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夕暮れロマンス劇場


恐怖では無い、薄ら気味の悪い嫌悪感が今、目の前に広がっている。
夕暮れの町並み、オレンジ色の太陽は毒々しくも街を真っ赤に染めていくつもの影を生み出している。
電柱の影、ビルディングの影、雑木林の影、コンクリートの影、橋の影に色々な訳の分からない影のオンパレード。さながらそれは絵に映し出してデフォルメ化された映像の様にも感じられた。確かに存在する影なのに全ては無機質な影同士の集まりで、そこには人っ子一人の影も生み出されていない。気付いた時には薄ら気味の悪い嫌悪は徐々に恐怖へと変わっていく。
厄介な所に入ってしまったかもしれない。
リリーン、リリーン、静まり返る夕暮れの町並みに鈴虫の鳴く音が響く。反響して、そして水面に落っこちた水滴の波紋の様に広がっていく。耳鳴りに似た音が酷い執着の表れだと知っていた。リリーン、リリーン。ああ、鳴り止まない。
オレンジ色の夕暮れが色として視界に反映されていくつもの影を見せる。
そして目の前の光景、向こう側から手を振るう誰か。距離にして数十メートル。しかしその姿は真っ黒で男なのか女なのか、はたまた人間として持つシルエットなのかさえも定かではない。けれど動作で奴が「手を振るっている」のが分かる。
空に伸びた腕がゆらりゆらりと左右する様は確かに「手を振るっている」行為で、生み出された影がまた嫌に不気味なシルエットを見せた。ゆら〜りゆらり、ゆらゆらゆら〜り。こちらに、手を振るって、そして、近づいてきてる。
スローモーションな光景に近づかれてはダメだと咄嗟に判断した本能は足を後方へ下げてこちらから退こうと直観的に考えては走っていた。
聳え立つビルディング、コンクリートジャングル。電柱に留まる雀の姿も無ければ人っ子一人見かけない町内。見なれた町並みは夕暮れのオレンジに毒されて赤く染まり影だけを充満させた。
見ちゃいけないと思うのに後方が気になってついつい走りながらも後ろを振り返ってしまう。
「おお〜〜い、おお〜〜い」まるでそんな掛け声さえ聞こえてきそうになる程のゆったりとした影は、変わらない動作を続けながらも距離を縮めることなく視界に反映される。
どうして、自分は走っているのに奴は変わらない距離を保って見えるのだろうか。
手を振るう黒のシルエットが気になって角の煙草屋を曲って尚も走りだす。
ぜえぜえハアハア、長距離走は苦手だが、立ち止まっては食われてしまうかもしれないと言った恐怖が足を急かしていた。
脳内に反映される情報、きっと彼ならそこに居て自分を助けてくれるかもしれない。そんな安堵を胸の内に秘めて尚も走る。
聳え立つコンクリートジャングル、見なれた町内の商店街、あの肉屋には無愛想なお爺さんがいつも眉間に皺を寄せていたっけ。あのパン屋のレジ係のお姉さんは今月中には寿退社をするらしい。あの八百屋のお兄さんはいつだって元気いっぱいにまるで怒鳴ってるかの様に新鮮度を語っているっけ。電柱には提灯がつるされいよいよもって梅雨が晴れて夏の香りを振りまく季節に町内では祭り一色になってにぎわっている筈なのに。今は赤黒く色づけされて不気味に静けさだけを保っている。自分の走る足音と荒ぶった息遣いとそしてリリーンリリーンと近づいてくる鈴虫の羽の音が耳に残ってただただ気持ち悪いこの上ない。
あの角を曲れば駄菓子屋だ。
やっとの思いで近くまで近づけた、安心感が胸に込められる。
ガラリ!!
開けたところで目に映ったのはその男。

「ビックリした…どうしたの?」

やっと、鈴虫以外の音が聞けてやはりこの男だけは存在していたと言う安心感に足元から崩れ去った。
ぜえはあ、ぜえはあ、息が上手く整えられずに背中にはびっしりと脂汗が滲み出る。春の少し冷たい風が背中から吹いて春冷えで身震いをした。

「や…どうしたの本当に……立てる?」

蹲ってしまった少年に近づいて手を差し伸べるもそこで浦原は「おや?」と直観的に思った。
夕暮れ時、静まり返った町並み、赤黒くも反映される影のオンパレード。
オレンジ色の髪の毛、見つめ返す琥珀色。
それでも尚、浦原の中では一致しない確かな矛盾に差し伸べた手で乱暴に二の腕を掴んで立たせる。

「いっ!」
「ねえ、どっから来たの?」
「向こう…向こう!なあ、へん、…へんな奴が追ってくるんだよ…!」

乱暴に立たされたものだから体が変に悲鳴をあげて涙目になってしまう。
触れられた冷ややかな手の感触にほっとしたのも束の間、見あげた彼の瞳も冷たく光ってるから警戒してしまいうっかり早口でまくしたて、そして自分が来た方向を指さした。

