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唇から毒


独特な、それでいてどこか昔の思い出をかき出される様な。そんなメロウなメロディの上に女の柔らかでいて強かな声が乗っかるとそのスケールは瞬く間にジャズに早変わり。なんて事ない普通の女が舞台に立ち、その声をメロディに乗せるとこうも華が舞うだなんて。一護は呆けて暫くの間、そのメロウな感覚に浸っていた。
甘い声だな。そう思った瞬間、女と目が合った。と思う。

「あんなのが好み?」
「………何?」
「おっぱいでかい女」
「……お前どこ見てんの?」
「一護さん」

女の話じゃねーのかよ。一護は隣の男から視線を外し小さく舌打をする。
古びたバーの一角、円状のテーブルには二つのグラスとシルバー製の灰皿。その中で二本の煙草が紫煙を出しその存在を主張していたが、歌声にその存在がかき消されていく。
浦原は忘れ去られた煙草の火を灰皿底に押し付けて消し、グラスに入ったウィスキーを一気に飲み干した。カランと小粋良い音が聞こえる。
一曲、歌い終えた女がおざなりの拍手を纏いながらこちらへと歩み寄る。真っ赤なドレスが柔らかいスポットライトに照らされテラテラと艶かしく輝く。大きく胸元が開いたドレスだ。そこから豊かな谷間が覗き、それが武器だと言わんばかりに主張して腕を組みながらにっこりと微笑んだ。

「見慣れない顔ぶれですね」

歌っている時は華があると思ったが。猫なで声で話しかけられ、一護は少しだけ顔を顰めた。

「今日この街に来たんだ」
「お連れの方も一緒に?」
「ああ、こいつは無視してくれて良いよ。ゲイなんだ」

小声、女の耳元で囁けばあら。と女は一瞬浦原を見ながらくすくすと微笑んだ。まるで内緒話をするかの様に寄り添った一護と女を視界に入れる事も無く、浦原は次に舞台へと立った男をただずっと眺めている。

「なんでこんな街へ?」
「あんたの噂を聞いたからさ。この街には男達を虜にして止まない歌姫が居るってね」

お上手。と女が甘い声で囁く。
一護の手は女の茶色い髪の毛に触れ、それから滑る様に肩を撫で、少しだけ鎖骨を撫でた。ピクリと動き、女の目が少しずつ潤んだ所を見て苦笑する。
耳元を隠した長い髪を上げて、直接耳元へと囁いた。

「俺も……、虜にしてくれる?」

女が小さくコクリと頷いたのを見て、手を差し出して華奢な女の手を取りバーを後にした。その瞬間、見た浦原の瞳は冬の空気の様に冷たかったが、構わず女の腰を抱き引き寄せた。




唇から毒





夜の闇が蠢く汚い路地裏は濃い香りが立ち込めて、一護はフラフラになりながら着込んだスーツが汚れるのも構わずに座り込んだ。
酒の匂いと煙草の匂い、それと女の禍々しい香水の香り。全てにおいて気分を害する。直ぐにでもこの場を離れたかったが体が言う事を聞かない。

「……良い格好」
「………嫌味かよ?」

うん。だなんて飄々とした態度で現れた浦原を横目で見て舌打をする。
胸元まで破けたワイシャツに、灰色のストライプが入った上着は所々赤黒く汚れている。新調したスーツが台無しだ。
咥え煙草をしながらその紫煙が闇に色を乗せて消えていく。月明かりと一緒の色彩をした浦原を恨みがましく見上げ、手に持つベレッタをホルダーに仕舞い込んだ。まだ、火薬の匂いがする。

「…随分手こずった様っスね」
「………誰のせいだと思ってんだ!」
「僕?まさかぁ」

くくく、と意地悪くも馬鹿にした様に笑われて腹が立つ。
昨晩取ったホテルで滅茶苦茶に犯された代償がコレだとしたら、いつもより仕事に時間がかかったのは明らかに目の前の男のせいだと思う。と言うかこればかりは譲れない。未だに下半身に違和感があるのだ。まだ体内に男の熱が埋まっている様な感覚。

「だって一護さんがもっとって僕を放さなかったんスよ?」
「…誰がっ!」
「だから君が。責任転換なんてらしくない。はい、お手をどうぞ?」

煙草を捨て、右手を後ろに回し、少し腰を落とした後に出される左手。まるで英国紳士の様なお辞儀の仕方に一護は苦い顔のまま差し出された手を叩く。

「自分で立てる!お前!どっか行けよ!」

浦原の顔を見ずに、自分の膝を抱きながらそう叫ぶ一護を浦原は冷やかな目で見下し考える。
仕事だと綺麗な単語を使っても所詮は殺し屋。仕事を片付けた後、自分の中の冷めぬ熱と身を纏う硝煙と血の匂いで眩暈を起こす程の欲をどうにか冷ます為に頭の中で必死に九九を唱えた。それを長年付き合ってきた浦原に見抜かれていると知ってても、ここで縋るのは嫌だ。

「僕が居なくなった途端に一人エッチにふけるつもり?まだ本人目の前にして抜いたらどうですかね?」

誰がお前の事考えて!と思い睨んだが、浦原の金色の瞳が自分の琥珀と混ざり合ったと感じ、その甘い毒に昨晩付けられた傷跡が変に疼く。ドクンと心臓が鳴って、ゾワリと背筋が栗立つ。抑えていた筈の熱がブワリと体全体を駆け巡り、動機、息切れを起こし始める。本当に…この男は毒だ。思って笑った。






路地裏の奥、未だに血の香りが立ち込める空気の悪いそこで、放置されていた木箱に腰掛ながら浦原は目の前の一護をじーっと眺めている。
手の平で弄んでいるコインがカチカチとなり、それが水音と重なり合っては不協和音を奏でる。

