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青空


キィン。か細くも甲高く、そして上品な音と共に蓋が開く。火を灯せばオイルライター特有の香りが鼻先を燻る。手の中で光輝くそれを見て、吸い込んだ煙を吐き出した。
隔離された喫煙ブースの中で、行き交う人々の流れをその金色が追う。
自販機で購入した缶コーヒーを片手に、ちびちびと喉へ流し込む。煙草の味と珈琲の味が口内へ広がり、舌先を刺激した。
キン、カシャン。キン、カシャン。
手の平で弄ぶそのジッポは未だ浦原の手の内に慣れずに収まるが、昨日のオレンジ色を思い出させたのでくふりと笑った。
まだ、腕の中に彼の感触と温度が残っている時点でいよいよ末期だなと思う。
見た目を裏切る髪の毛の柔らかさ、抱き締めた時に実感した身体のラインの細さ、少しだけ香ったアルコール類の香り。あの、素直で一途な優しい色のハニーブラウンの瞳。どれもこれも、浦原のシャッターに刻まれた黒埼一護の画。
脳内ヴィジョンが映し出す一護をずっと見ていたら、ジーンズのポケットに入れていた携帯がヴーヴーと無機質な音を立てて震えた。
海外に行くと決まった時に買い変えた携帯。
iphoneを手に取り、液晶画面に記された名前を確認して応答ボタンを押し耳にあてた。

『何時の便なの?』
「せっかちだな〜。午後2時発だから着くのは夜かな。」
『電話してって言ったのに。結局私からしちゃった』
「はは、ごめん。忙しくて」
『嘘つき』

耳慣れた英語に浦原も流暢な英語で返す。元々、LA出身で高校に上がるまではあちらで過ごしていた浦原にとって、英語も母国語だ。少々スラングが入ったりするのはご愛嬌。

『こっちに着いたら絶対電話ね!メールなんてしたら許さないんだから』
「了解しました」

くく、笑いながらそれに応えるも電話向こうの相手は拗ねた声色でバイと言って電話を切った。
毎度ながら我侭なお姫様だ。彼女には言わず心の中でそう思った。
iphoneのホールドをかける際に時間を確認する。1時前。かなり早く着いたらしい。
さて、と思いながら背伸びをして煙草を灰皿の中へ押し付け捨てる。荷物はボストンバッグのみ。家具やら衣類は全て向こうに送ったから、多分明日には着いている頃だろう。浦原は思いながら喫煙ブースを出た。
お土産も送っておいたので何もする事が無い、もうターミナルに入って本を読みながら待つとしよう。思って進めていた足を不意に止めた。
窓ガラスに反射する青。なんて事ない空を、浦原は見つめる。
同じ空は平等に世界へと繋がっているけれど、日本の空は今日で最後。そう思ったらこの青が愛おしくなった。
同じ空は広がれど、同じ色の空は無い。そう思っている。青は青でも、あちらで見る青とこちらで見る青は違うだろう。どこがどう違うのかと問われたらそれは感性だとしか言い様が無いが、浦原は最後の青をその瞳に刻み込む様に、瞳の奥でシャッターを切った。
カシャリ、どこか寂し気に鳴った音が自分の中に広がっていく。



「浦原さん」

そろそろ降りようと、足を進めたその時。名前を呼ぶ声がしたので振り返った。
だだっ広い羽田空港内、そこに詰め込まれたかの様な多種多様の店と人の群れ。けれども彼は難なくその中に溶け込み、尚且つその声は良く響いた。
黒のキャップにラムレザーブルゾン、黒のダメージデニムを革靴に入れて、それだけで彼の長い脚が更に強調される。瞳を隠す様にかけられたレイバンのサングラスがアナーキーさを醸しだしていた。成る程、嫉妬するくらいにセンスが良いんだな。浦原はひっそりと口角を上げる。

「……檜佐木さん?」

近寄って、なるべく小声で彼の名前を呼んだ。
なんで彼がここに居るんだろうか?そしてなんで彼が態々自分を呼び止めるんだろうか?その意図が分らないが、なるべく人受けの良い笑顔を向けた。

「すみません呼び止めちゃって。でも良かった、見つかって」

旅客ターミナルに一番近いロビーだ。彼は浦原がここを必ず通る事を見越して待っていたんだろう。浦原は思うがそれを顔に出さずヘラリと笑ってみせる。

「いやあびっくりしましたよ、どうしたんすか?檜佐木さんもご旅行で?」

多分、彼はあの敏腕マネージャーから自分の事を聞いたんだと勘付いた。まあそれはどうでも良いとして、もし彼が自分の発つ事を知り、それがあの子の耳に入っていたら。そう思った浦原はチロリと修兵の周りへ目を向ける。

