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C'mon DJ!


ピタリ、音が途切れた瞬間に頭の中も真っ白になった。
クラブ内は暗く、天井ではミラーボールが回っている。くるくるくるくる、馬鹿みたいに回っている。なんて事ない感傷にふける時間さえもあの天井裏、幾本ものコードに絡みとられてすり抜けるみたいだ。実際、頭の中は真っ白の癖して体だけは冷や汗ものでブルリと震えている。みろ、手なんて不様だ。
浦原は頭の中が真っ白になる感覚を指先、そして爪先から感じ取っていた。
音が止まったのだ。
DJにしては一番の致命的瞬間。このクラブ内、ご丁寧に幾重にも重ねられた音を吸い込む壁は浦原の心音を高らかに響かせた。真っ暗の部屋でミラーボールだけが元気に回る。さあ踊れ騒げもっともっとだ!そう言わんばかりに勝手に動いて回っている。浦原の心境なんてなんのその、見ぬふりを決めてはくるくる馬鹿みたいに回った。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
今までにない失態に目前のホールではどよめきと人の声。あんなにミュージックの渦に巻かれていた室内は一瞬の内に生身の音を響かせ、浦原の鼓膜を轟かせた。
ごくりと生唾を飲む音、しらけたー等と言う声の音、茶化す音、カランと鳴る氷が溶ける音、ミラーボールの音…沢山の音の渦に真っ白になった頭ごと吸い込まれていきそうになる。
ああどうしよう、と、とりあえず何か、何かしなきゃ。
思うのに指が思う通りに動かない。こんなの自分では無い。いつだって飄々として余裕で誰よりも何よりも音楽を愛して、くるくる回るミラーボールも活気づいたクラブも、クラブミュージックも何もかもを愛して止まなかった自分が、ミュージックが手元からすり抜け落ちた瞬間に空っぽになる感覚は得てして不愉快極まりなかった。
おーいDJ!なにかしゃべれー!
誰かが茶化し始めたら所々で野次が入った。ブワっと湧いて出る音の洪水はひとまとめになって浦原の鼓膜をダメにする。
MC?この僕が?じょうだんじゃない!口下手だからDJになったんだ!ミュージックが好きだからDJになったんだ!
音の切れ端と切れ端を繋ぎとめて作る音の新鮮さと斬新さに惚れ込んで数十年が経つが、こんな崖っぷちに立たされたのは人生で初めての事で、この夜、浦原は初めてミュージックの前で敗北を味わった。こんなにも生きた心地がしない。ブース内でたった一人、たった一人で孤独を感じる。目の前と周りは音の渦に巻き込まれているのに、自分だけが排除された感じに回りに何の音も成立しなく孤独と静寂に巻き込まれている。

「浦原ーーーー!!!」

突然鼓膜を許した声は甘く低い掠れたダブルの声。
二つに重なっているのに互いの音が喧嘩する事も反発する事も無くすんなり綺麗に枠の中に収まっているかのような声、罵倒の渦に巻かれていた浦原の世界を真っ二つに切り裂いた声は周りの音を一瞬にして吹き飛ばした。
ブース内から数メートル先から聞こえてくる。
暗がりに目を凝らして見ればタイミング良くミラーボールの反転が二人を照らしだした。
真っ白の髪に凶悪な笑顔を浮かべるのは大学時の悪友、そして隣にもう一人。
暗がりでも目立つオレンジ色のど派手な色彩の髪の毛と勝ち気に微笑むのは…黒崎の兄の黒崎一護。
あ、思った瞬間を見計らったのか、二人は同じ笑顔を浮かべ、手に持っていたZIMAの瓶をカン!と鳴らして浦原に見せる様に掲げた。

「愛してるぜーーー!!」

ラブユー!叫んだ黒崎家ツインズはやけに楽しげにゲラゲラ笑っている。

「ばっ、かだなあ」

罵倒と茶化しあいの中で唯一ラブを叫んだ二人を見て先程までの緊張と不快感は消し飛んだ。
馬鹿は自分だな。フ、と笑った後で指をパキリとならす。
指先に神経を集中させ、ターンテーブルへと置きスクラッチ。ミキサーに異常が無いことを確認して音を再生させた。キュキュ、始まりの音はこれで始まる。
下品な音はさせない、なぜなら浦原のこよなく愛するミュージックはジャズそのものだからだ。しかしながらこの場の空気はお高くとまった上品なジャズは求めていない。
カモンディスクジョッキー!誰かが叫んだのを後にダンサーだろうと分かる女達がこぞってリズムを刻む。
盛り上がり始めたクラブ内に流れていたのは場違いなラブソング。
皮肉を込めてあなたたちへ。
浦原は今夜初めて勝ち誇った笑みを浮かべた。





























愛する音楽馬鹿共へ




あきゅろす。
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