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彼は恋をしている




恋をしていると思った。いつもの鋭い琥珀色が蕩けるハニーブラウンに変わり、甘ったるい打算的なメイプルシロップを思わせる程。彼は今、恋をしているんだと思った。
大々的にそう記された週刊誌が発売され、ニュースやらバラエティ番組、音楽番組と幅広いメディアに一護の写真集は発売前から既に話題となっていて、一部のファンは先行予約に必死だ。

「……なんつーか……これ、本当にアイツか?」
「信じられないな」
「見てみろよ、コレ!窓辺に座ってるやつ!これやたらエロくね!?」

メディアよりも、他の誰よりもいち早く一護の写真集を拝んでいたメンバーからは、信じられないと言う発言が絶え間なく出てくる。恋次なんて特に煩かった。ページを開く度に「うわっ」だか「マジか…」だかぶつぶつ呟いているので、修兵は凄く気持ち悪い物を見る様な瞳で遠くから見守っていた。グリムジョーなんて最後ら辺は無言だ。それも逆に怖い。
にしても…やっぱ恥ずかしいな。ペラ、見開いたページにはアンプを目前にギターを持ち、耳にはヘッドフォンをしてチューニングをしている一護が映っている。スタジオや一護の自宅でその光景を目の辺りにしたりするが、紙媒体となって他人の視点から見てみると自分が思っている以上に彼が幼いと言うのが分った。それともこの感覚はあのカメラマンの視点から見た黒崎一護の姿だからなのだろうか?

痛いくらいに恋をしているな。と不意に思った。空港で直に目にしたあの男の冷え切った瞳はこちらの感情全てを見透かす様に見えて逆に何事に対しても無関心みたいに冷え切って見える。
あの瞳が映し出していただろう柔らかな琥珀がこんなにも暖かく、見ているこちらが気恥ずかしくなる程。なんだか中学の時に味わった本気の恋ってやつを思い出す。とここまで想像して薄ら寒い感情が修兵の背中を叩いたので大袈裟に身震いをした。

「ないない。それは無い」
「…は?何言ってんだ?」
「……こっちの話」

無言で写真集を眺めていたグリムジョーが顔を上げて修兵を見る。
なんでも無いと言いつつ見開いた写真集をそうっと閉じて煙草に火をつけた。
一護の強い琥珀色を暖かい色彩のままでフィルムに残したあのカメラマンが日本を発ってから早一週間が過ぎようとしている。年明けのライブやら年初めのライブやらで何かと忙しいメンバーはとんと、一護の写真集の事なんて頭の中から吹っ飛んでいた。勿論、当の本人も同様。

「恋してるか?」
「は?」

テーブルを挟んで向かい側に座っていた恋次が唐突に言うので一瞬、ドキリと胸がざわめいた。
それはまるで悪戯を指摘された様な焦燥感に酷似していて、何もうしろめたい事なんて無い筈なのに、いやに心臓の鼓動を早めた。
恋。だなんて単語にこんなに敏感になってしまっている。

「……んだ突然…気色悪ぃ…」
「いやよ、テレビでさんざっぱら騒がれていたじゃん?これ」

これ、の所で見開いた写真集を指差す。

「まあ…俺等の時も同じ様な感じだったしな。」
「でもテーマは恋じゃなかった」

そう、この一護の写真集でブリーチメンバー全員が写真集を出した事となるが、テーマは無くとも本の煽り文句にはロックに関したフレーズが散りばめられていた。
今回も同様に何かしら煽り文句が記載され出版される一護の写真集は彼の有名フォトグラファーの浦原喜助が担当な分、メディア達もこぞって面白おかしく、盛大に評価しては良い意味でも悪い意味でも注目を集めようと必死だ。

「こんなんはBLEACHの黒崎一護じゃないな」

無言で写真集を見ていたグリムジョーが穏やかな低音質な声で呟く。
そう、これはBLEACHのボーカル、黒崎一護のイメージからは程遠い。まるで普通の青年の様に、それでもどこかあどけなく、危なっかしいレール上を綱渡りで歩いているかの様な淫靡を含めていた。

「…まあ、吉と出るか凶と出るか、だな。」

危なっかしい賭けだと思う。
ボーカルはバンドの華であり、主役でもある。そのボーカルのイメージダウンに繋がるか、それともバンドのイメージアップに繋がるかどうかは閲覧者の思考次第だ。写真集の中、少しだけ赤らめた頬を隠さず、上目使いでこちらを見る一護を真正面から見れなかった修兵は照れ臭そうにそう言う。ぶっきらぼうに、まるで恋を隠す少年の様な幼さで。

「疲れたー!!って……何?なんでお前等こっちに集合してんの?」

しん、と静まり返った控え室。その扉がやや乱暴に開いたと同時に話題の中心でもあった一護が飛び込んで来た。
今日はヴィジュアル雑誌のインタビューの日で、先にインタビューされていた一護はメンバー全員が控え室に居る事を(普段は大抵、自分の時間が来るまで各々好きな所で過ごしている)訝しげに思い、各自を見る。

「次誰だっけ?」

恋次がひとつだけ溜息を吐きながらそう言う。

「ああ、グリムジョーじゃね?」

修兵は普段と同じ態度でスケジュール表を眺めながら言う。
一応は動揺している。一護以外のメンバー全員がそうだ。上手く一護を真正面から見られないでいる。なんだってあんな写真集ごときでこんなギスギスとした雰囲気を味わないといけないのだ。
彼の有名カメラマンの撮る黒崎一護の色彩はあまりにも脳内に刺激を与えて止まない。

「………」
「…なんだよ、グリムジョー?」

入り口付近、突っ立ったままの一護の前に立ちはだかり、グリムジョーは無言でその琥珀色を見つめる。
怪訝そうにグリムジョーを眺めた後、眉間に皺を寄せ始めた一護を見て、グリムジョーは無言のまま、頭を撫でて部屋を後にした。

「?んだ……アイツ…?」
「母性本能」
「いや、違うな。父性本能だろう」

出て行くグリムジョーの背中を眺めながら一護は首を傾げ、その後ろで恋次と修兵は小声で笑った。



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