に笑うも、暗がりの中でその仄暗い笑顔を見抜くことは一護には難しいと勝算しながら演技的に笑った。 「君を、独占しても良いのかな」 「なに…言って…良いも悪いも。…俺は、もう…」 「俺は、もう?」 「……俺さ、アンタのそういうあざとい所とか卑怯な所とか嫌い…」 「ハハ、嫌われちゃった、参ったなあ。でもねアタシは言葉にしてくれなきゃダメだ。怖いよすごく。キスだって許してくれても君の魂までは独占出来ないんだ。怖いんだよ」 言葉にしたら心がぶれた。 怖いと言っておきながら、伝えておきながら、本当に怖いのは一護がこの腕の中から逃れて去ること。 君が居なくなる事が一番怖い。 伝えてしまえばきっとこの子も泣くだろうし、自分も泣いてしまいそうになるから。だから本当の事をひたすら隠して隠して隠して隠して殺した。 「弱いな」 隠して殺して嘘をついて勝算して駆け引きをしての恋に疲れてしまったのだと大人は言うけれど。 一護の琥珀色が強い光を宿して浦原の金色をまっすぐに、ひたすら真っ直ぐに射抜く。弱いと言われた言葉に混ざる事実に心がドキリと脈打ったのを聞く。 スっと伸ばされた腕。頭に触れた手はくしゃりと金髪を撫でてそれから横に流れた髪を全て耳にかけられる。流れおちた髪の毛に浦原の表情が隠れていては真意を伺う事は困難だし、この大人はとことんずるくて臆病者だから自分から逃げれない様にきっちり教え込まなければとして露わになった金色をキっと睨んだ。 「なんで了承なんて取るんだ。アンタってばいつだって人の意見も聞かずにズケズケ事を進めていく癖に。こういう肝心な時だけ了承を取るのは卑怯だ。なんで…なんだって…逃げ道を常に用意してんだよ馬鹿が」 「…驚いた…」 「何が」 「いえ…まさか君がここまで勘付いているなんて。ほら、君ってば熱血でクソ真面目だから…」 「おい、オッサン。喧嘩売ってんのかよ?」 ヒクリと口角が歪んで喧嘩上等の顔をして見せた子供に大人は苦笑する。 あーあ、降参。アタシの負けだ。 心中でホールドアップをしてからニンマリとあくどい笑顔を浮かべて子供を見る。 「なら、覚悟しなさいな。もう了承なんて取ってやらないし逃げ道も与えてなんてあげない。君は僕の物、そしてこの僕も君の物。」 認めてしまえば後は楽だった。 この恋に駆け引きなんて通用しない、なぜなら互いに貪欲で我儘だからだ。 ニンマリと笑った大人と、上等だと言って笑った子供は二回目のキスをした。 最初とは打って変わった乱暴な口づけで二人の夜は始まる。 夜に仕掛けた最後の戦いはキスで幕引きを、 |