calling,calling,calling me tnx for a Love. コーリン・ラブ・アラモアナ。 自身のミドルネームが嫌いな彼女は「jast call me COCO」と皮肉に笑いながら言った。にんまり顔を終始絶やすことなく戦場に特化した体を違う場面で生かすだけの女を浦原はあまりよく思っていなかった。 笑い方が下品過ぎたのだ。 偽名を使うのは本人の勝手だが、それは本名を知らない前提での話で、わざわざ自身の本名を語りその後でココって呼んでと甘く下品に微笑まれても、ああなんだ構ってちゃんか、とげんなりしてしまう。とまあこんな衒いで彼女の記憶はすっかり綺麗に薄れていってた。 COCOと呼ばれていた女の長ったらしくも自慢のブロンドが赤の薄汚れた煉瓦に貼りつく。飛び散った血痕とのコラボレーションでやけにきな臭く、降り注ぐ四月の雨がしとしとさあさあと彼女の体を濡らしていた。女性らしさの欠片も無いデッドストックは霧雨と滲み出る血痕で濃い緑の色を生み出してはボディラインを協調させた。ヒューヒュー上下する胸のふくらみと肉つきの程良いボディライン、細い腰にしっかりとついた足の筋肉。dammit、浦原は喉の奥でそう噛み締める。 これだから女は嫌いなのだ。 向けたステアーM9の装弾数は残り2発。一か八かの駆け引きの間に走り抜ける霧雨にそろそろ体が芯から冷えてきた頃だろう。ぶれる事の無い矛先と切れ長の金色の瞳が無感情に光った。物騒なまでに威嚇をする男の瞳を見てココは下品に笑う。 口の端から血液が漏れ、真っ白な歯並びを汚そうが構わなかった。 へへ、あんた…やっぱり雨が似合うんだな。 掠れた声とヒューヒューなる隙間風の音が呼吸音などとは、注意を払って聞かない限り浦原の耳へ届くことはない。なんだってこんなに煩いのだろうか。サアサア降り注ぐ霧雨に向こう側では銃撃戦の残響がここまで蔓延る。視界は煙いし、空は曇天だし、目の前の女は腹部から面白いくらいに流血せさながら死に急ぐ。それでも笑おうと必死に顔を歪めては雨が似合う等と罵倒した。 「煩い女だ」 「おや、やっとしゃべった…久しく聞くねあんたのその声」 むなくそが悪いね。 息も絶え絶えで担架を切って見せた彼女に同情の余地は初めからない。 「貴方は相変わらず下品だ」 「へへ、良く言われるさ」 「この喧噪も貴方が連れてきた。ファッキンイースターが終ってやっと静かになったと思えば今度はファッキンビッチが余計な物を連れてきてクイーン気取りで町を闊歩。お陰で僕は大事な子を一人、見失った」 カチャリ、仕向ける殺意の音が霧のかかる狭い路面に響く。 赤の煉瓦作りの建物が並ぶこの町は霧の幻影にかかってマジックアワーの蜃気楼を生み出しては住人に警告する。 天国はあちらだよヒューマンズ、ここは死神の墓場さ。天使たちが気狂いのラッパを吹いてみせた。 割に合わない殺生だ。浦原の羽織るダーク色のトレンチコートがひらりと風に舞ったのをきっかけにトリガーを躊躇なく引いて見せた。 パァァン。 「人様が話してる最中に手出ししようなんざ、あんた、部下の躾けがなってないんじゃないか」 苛立ちが極限まで達した時の言葉にはカナダ訛りの強い母音が入る。荒ぶった浦原の口調、それに似合わぬ無表情さに差引された銃弾と崩れ落ちた煉瓦向こうの青年の体が地面に突っ伏しる音。 これで引かれた装弾数は残り1つ。 「なぜ苛立つ、…キスケはせっかちなボーイだ…夜一もよくもらしてたねえ」 「昔の話だよココ」 「いんや、いまもそうさ…」 未だ微笑む彼女のブルーアイズは明後日の方角を見ている。 そちらに気を持っていけば瞬く間にベレッタの餌食となろう。この女の十八番でもあった。だがしかしもうそれは通用はしない。なんせ彼女が腹部に受けた傷痕は刻一刻と彼女本人の命を数センチずつ削っているからだ。 自慢の赤くて腫れぼったい唇からは血が失せ初めている。下唇を舐める回数が増えている。酸素と水分が足りていない禁断症状の現れだ。 「キスケ…弱くなったねえ」 「最後のセリフがそれで良いんですか、ココ」 「はは…口は悪くなったねえ。」 互いに縮む事の無い距離間はベストポジションとも言えた。 レディ・ココはまだ卑しく微笑む。 「大事な物を持つと言う事は弱くなるということさ」 ヒューヒューと唸る死期の訪れに脂汗がびっしりと背中を占める。 ミリタリージャケットが濡れてて良かった、女は思った。 雨が降っていて良かった、霧が出てて良かった、喧噪が後方で良かった、火薬の香りが充満してて良かった。 mother of GOD,とんでもなくクソッタレな演出をどうもありがとう。 女は微笑みながら浦原の瞳を見て、そして過去の背景を彼の肩ごしに見て僅かに息を飲んだ。 「いいえ、それは本来人が持つべく強さだ。…残念ですよレディ・ココ。貴方は強さを履き違えてしまった」 パァァン。 乾いた銃声が後に続いて女は優しく目を閉じた。 昔の思い出なんざ当てになんないねえ。 確かに、最後に見た光景は浦原のステアーが唸った瞬間だったのに、僅か2秒程の差。打ち放たれた数ミリ単位の銃弾が眉間を貫く前に見た光景は小さき頃の彼の微笑む顔だった。 乾いた音がクイーンの退席を主張し、辺り一帯にヴォルガを奏でる。 さようなら、コーリン・ラブ・アラモアナ。 背格好が自分とそっくりだと周りから言われ続けてた女の正体はとうとう知ることは出来ない。なぜなら彼女は全ての過去をその手で破り捨て、まるで遺影の様に過去の話は一切してこなかったからだ。 懺悔みたいに取り残して縋りついた名前だけは残して。 next>> |