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▽おおかみまなこのつめたさを▽


二ヶ月にいっぺんの割り合いで、彼がおかしくなる時がある。

▽おおかみまなこのつめたさを▽

無音で振動を繰り返す携帯電話が煩い。
机の上で震えた携帯電話を横目で流しながら一護は先々月の事を頭に浮かべた。

ブーブーと耳に響くバイブレーション、新着メールを知らせるソレを止めて、受信したメールを開けばテッサイからのご丁寧な文章がそこに刻まれていた。
あの大きな手で持つ携帯電話はかなり小さく見えるだろう、そしてあの太い指先でどうやったらこんなにもご丁寧な文が打てるのだろうか。思い浮かべた時点でおかしくなって少しだけ笑った。
今日は土曜日、部活生でもない一護は自室でのんびりと過ごしていた。
読みふけっていた雑誌を閉じ、春用のグレイパーカーを手に持って部屋を後にする。

***

定かではないけれど二ヶ月にいっぺんの割り合いだと一護は見ている。
商店の彼等にとっては日常茶飯事でも、一護が通うようになってからは、解決策を彼等なりに見つけてしまったみたいだ。あの男がおかしくなった時には必ず一護が召喚されるシステムになってしまった。
自室に引きこもり研究に没頭する。否、研究に没頭するあまり自室に引き篭もってしまうと言うのが実際は正しいのだろうがこの際、一護にとってはどうでもいい話しだ。
そういえば最近見ないな、と一度だけテッサイに尋ねた事が事の始まり。
聞くところに寄れば、彼が自室へ引き篭もった場合は良くて半月、悪くて二ヶ月は外に出ないと言う。いくら作り物の体だからと言って飯を食べないで済む筈がない。
元来、世話焼きな一護が痺れを切らすのも時間の問題ではあったが、彼が引き篭もれば召喚される二ヶ月に一度の連携もなんだか可笑しい。
俺は便利屋でもなんでもねーぞ、と文句を言いたいところではあるが、いつだって美味い飯をご馳走してもらっているテッサイの頼みでは断ろうにも断れない。
それに、…考えながら足を進めればいつの間にか浦原商店の扉を潜っていた。習慣とは恐ろしい物である、心とはうらはらに体は日常を難なく辿る事が出来てしまうのだ。
一護は深く溜息を吐き出しながら、ちーっすと軽く挨拶した。

***

いつだってヘラヘラ笑いながら人を小馬鹿にした態度の彼と、引き篭もっている彼は別人かと疑ってしまうくらい違っていた。
目が、うつろなのだ。
いつもはトレードマークとして頭に乗っかってる帽子、彼の金色を遮るへんちくりんな帽子は端正な顔へと影を射す。胡散臭さ倍増を手伝うアイテムではあったが、引き篭もり時の彼は帽子を脱いでいた。
露になる表情に影は照らないのに、なぜか影が照っていると思える程には無表情で心臓に悪い。
金色の瞳には光が灯らず曇っていたと同時にとても無機質なソレに見える色彩を咲かせていた。
なんつー目をするんだよお前。
普段の彼を知っている分、一護の心は変わり果てた浦原を別人と認識してしまう。こんな彼は知らない、こんな浦原喜助は知らない。
何も映し出さない金色を初めて嫌いだと感じてしまった一年前。
こうして彼が引き篭もった時に受けるテッサイからのSOSは何度目になるだろうか、既に数えるのを止めた一護ではあるが、やはりこの瞬間だけは未だに慣れる事も、そしてこれから先もきっと慣れる事はないだろうと思っている。
もう一度深く息を吸って、ゆっくり吐き出しながら浦原の自室前で立ち止まって声を搾り出す。

「浦原」

襖に無粋なノックは必要ない。
春の日差しが暖かく一護の影を襖に反映させ、声を通しているだろうから、拳は握り締めたまま腰辺りで停止していた。

「…浦原さん」

二度、今度はやや強く声を出して呼んでみる。
いつだってこの瞬間は変な緊張が掌に込められてしまい、ついつい強く握り締めてしまう。気付けば掌に小さく引っかき傷の様な爪跡がくっきり赤く残ってしまう。ギリ、無意識の内に歯をも食いしばっているらしい。
果たしてこの襖の向こうから現れるのは彼だろうか、それとも別のナニかだろうかと思わせてしまうくらいには、浦原は毎度毎度、音も無く影も無く気配も無く静かに襖を開けて一護の心臓を揺さぶる。
スっと開いた襖、薄暗い部屋が彼の背後に見える。
彼の部屋には小窓があり、春の日差しも射し入る位置にあると言うのに、不思議と部屋の中は薄暗い。きっと彼がそうさせているのだと分かるまでには数秒程かかってしまう。
目前に立つ浦原はまるで、部屋の中を一護に見せまいとして聳え立っているみたいだ。
数センチ差が開く身長、彼を見上げながらイヤだなあと思った。
また、無機質な金色と御対面してしまう。
何も映し出す事がない。逆を言えば映し出すのは全てなのに、それはガラス玉憮然として光を吸収して反射させては反映するだけの物。ただそこに存在して光を吸収するだけ吸収している冷たい偽者でしかない。
その金色がじとりと一護を見下ろす。なんですか?とも、何用ですか?とも告げない唇は微動にもせず、瞳も語らない。
暫しの沈黙が二人の間に流れた。
でっかい人形みたいだなこーして見ると、一護は浦原を見上げたまま無言で彼の左手をそうっと取る。

「…まずは風呂な。入ろう」

こうなった浦原はこちらが率先して手を引かなければ動こうとはしない。
厄介だ、大きな子供と言うよりも…まるで獣と手を取り歩いてるみたいで…。
繋いだ手から伝わるのは冷たい温度だけ。たったそれだけ。

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