「変な奴?」
「男か女かわかんねー!影だ…!でも…手ぇ振って近づいてくる!」
「ホウ」

男はただただ呑気にホウと息を吐くのみ。
まさか…まだ夢の中から出てはいないのか。そう思った瞬間に後方でガラリ!と再び同じ音がして鼓膜を揺さぶった。
リリーン、リリーン。
激しくなる耳鳴りが頭痛を呼び醒ます。
あ…追いつかれた。
愕然と恐怖に心が蝕まれた。後ろを振り返る度胸なんて無い。ただただ目前の男の胸倉に縋ってガタガタと震えるだけ。なんとかしろ…なんとか…。きっとこの男なら助けてくれるのだと、頭の中ではインプットされている。

「おや〜コンニチワ黒崎さん」

え。と思った。何を言ってるのだこの男は、驚きに目を丸めて男を見るも男は自分の事なんて見ていない。
寧ろ、困った風に体を引きはがそうとして男の腕は拒否を示していた。
なぜ、思った途端に酷い混乱が生じた。

「そいつ…、まじ…コン並みに逃げ足速い!!」
「や〜参りましたよ姿形がまんまソックリ〜ついつい抱きしめてしまうところでした。」
「じゃあその腕はなんだよ!!!」

しっかり、拒否の姿勢を取りながらも浦原の左腕は腰に添えられている。
後方から息を切らして店内に入ってきた一護は死覇装のままで眉間に皺を寄せて睨んでいる。そんな一護を見てああホンモノだと浦原はにんまり笑いながら不安気な瞳を寄こしてきたニセモノを冷たく見下ろした。
イケナイ子、声は出さないのに唇だけが残酷な言葉を吐き出す。

「貴方、影の方ですね。彼と入れ替わりたかった?」
「なん…なに言って…」
「これは厄介だ…自分の事も忘れてしまった。」

何の拍子に入れ替わったんだか分からないが、体を乗っ取った影はその人になりきることで本来持つべき自身の姿を忘れてしまう。あの子は私、私はあの子の言葉遊びみたいなものだ。浦原は悲し気な目をしながら少年の物悲しげな瞳を手で覆って隠した。
意味もない助けだったけれど、少しでも後悔する事なく影に戻って欲しい為の行為でもある。
ふう、一息吐いて愛刀の紅姫をするり音も無く抜いては優しく根元から斬ってやった。
しゅるり、黒の煙が一護の背中からすり抜けて天井へ昇ってやがて消え去る。

「さ、黒崎さん。戻って戻って」

くたりと主が消えた体は浦原の腕に抱きとめられながら静かになる。それを見て思いっきり眉をしかめては睨みつけた。

「ヤダよ、」
「おや、なぜ?」
「お前が抱きしめてる」
「ホウ…それじゃあ中身がないすっからかんな体に好き勝手悪戯しちゃお〜っと」
「それはもっとヤダ!!!」

物言わぬ体を抱えて店内の奥へ持っていかんとする男を追って無理やり体の中へと戻った。今まで重力を感じることの無かった体から生身に戻る瞬間は喉元を押しつぶされる感覚がするから嫌いだ。途端に重力がかかることで心臓がうねりをあげて気だるい体をそのままに眉間に皺を寄せながらそっと瞼を開ける。
目の前には分かりきったくらいニンマリ顔の自称ハンサムエロ商人の顔。なんだよ、と小声で罵倒しても彼が抱きとめた腕を離してくれないのは十分に分かり切っているからバツが悪い。

「お帰り一護さん」
「ん。」

不貞腐れた感じに寄せられる眉間の皺にキスを贈っても彼の機嫌は元に戻らない。浦原は分かっていた。

「拗ねないの」
「拗ねてねーよ」

十八番な言い返しにくふりと笑う。
抱きしめながら駄々をこねて不貞腐れてる一護の眉間にキスをして頬にキスをして尖がったアヒル口にもキスしてあげた。見る間に頬が赤く染まってやはり可愛いと思ってしまう。本人が酷く嫌がるから言ってあげないけれど。

「どこで入れ替わっちゃったの」
「しらね…気付いたらあーなってた…も、ちょう必死も必死。お前んとこいこうと思ったけどあいつが勝手に走ってここまできたから楽っちゃー楽だったな」
「おや有難いですね〜きっと君の頭の中にインプットされてたんだろうね」
「は?」

ふふ、困ったときには必ずアタシに頼るのよ君は。
口に出して言えば100%怒るだろう言葉を喉元で押しとどめて飲み込む。代わりになんでもないと額にキスをして頭を撫でて夕暮れの残り香を含んだ体を力いっぱいに抱きしめてあげた。
店内に入ってくる夕暮れの赤は影を生み出して一護の足元、そして浦原の足元に柔らかな影を植え付けては距離間をゼロにした。

























夕暮れロマンスの心情




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