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オレンジと黒のちぐはぐな色彩を持ってその世界の扉は開く。
実はハロウィンの色彩が一番好きだったりする。クリスマスとかお正月の無駄に煌びやかな色彩よりも、あの毒々しい色合いのハロウィンの色彩が一護は好きだった。
普段イベント事に関してはほとほと疎い一護だが、何故かハロウィンだけはワクワクしてしょうがない。お菓子が貰えるからとかそんなのでは無くて(貰えたら貰えたで嬉しいが)、この時期だけの解放感。異国のイベントなのにその感覚だけが離れない。多分それは幼い頃にした家族でのハロウィンパーティーがきっかけだと思うが。(あの一心を父に持つからにはそんじょそこらのパーティーとはかけ離れていると言う事を想定して頂きたい)
一護が実はハロウィン好きだと言う事をここの人間は知らない。
去年の夏に足を踏み入れた夜の世界。大学合格と共に実家を離れて暮らす一護にとって、生活費だけでも何とか自力で稼ぎたいと言う事から始めた夜のバイト。借家から40分離れた所にある繁華街の中心にその店はある。煌びやかなネオンを浴びた世界。真っ黒いビルの一階を全て占めるその店は有名ホスト倶楽部で、毎月毎月多くの雑誌やメディアに引っ張りだこだ。
そんな有名ホスト倶楽部でボーイをして早1年目にして最も最悪な出勤日を今日で飾る事となる。

一護の表情は敢えて例えるならカンニングが見つかった小学生男子Aか、満員電車で痴漢と間違われた時のサラリーマンBかのどちらか。真っ青になりながら額には汗が滲み出る。そんな一護を余所にホスト倶楽部オーナーの藍染はいつもの笑顔スタイルを崩さずにこう言った。
「今日はハロウィンだからね。もちろん、君達ボーイも仮装して貰うよ?」
穏やかな笑顔と長身を黒のスーツで包み、長い脚を組んで座ったまま、藍染は眼鏡を光らせる。優しげな声色とは裏腹な有無を言わせない雰囲気に一護はただ固まるしかなかった。
渡された衣装と小物、小道具を見てもう一度青ざめる。もう循環する血液が無くなったのでは無いかと言う程に白く、青ざめる。

「あの……店長…これだけは絶対に、嫌です……」
「ん?ああ、黒崎君はメイド服の方が良かったのかな?」
「店長、これで良いです」

あはは、笑う藍染につられて一護も引き笑い。メイド服だけはなんとしても避けたい所だ。じゃあ頑張ってね。これでこの話は終わりだと言わんばかりに藍染は一護に背を向けてデスクワークに取り掛かる。
渋々(本当に渋々と)失礼しますと小さく言い放ちオーナールームを出、ボーイ専用の更衣室へと向かった。
ため息が尽きない。
去年の今頃は慣れない大学の課題にてんやわんやで一週間の休みを貰っていたからこの店でこんなイベントがあるなんて露程も知らなかった。と言うか知らないまま過ごしていたらどんなに良かったか…一護は目の前にかけられた黒の衣装を見て再度深いため息を吐いた。
(こんなの着て仕事しろって…無理、本気…無理…)
出勤まで後30分弱。本来なら今頃はキッチンに顔を出してキッチンチーフの浮竹に出勤前のおやつを出され、そこで一時の楽しい時間を満喫している筈だ。それが今、自分のロッカー前手渡された衣装と鏡に写る自分を見比べて羞恥心と戦った。

「おい、一護。浮竹さん…が……」
「わー!わー!わー!」

一護一人しか居ない更衣室にひょっこり顔を出した(ノックも無しにだ!)恋次はこの店のホストで、歳も若干近いせいか割と気軽に話しが出来る仲だ。赤い髪を後ろで一つに束ね、緩くみつあみにしている。売りはその長身と綺麗についた筋肉美、それと見た目を裏切っての礼儀正しい所が年上のお姉様方を魅了する。そんな恋次が一護を見て絶句。見られた羞恥に堪えきれず一護は体育座りになりぎゃーぎゃーと騒いだ。

「見るな!馬鹿!ノックしろ!変態変態!!」
「……や、見るなと言われても…」

毎年恒例、この時期になると客足が増幅する。それは藍染が提案したイベントで、ハロウィンの日は一日限定店全体での仮装パーティーを開く。ホストの仮装は自由だが、ボーイに関しては統一感を出したいと言う事で皆同じ衣装だ。それも毎年違うが…一護の姿を見て、同じボーイの一角と弓親のこの姿だけは見たくないな、となんとなく思った。それをどう勘違いしたのか一護が「もうヤダ…店長刺して俺も死ぬ…」だなんて物騒な事を言い出したので取り合えずお前は似合ってるぜと言ってやったら容赦無く灰皿が飛んできた。

