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こんなにも人間を撮るのが楽しいと思った事が果たして今までに一度だってあったろうか?と浦原は考えながらシャッターを切っていた。カシャカシャと規則正しくリズムを刻むシャッター音しか響かない部屋で、少し眉根を下げた一護が窓の縁に腰かけながら足をだらしなく垂らして外を見ている。吹き込む冬の風の冷たさを語らず、その橙色の髪の毛が静かに、綺麗に揺らめく。

「どうしちゃったの。今日は」

そう聞いても、んーだとか、うんだとか。曖昧な返事しかしない一護に少し焦れた。
世界に注目されたカメラマン。そう知られたあの日からこの子供の様子がおかしい。
最初は生意気で嫌いなタイプの子供だと思ったが、気付いたらこの橙を写真の中に収める事が楽しくて仕方なくなってきた。
きっと被写体として惚れたのはあのライブの時。本当に楽しそうに歌を歌うんだな、と思って見ていた。最後の最後で挨拶をして遠目からでも分かる様に潤んだ瞳、今と同じく眉根を下げて今にも泣き出しそうな顔を見せられた瞬間、自分の中で何かが疼く感覚を覚えた。

「休憩、しましょうか?」
「……え、まだ…10分しか…」
「だって上の空なんスもん一護さん」
「………なんだソレ…」

ぶつぶつと言っておきながら窓から離れようとしない。垂らされた足をブラブラと子供宜しく揺らしてみせる。
子供扱いを嫌う癖に拗ねた時に取る行動は正に子供そのもので、眉間に深く刻まれた皺が不機嫌を象る。浦原は一向に窓から退こうとしない一護に近寄る。フワリと香ったのは柑橘系の甘酸っぱい香り。

「お腹空いてない?」
「………てない…」

一向に浦原を見ようとせず、視線は外に向けたまま。大きいライブと新しい曲の音取りもひと段落済んだ一護のスケジュールは少し穏やかになっていた。今日は昼から夕方まで写真集の撮影が入っている。まだまだ時間はたっぷりあると踏んで浦原はそう聞いた。

「嘘吐き」
「…嘘いってねーし」
「じゃあこれは?凄いお腹空いて不機嫌ですってこの顔は?」

言いながらカメラを目の前に持っていき、見せる。とても腹の空かせた子供の顔じゃないそれを見せる。黄昏てるとも言えないその視線はどこかアンニュイで危なっかしい。低俗的に言ってしまえば艶かしい。ただの子供が見せるその媚態に一体何人の人間が惑わされるんだろう。

「……しらねー。って言うかなんかあんたが撮るとエロい」
「……」

自覚ありか?そう思ったけど敢えて口には出さなかった。いくら浦原が天才カメラマンだろうと、被写体が持っているオーラを出すまでしか出来ない。その後の写真映りだとかは被写体が動いて初めて出てくる物だ。どんなに艶かしく撮ろうと思っていても被写体がその気にならなきゃありきたりなヌード写真しか撮れないのだ。
最近の一護はカメラに収まる時、異常な色気を出す。
不覚にもカメラ越しにドキリと浦原の胸が高鳴る程。

「ね。どうしたんスか本当。いつもの君らしくない」

頬に触れると随分と柔らかい。滑らかな肌、女とは違う、化粧っ気の無い肌。冬の風に晒されて浦原の手の平よりも冷たくなった一護の頬が気持ち良くて、ずっと触れていたい気持ちにさせる。

「…いつもの俺って…?分かるのか?」
「生意気。強情、短気、ガキ」
「……散々だな」

触れながら、軽く人差し指を動かして目尻に触れる。まるで涙を拭う様なその優しげな触れ方、心臓に痛いと一護は思って益々眉間の皺を深くした。彼はなんで自分に触れるんだろう?

「ホラまた……泣きそう。」
「ちげーよ。さわんな。」

口から出る可愛げの無い言葉に自分で呆れてしまうが、性分なので仕方が無い。触れるなと拒否しておきながら抵抗らしい抵抗を見せないで浦原の手を難なく受け入れる。そこら辺が危ないなと思う。もし一護が女だったらそのまま押し倒している所だ。そこまで考えが行き着いて浦原は自分の中で何かが芽生えている感覚を知り、咄嗟に手を下げた。

「僕がお腹空いちゃったから食べましょう。近くにね静かなカフェテリアがあるんです。平日の今頃なら誰も居ない。良い?」

一護はコクンと小さく頷いた。それしか出来なかった。
触れられた頬に彼の体温がまだ残っている様な奇妙な感覚と少しの心臓の痛み。どうして恋をしてなんて言ったんだろうか?あの台詞が無ければきっと………。






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