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if story in case

打ち上げと言う名の飲み会が近場のバーであると言うのを丁寧に断った。
これ以上酒の席に彼が近くに居ては自分の箍が外れてしまいそうだったから。そう思い、苦笑いのまま「まだ荷造りが残ってるんす」と浦原は言い訳じみた事を自分にも言い聞かせた。
それを聞いた斬月は同じく苦笑して、そうか。とただ一言だけ言う。
街の喧騒は時間が経つにつれ大きく膨れ上がる。週末の夜、皆どこか浮き足立ちながら目的地まで進む。若者はオールで飲み明かし、サラリーマン達は日頃の鬱憤を酒で解消するのであろう。
ひんやりと身体を突き刺す様な冷たい風が少しだけ火照った身体に心地好い。
アルコールによって施された熱が浦原の中に燻っている感情を覚まさせない様、浦原はコートの前ボタンを空けて少しだけ風通し良くした。
いっその事、この熱も一緒に冷めてしまえば……少しだけネガティブな自分に笑ってしまう。

「浦、原……」

ふと、耳に心地好い声が聞こえたと思った瞬間、情けなくも高鳴った鼓動に思わず苦笑してしまう。ホラ、こんなザマだ。思いゆっくりと声のする方へ振り返る。
路地裏に面したライブハウスの外は比較的人通りも少なく、まさか今日この場所において日本一有名バンドのライブが行われていた等、週末の夜を楽しむ人々は知る由も無い。
茶色のストールを首に巻いて、黒縁の眼鏡をかけた一護が店から出てきて少しだけ距離を保ったまま浦原を見上げた。冬の冷たい風に晒されていても、このハニーブラウンだけはいつだって暖かく、じーっと見つめられるとこちらも熱くなってしまう。そんな目、止めて欲しい。何度そう思っただろうか。

「三次会…行かないんだって?」
「ええ…すみません。」
「明日、仕事?」
「……まあそんな所です」

ぎこちない。そう思ったのは二人共、同じだった。
耳の中、未だに残って離れない彼の小さな恋の歌が浦原を酷く苦しめる。
どうしたって想いを告げる事が出来ない不器用な二人を冬の風が窘める様に肌を刺した。

「今日はサンキューな。えっと……写真集もさ…」
「いいえ。良い画が撮れて僕も大分気分が良い。一護さんもお疲れ様でしたね」
「…まあ、ライブとかは慣れてるし好きだからな」

はは、そりゃそうだ。自分の声を客観的に聞いた。
二人の隙間に入る冬の風、二人の間に入った沈黙。それを破ったのは一護を呼ぶメンバー達の声だ。それに救われたと浦原は思い、それじゃあ一護さん。と一言声をかけ足早に背中を向けた。

「あ!浦原!」
「…はい?」
「えっと……これ!早いけど!」
「え……」

追いかけた一護の声、その姿。先程とは打って変わって近づいたお互いの距離に喉元をぐっと押された様な感覚。
ぶっきらぼうと言う言葉が似合うくらい、やや乱暴に手渡された藍色の小包にはシックな黒リボンで綺麗に包装されていた。

「31日、誕生日だろ!……俺、年末年始はスケ詰められてるから……」

だからその前に渡しておこうと思って。そう言った一護の頬が赤く染まったのを見た。
冬の冷たい風に晒されたせいなのか、それとも体内に含んだアルコール成分がそうさせているのか、それとも……。

「僕、に……?」
「おう……」
「…開けてみて良いですか?」
「どうぞ……」

歳を重ねるにつれて自分の誕生日から疎くなる。
今までに特定の相手から貰ったプレゼントのどの類よりも、今この手の中にある小ぶりな箱の重みが心地好い。
黒のリボンを丁寧に解き、箱の蓋を開いた。
中にはウッドパッキンに埋もれたジッポがキラリと鋭い光を放って浦原を見上げる。

「ジッポ……」
「あんた、有名カメラマンの癖に使ってるの100円ライターじゃねーか……」

一個くらい良い物持ったってバチあたんねーよ。とぶっきらぼうに言ってのける一護をよそ目に、箱の中からジッポを取り出して目前に翳す。
小さくCartierと記されており、大人らしいシンプルな装飾が施されたそれを箱の中に収めて、一護に向き直る。

「……こんな高いの……貰えませんよ……」
「ちげーだろ、馬鹿……値段じゃねーよ……要は、気持ちだろうが……」

切なげに下げられた眉、それでもトレードマークである眉間の皺は消える事なく残っているから、心なしか泣くのを堪えている表情に見えてツキリと心が痛んだ。こんな簡単に心が揺らぐ。
ああ、恋ってなんて厄介なんだろう。そう思って笑った。
二人の間に吹き抜ける冬の風。その隙間を埋める様に浦原は一護を抱き締める。

「……有難う、一護さん」
「……っ、……や、良いんだけどよ……」

咄嗟の行動に反応が遅くなった。気付いた時には彼の香りに包まれ、彼の腕の中に収まっていた。
幾分か背の高い彼の胸元に頬を寄せ、肩口に感じる彼の頭。ダイレクトに鼓膜を突き破る彼の掠れ声に心拍数が上がった。ドキドキ、ドクドク。二人の隙間に不協和音が奏でられる。

「本当に、有難う」
「いーって……使ってくれたら嬉しいけどな……」
「勿論、愛用します」
「……おう」

照れている時に出す彼の声色が風に靡き、浦原の耳元を燻った。
離れがたいと思ったその感情を心中深くに押し込み、浦原は身体を離す。さっきよりも赤く染まったその頬を手の甲で撫でる。少し、暖かい。

「それじゃあ一護さん、あまりお酒は飲みすぎないように」
「うっせー」
「はは、じゃあね。」

貰い受けた小包をコートのポケットに収め、今度こそ浦原は一護に対して背中を向けた。
バイバイ、お元気で。
小さく、小さく。冬の大気に消される様小さく呟いて振り返らないまま、タクシーを拾った。


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