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夢で泳ぐワニ2


巫山戯てる。小春日和の暖かさと冬の名残り風が肌を冷やして心地良いのにも関わらず、一護の心は少しだけ荒ぶっていた。皆まで言わずとも原因は夢に出てくるあのワニのせいだ。
意思疎通が出来たと分かってからか、あのワニは良く喋る。しかもワニのくせに声優張りの良い声で「一護さん」と呼ぶのだ。そして名前を呼んでくれと強請るし口説き文句もつらつら連ねる。一気に胡散臭さ倍増したワニはめかし込んで昨夜、夢の中に現れた。
ワニが蝶ネクタイだと?巫山戯てる!
夢とは目覚めた瞬間に色をなくしていくものだが、この夢は色濃く一護の脳内、そして心に刻まれる始末だから授業中にも関わらずあのワニの事を思い出してしまう。
なにもない真っ白な空間で横になってお話を聞く。ワニの硝子玉みたいな目を見てはボコボコの皮膚を撫でる。くすぐったそうに目を細めては不意打ちでキスを仕掛ける。そう言えば、お喋りなあのワニはキスの時だけやけに静か。キスを思い出して、くるくる指先だけで器用に回していたペンを落としてしまいカアアと顔を真っ赤に染めた。
ふざけている。自分は確実に恋をしている!あのワニに!
自覚したらドキドキと心臓が唸って外に飛び出してしまいそう。荒ぶった心の鼓動がやけに痛い。



「どう…したんだよ…」

その夜、夢に出たワニは前足に包帯を巻いていた。ワニが包帯とか不可思議ではあるが、今の一護はそれどころではない。心臓が違う意図を持って鼓動を速める。痛い、痛いイタイ。そうやって泣くから、間抜けな顔で笑ってみせたワニの側に駆け寄ってしゃがみ込む。

「いやあちょっとねえ…」
「ちょっととか…そんなんじゃねーよ…血、滲んでる…」

痛みを与えない様に触れたらギョっとする空洞。きっと指先が一本失われている。

「なん…なんだよこれっ」
「本当はね、こんな情けない姿…見せたくなかったから今夜は無しにしようって思ったんだけど」

ワニの声は心なしか弱々しい。まるで咎められる事を恐れてる子供みたいな弱々しさだ。

「アタシの事が嫌いな蛇がいまして」
「へび?」
「そう。ソイツがまたねちっこい性格でねえ…あまり関わらないようにしてたんだけど久しぶりに対峙しちゃいましてねえ…それでほら、こんな結果でして」

まあすぐに細胞なんて再生するし。とか呑気に笑ったワニを見て一護の心はとうとう爆ぜた。
心臓が飛び出さん勢いでドクドク唸って喉元まで嗚咽が込み上げてブワっと瞳から感情の粒が溢れ出した。
ブワっ、大きな眼から透明な涙が出たと同時に縮んだ体をワニの瞳は捉えて、あちゃあ。と声に出す。
5歳児に後退した一護の瞳は、14歳の彼よりもくりくり大きい。一点の曇りも宿さない綺麗な瞳に浮かぶ涙を見て、喜助は昔を思い出す。
藍染の監視から逃げる為に飛び込んだ幼子の夢。そこはいつでも雨の世界で人の姿では心が窮屈だったからワニに化けて水面を悠々と泳いでた。一切の生物を許さない世界でポツリと独り泣いていた子供。
あ、ワニさんだ。
涙を流しながら不器用に笑んだ子供。
一時的に逃れるならばそれで良かった筈なのに。100年経った今、雨の世界で泣いていた子供が忘れられなくて再び夢の世界へと足を運べば子供は少年へと進化を遂げていた。死神の自分には無い時間経過を歩む人間の子供。初めてのキスで苦く笑った顔は昔から変わらずに不器用で、喜助はすぐにこの子供が気に入ってしまった。なぜか心からオレンジ色の記憶が離れない。
久しく見る子供の泣き顔と涙で白の世界が瞬く間に雨模様と化する。ざあざあ降る雨は鱗を冷やす。

「なんで怪我なんてするんだ馬鹿」

子供の姿なのに口調ははっきりとしている。

「……すみません」
「お前、ワニだろう。なんで蛇に負けてんだよ…」
「いやあ、不意をつかれまして。アイツ、性格も捻くれててねえ蛇みたいにしつこいんスよ」
「だって蛇なんだろう?!」
「ふ、その突っ込み久しぶり」
「話変えんな!真面目に言ってんの!もう…怪我すんな…っ」

掌で瞳を覆いながらワニの体に頭を乗っけた。
涙が、雨粒が、吐息が鱗を伝ってその下の皮膚へと冷たさを伝える。参ったなあ、思いながら身動きひとつとれずに大人しく口を挟んだ。

「……、すんだろ…」
「……」

心配すんだろ、バカ。
くすんくすん鼻声の小さな咎めが心に痛い。この子供には負けるなあ。喜助はいよいよもって胸中を占める赤い感情が恋と言う名の元で心臓を動かしている事を自覚した。
敵わない。やはりこの子供には弱い。自覚したら後は口寂しくて堪らなくなって弱々しくごめんなさいと謝った。
ごめんなさい。もう、君の知らない所で怪我なんてしないし、蛇になんて負けないし、悲しませないから。だから、

「キスしたい。キスして、…だめ?」
「お前…、ほんっと…」
「ねえ一護さん。キスしたい」
「…るせー…」

くすんくすん。
栗色の眼から徐々に涙が引いて白の世界が戻ってきてオレンジ色をより濃く反映させる。
キスがしたいと強請ったワニを見た一護の体は元の14歳サイズに戻る。
乱暴に涙を拭って、ズズっと鼻を啜って、怒ったように眉間に皺を寄せる。

「約束」
「…やくそく?」
「もう…怪我すんなよ」
「はい。しないよ、もう怪我はしません。一護さんにだけ誓う」
「あとひとつ」

ん?聞き入れようとした瞬間にチュっと軽く唇を奪われた。
夢から消えないで。
その後、恥ずかしさを誤魔化す為に再び頭を乗っけて小さく呟かれたら一溜まりもなくて、うっかり人の姿に戻ってしまいそうになるのをグっと堪えながらハイと答えて二度目のキスをした。
今度、現実世界で君の前に姿を現すまでは、この夢の中で愛を育もう。君が15歳になってこの夢を忘れたとしても構わない。

「もう一度、恋をさせる自信はあるし」
「ん?なんか言ったか?」
「いーえなんでも」

はぐらかしてキスをした。












Drop of love fell to the Lepidoptera of the crocodiles swim in the dream


BGM:椿屋四重奏「硝子玉」




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