出勤時間が刻々と迫っている。恋次を追い返したは良いが、こんな姿、一人でホールに出るのは嫌だ…同じ衣装を着てるなら一角や弓親と一緒に出たいが、二人はボーイリーダーなので朝の集会前には既にホールに出ていた。なんでこんな時だけ遅めに出勤してんだ俺…悔やんでも時計の針は戻らずに刻一刻と一護を苛めるかの様に秒針を規則正しく刻む。

「ええい!悩んでも仕方ねえ!」

もうこうなりゃヤケだ!くそ!出てやるぜ!ああ!清々堂々と出てやるぜ!
半場テンション高めに自分を叱咤して起き上がり、勢い良く更衣室のドアを開けた。

「わっ、びっくりした…一護さん」
「きゃああっ!!」

バタンっ。開けたドアの先に居た予想外な人物を見て勢い良く扉を閉めたから少しドアのネジが緩んだ様な気がする。
一護の心臓がバクンバクンと鳴り、もう脳内はプチパニックだ。なぜ彼がここに居るんだ。いつもならどんなに早くても11時頃にしか出勤してこない筈の彼が…
浦原喜助は閉ざされたドアの前に突っ立ちながら考えていた。
一護を探してここまで来てやっと見つけたのは良いが、自分の顔を見た瞬間に叫ばれ、終いには硬く扉を閉ざされる始末。
一護がボーイを初めて3ヶ月目の時、一緒に買い出しに行ったあの時以来好きになって、見え見えのアプローチをかけまくり最終的には浦原の犬みたいなしつこさ故のアプローチに一護が折れてお付き合いを始めて今月で5ヶ月目だ。その間に何度も喧嘩しては仲直りを繰り返し、濃密なセックスをし、二人っきりで旅行に行ったりと色々してきた浦原にとって、何も身に覚えが無いのに叫ばれ締め出される所以が分からない。なぜだ?
はて?と考えてはみるも何も悪さはしていない。浮気も、遊びも、昨日だってちゃんとデートの時間に起きれたし、今日もちゃんとこうして出勤していると言うのに…

「あのぉ…一護さん?」
「う……あー…」

ドアの向こうで一護が意味不明な声を上げる。うーだとかあーだとか。時折壁を殴る音もする。一体、何に対して怒っているのか。浦原の中で(一護を怒らせたであろう)思い当たる節がぐるぐると駆け巡る。

「えっと…僕、君に何かしましたっけ?」
「え…」
「あ!目覚まし鳴る前に止めちゃった事とか?」
「やっぱてめえか!?」

勢い良くドアを開ければガンと音が鳴る。いきなり開けられたドアにぶつかった間抜けなホスト(ちなみにナンバーツーだ)は廊下の真ん中で額を抱えて座り込んでいる。
今日の夕方、出勤時間の2時間前には起きている筈がアラームが鳴らなくて自力で1時間前に起き、慌ててシャワーに入り仕度した一護にとってみれば時計を止めた犯人を成敗できたので良しとする。ホストの顔に傷つけたとかは考えない。浦原が悪い。アラームを止めたが為に一護は出勤時間ギリギリまで羞恥で縮こまって出るに出れない状況だったからだ。

「てて…もう…一護さん………え、一護さん?」
「もう絶対止めんなよ!遅刻したらオーナーに叱られるのは俺なんだぞ!?」
「てゆうか一護さん…」
「なんだ!?」
「その、格好……」

黒のハーフパンツにミニの前掛けエプロン。黒のチョッキに白い襟首には黒いリボン、チョッキの下は半裸でその細い両手首には襟首と同じ色の袖口がおざなり程度に巻かれていた。しかもオレンジの頭の上には見慣れない黒の耳。

「う…ウサギ?」
「……いやああっ!!」

見るな!見るなぁあっ!
浦原に指摘されるまで怒りで自分の有様をすっかり忘れていた一護は改めて自分の格好を見て更なる絶叫を上げる。女の子みたいな叫びだな。と浦原は暢気に思っていたが、すくっと立ち上がり一護を回転させ、後ろ姿を見て眉を潜めた。

「ご丁寧に尻尾まで…」
「さわんな!見るな!つか出勤時間!!」
「良い趣味だな…あの野郎…」

時計を見れば出勤時間5分前、まだタイムカードを切っていない一護が慌てながら、浦原が居るならこいつを道ずれだ!と思い、浦原の手を取ってホールまで急ぐ。浦原に見られた事への羞恥心が勝り、自分の後ろでぶつくさと何か呪文の様に言う浦原に気づかず廊下を走る。


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