「ふぁっ……、ん、ぅ…ら…っ」

強く両目を瞑りながら無我夢中で片手を動かす。左手は自分のワイシャツを強く握り、両足は緩く膝立てられ、時折ピクリと動く。強すぎる羞恥心に中々快楽が追いついてくれず、どんなに手を動かして擦っても出てくるのは先走りだけで求める快楽が得られない事に一護は戸惑った。

「ぁ……もう、……や、だぁ…っ」
「……すぐ泣く」

煩い。と言わんばかりに睨まれるが、あの圧倒的な快楽が欲しくて涙を流しながら浦原を誘う。
こんなんじゃあイケナイ。お前が欲しい。揺れる瞳がそう告げる。
浦原は手の中のコインを胸ポケットへ入れて腰を上げ一護の元へと寄り目の前で屈んだ。対峙した金色は鋭く光っていて心臓に悪い。

「僕が欲しい?」

コクリと一護にしては素直に頷く。涙で汚れた顔、悲しげに垂れた眉根に、潤んだ瞳、上気した頬。凄く情欲を煽がれる。
だけど、と浦原は一護から視線を外し、ゴミの様に倒れている数人を冷めた目で見つめる。
先程の歌姫と幾人かの男。今回のターゲット達。

「君をこうさせたのがあいつ等だって思うと………些か腹が立つ」

ひゅ、と一護が息を飲む音が聞こえた。どこまでも冷え切った瞳に心臓が鷲掴みにされる。
早く、早く。この男の瞳が蕩ける瞬間を見たい。甘いハニーミルク色に変わるのが見たい。そう思ったら居ても立ってもいれなくて、両腕を浦原の首元へと巻きつけた。


思えば、と浦原は動かしている腰を止めて一護を見た。
なんで急に止まるのか、その潤んだ琥珀が浦原を見上げるも、意地悪く微笑んだまま、急に動かされたせいで大きな声が出てしまう。
今まで何度もこの子と交わった事はあるが、死体の側で交わるのは初だと感じ、横目でソレを見た。
一護に腰を抱かれながらその豊かな胸を押し付けて微笑む女の真っ赤な唇が闇夜に蠢くのが汚らしい。

「ひあっ!あ、あっ、は…っげし…ぃっ」
「ああごめん。けど止まんない」

悪びれる事もなく汗で額に張り付いた一護の髪の毛にキスをして、耳元へと業とらしく囁いた。

「ねえ、僕を…………虜にしてくれる?」

あの時、一護が女に囁いたみたいに。
ぬるりと耳の中に入ってきた舌先から甘い声が漏れる。それに一護の中がぎゅうっと浦原を締め付けた事に対してシニカルに笑んだ。





気だるい体を助手席に預けて移り変わるネオンの光と景色を無言で眺めていた。
まだ下肢に違和感がある。男が吐き出した欲が全部抜け切れていない状態だ。正直、気持ち悪い。

「……クソ浦原」
「………」
「変態。サド。エロ、……えーっと…それから」

それから、と二回繰り返して浦原を罵倒する言葉が出てこなくなったのに自分で拗ねてガンっと前のボックスを蹴る。

「……新車なんスけど?」
「また買えば良いだろー。ってか何回買い換えてんだお前」
「一護さんが無謀な運転したせいで大破して逝った僕の可愛い子達を愚弄しないで頂きたい」

あー言えばこう言う。浦原には口で勝てた試しがない。
窓を開け、片手でハンドルを持ちながら煙草を吸いだす浦原の横顔はいつも通り飄々としていて本当にムカつく。

「あーやだやだ。ほんっと気持ち悪い…っ、早くシャワー浴びたい!ビール飲みたい!つか腹減ったんだけど!」
「……太るよ」
「っ!知ってる癖に!太らない体質って事!」

どんなに食べても余分な肉が付かず、同じ男なのに細い体つきの一護。ずっと気にしていた事をさらりと言われて逆上する。
今日は散々だ。ターゲットは女で麻薬絡み。誘い込んであわよくば知っている情報を全部吐き出して貰おうかと思ったのに路地裏に連れてこら瞬間嫌な予感はしていたが、オプションとして唇を奪われ、出てきた男達が一斉に攻撃を仕掛けて来た事で何の情報も得ずに殺してしまった。まだ、唇に女の感触がある。その気持ち悪さも浦原のせいにする。八つ当たりってヤツ。

「もうヤダ……早く風呂入りたい……」
「香水臭いもんね」
「………うん」
「って言うかどちらかと言えば君の方でしょう?」
「はあ?何が?」
「ゲイ」

浦原はシニカルに笑みながら一護を見る。
目の前は赤信号。チカチカと光るネオンがその顔を照らし、浦原の発言に真っ赤になった一護は眉間に皺を寄せて乱暴にその薄い唇へと唇を合わせ、下唇を噛む。

「痛…っ」
「ふん」
「……本当の事言っただけなのに……」

言葉に含む不満とは他所にくすくすと笑う男はどこか食えない。と言うかこの先、この男に勝てる気がしない。
口でも、腕でも、あの瞳にすら。それが一護の男としてのプライドを傷つけるが、それとは逆に何故か心地好いと思ってしまうのは単に体の相性が良いだけでは無いと思う。
再び睨んでも笑んだ表情に胸を打たれる。ホラ、こんなにも容易く熱くなれる。それは浦原だからなのか、それともこの男が振りまく毒にかかっただけだからなのか。分からないけれど、もう一度唇を重ねたら答えが出る様な気がした。


























あの時のメロウな音楽が唇から流れてきた様な気がした




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