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夢で泳ぐワニ


ワニにハグしてキスされる夢を見た。硬い鱗に覆われた皮膚が肌にあたる度に痛くてミミズ腫れを刻むのに、なぜか心地良いワニの抱擁に黙って身を預ける。見つめあったワニの瞳は縦に切れたみたいな瞳が真っ二つに眼球を割っているから瞳孔が開いたり閉じたりと感情が読み易い。開いてる時は穏やかな時で、閉じてる時はびっくりした時。真っ正面から見たら不格好で不細工なその顔に妙な愛着が湧いて自ずとキスをしかけていた。塩っ辛くて生臭そうなのにワニの舌先は甘くて、そこで目が覚めてしまうのだ。妙な夢だ。ここ数日、ひっきりなしに現れるあのワニの名前はなんだろう。当然、喋る事なんて出来無い爬虫類に夢の中の一護は利口にも口を閉じる。ただただ流れていく無限の時をワニと一緒に過ごすのだ。時折、キスを交わしながら。
そんな三日目の晩に見た夢の中で、ワニは流暢にも言葉を舌先に乗せては一護をあっと驚かせた。

「なにをびっくりしてんスか」
「…や、びっくりするだろうよ。」
「ワニが喋れるわけぁないと高く食っていたんじゃあ、まだまだお子様っすねえ」
「わ、ワニにお子様だ言われた…」

そう、流暢にも些か癪に触る言い様で口をパクパク開けるワニから一歩下がって目を見開く。

「喋れた、んだ?」

爬虫類に喋れたも何もあったものでは無いが、夢だと自覚はしていたのでこの際なんでもありっちゃあありだな。とかファンタジックさ甚だしい光景を早々に手放した。だって、ネバーランドのワニはお腹に時計を飼っているくらいだ。喋ってもおかしくないワニも居よう。いよいよ、頭の中に花が湧いたような感覚を味わう。

「あなたが喋んないからねえ、猫被ってたんスよ」
「ワニが猫っかぶり、だと?」
「ワニだって体裁を保ちますよ。それにワニはワニでも喜助と言う立派な名前がある。喜ぶに助けると書いてきすけっス」
「名前があった事ばかりかんな古風な!とか、どっから突っ込めば良いんだよ、つーか俺、なんつー夢見てんだよ!受験ノイローゼか?!」
「おや、あなた。中学生なんで?」
「今年14。来年15」
「あらまあまあまあ…そりゃあ…」

困りましたねえ。短い前足で腕を組み、尻尾を使って器用に地面へ座る。尾っぽを合わせたらでかいワニだと思っていたが、こうして対面に居て尚且つ座るなどと言う摩訶不思議な光景を見ていると改めてこのワニ基、喜助がいかにデカイかを知ってホウと息を吐きながら見上げた。
チラリ、片目を開いて見下ろされる。綺麗なグリーンのかかった瞳にうっすらと金色がかかって綺麗。一護はワニの瞳が殊更好きだった。

「なんスか?」
「や…改めてデカイなあって…」
「そりゃそうだ。アタシぁ183センチはありますもの」
「身長とかあんの?!」
「毎年、健康診断は欠かしませんよ」
「健康診断とかあんの?!つーかおい!おい!お前!ふざけるのもいい加減にしろよな!」

あまりの巫山戯ザマにいよいよもって腹を立ててはきょとん顔のワニに向けて指をさした。
真正面から見るワニの顔は酷く滑稽だが、一護を見抜く瞳はまるで硝子玉。小さい頃、縁日の屋台で買ってもらったラムネに入ってるビー玉に似ている。
きょろり、硝子玉がこちらを見た。

「はて?なにをそんな怒ってるんすか」
「いやいや!ワニが喋れるとか腕組みとか健康診断とか…名前とかだよ!!!俺の夢なんだからもっとこう…!」

そうだ、もっとこう。言いかけてはたと気付く。自分はこのワニに抱擁をしたり、見つめあったり、硬い皮膚に触れたり、況してキスなどしてしまったり。考えれば考える程、恥ずかしい痴態が脳内を駆け巡る。夢なのに思い出が脳を過ることがおかしいではあるが、兎に角今は色んな後戻りできそうにもない過去が一護の顔を真っ赤にさせて体を硬直させる。
夢は夢でもファーストキスだ。
喧嘩三昧の青春でも14歳の健康男児。可愛い女の子を見れば自然に目で追う年頃の男の子。初めてのキスは好きな子と、そんなロマンチスト的思考は無かったがまさかワニとキスをするなんて夢にも思わないだろう。否、夢なのだけれども。
あわわ、真っ赤になっては青くなったりの百面相をおっ始めてる一護を余所に指さされたワニは同じ体制を保ったまま、はて?と首を可愛らしく傾げて見せる。
いや、かわいくねーし。とか、つーか首なんてどこにあんだよ!とか。突っ込み所満載のワニに対して段々、腹立たしい感情が蘇ってくる。

「名前、呼んでくれないんスか?」
「はあっ?!いまそんな話してましたかー!?耳ねーのかよ?!ワニって耳あんの?!」
「失敬な!ありますよ。人をなんだと思ってんスか」
「や、人じゃねーし。ワニだし」
「その冷静な突っ込み。さすがです。冗談はさておき、ありますよ耳。目のすぐ後ろ、小さな窪みありませんか?」

ワニが冗談とか言うなよ、そう突っ込んだら終わりだと思ったから口を挟む。だってコイツ、人の話聞かなさそうだし。
半ば諦めに近い表情をした一護に向けてワニは横を向いて目の後ろを見ろと距離を縮める。
硬い鱗に覆われたデコボコのちょっとした窪み、そこに小さい穴を見つけてヘエと呟く。

「あるはずでしょ?」
「うん。あった。初めてみたなあ。って違う違う!お前!ワニのくせに話反らしてんじゃねーよ!」

またワニのペースにはまる所だったと自身を保って講義しようとしたら唇にちょんと触れた何か。
間近に迫った距離、ゼロになった距離。触れた口先。キラリ光る硝子玉。
幾度目かのキスを、不意打ちでされた。

「名前、喜助っス」

よくよく聞けば、このワニの声は酷く渋くてそして甘い。有無を言わせない声色をしている、場違いに思いながら二度目のキスをした。


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