「ああ、心配しなくても。俺一人っすよ」
「………何用で?」

素早く浦原の行動の意図を読み取った修兵が読めない笑顔のままそう言ったのに対して浦原は片方の眉を上げ、笑顔を消した。
きっと今の浦原を幼馴染の夜一が見たら腹を抱えて笑うだろう。
なんて大人気ないんだ喜助!と。
自分は少なからず目の前の好青年をあまり好きでは無いらしい。本当、こう言っちゃなんだけど随分とガキ臭くなった様だ。
勝手に嫉妬した挙句、だから彼の事が嫌いなんです、とは。今時流行らない。

「いえね。昨日の写真、現像したんで渡しておこうと思いまして。うちの一護が世話になったんでね。餞別です」

手渡された白の封筒。
昨日、小さなライブハウスで行われた関係者だけのライブ。
そこで撮った一護と浦原の写真。
それを手に取ってもう一度修兵を見る。

「……あの、これだけの為に?」

訝しげに光りを放つ浦原の金色をサングラス越しに見て、修兵はニヒルに笑って見せる。

「いーえ。本当はね、もしも浦原さんが俺の一護に手を出していて尚且つアイツに何も告げずに渡米するんだってんなら一発殴っておこうと思ったんすけど、どうやら俺の勘違いだったらしくてね。いやあ、良かったですよこんな美人さん殴るのって心痛いですからね」

大袈裟に両腕を耳横まであげてみせる。

「…俺の、一護?」
「あれ?なにか?」

すうっと、浦原を包む空気が一瞬にして冷たくなったのを修兵は感じ取っていた。
なるべく冗談交じりに言ってみたが、これは相当入れ込んでいる様だ。修兵はほくそ笑みながらキャップのつばに触れ帽子を少しずらす。
一護の小さくて切実な想いがこの目の前の男に向けられているのは一目瞭然だった。
伊達に数十年共に過ごしていない。修兵にとって一護は出来の良い弟みたいなもので、愛はあってもセックスは出来ない。間接的に言ってしまえばそう言うものだ。所詮兄弟愛。

愛ってヤツには種類が多い。
ストルゲー、フィーリア、アガベー、自己愛に、親子愛。愛し方は人其々。その癖持ち合わせる気持ちは共通なのだから少しだけ性質が悪い。果たして目の前のポーカーフェイスを保っている男はどうだろう?
修兵はサングラス越しから男を見る。
砂漠の砂の様なくすんだ色彩の頭髪、吸い込まれそうになる薄い金色の瞳、神経質そうな指先は白い、男を包む色彩の全てが男を冷たく印象づける。

「……とまあ、意地悪はここまでにしておきます。」
「………」

冷めた色彩ばかり身に纏う男だから、どれくらい薄情かと思ったが。それはただの偏見にしか過ぎなかった様だ。
修兵のサングラス越しの瞳、その黒い瞳に映る浦原の表情を見ながら苦笑した。

「浦原さん、………俺はアイツが可愛くて仕方無いんです」
「………」

小さい頃から自分の後を付いて来ていた子供。その子供がマイクスタンドの前に立つまで、修兵の視線の先には一護が居た。
コロコロと変わる表情を誰よりも一番近くで見ていた。強がりで意地っ張りで誰よりも努力家で時々無理をする事もある程音楽馬鹿で。それでもやっぱり弱い部分もあって。泣きたいのに自分一人だけ我慢して。そんな不器用な一護も全てひっくるめて。家族の様な愛で包んでいきたいと思う。

「だから、もしアイツの表情が曇った時は俺は言いますよ?」

あんたの居場所、洗いざらい全て。言いますよ?
自分でも思った以上に声が低くなったのを聞いて少しばかり可笑しくなった。

「…………はい。」
「ま、曇らない様に俺が居るんですけどね〜。」
「ハハ……本当、参ったなあ……愛されてますね……本当。」

彼の周りは彼を愛している人々で溢れ返っている。だからきっと彼も、向日葵みたいに眩い笑顔が出来るのだろう。そんな一護を自分は好きになったのだ。そう、誰からも愛される人物に自分も極自然に惹かれたのだ。彼の向日葵みたいな笑顔が自分は好きだ。だから、どうか。彼の笑顔がこの先ずっと、曇らない事を祈る。

「…………檜佐木さん…、宜しくお願いします」

どうかどうか、声に出さずに深々と頭を下げた。
彼の強い眼差しから逃げる様に、自分の気持ちも全て何もかもかなぐり捨てて背中を向けてしまう自分にこんな資格なんて無いと思うけれど。それでも、この国のあの青い空の下で、彼を愛する全ての人達の真ん中で彼が変わらぬ笑みでいられるのなら、歌っているのなら。彼が幸せなら。あの太陽が消えてしまう事を自分は恐れる癖にこうして逃げてしまうから。
どうかどうか、彼の笑顔が咲き続けます様に。


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