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「うぜえ」と乱暴にも言い放った男は器用な手さばきでカクテルを作る。
清潔感たっぷりな白いシャツには皺ひとつ、シミひとつない。第一ボタンまできっちり閉められた襟には愛らしい黒の蝶ネクタイ、襟から伸びた首筋は真っ白く細い。カウンターテーブルで隠れてはいるが、白いシャツと合わせた黒のスキニーパンツに前掛けエプロン姿の彼は馴染みのバーテンダー。
新宿御苑駅から歩いて徒歩10分程度の近場、公園付近の大通りから外れた閑静な場所にひっそりとある「Close button」はこの界隈で人気のバーだ。
築2年程度の新しいビルディングの地下にあり、細い階段を下りて店内へと入る。扉にも入り口付近にも看板や表札の類は一切無く、新規客は中々訪れない。このバーを使用する者は決まって常連か馴染みの客だけ。時折見かける新規客は常連の連れと言うのが此処の良い所でもあり、一護が気に入っている所でもある。
目の前に立つバーテンダーは馴染みと言うより大学時の友人で、名前を白崎と言う。趣味でもある車とバイク繋がりでオフの日には決まって二人でツーリングなんかにも出かけていたがまさか彼も"そっち系"だったとは大学を卒業するまで分からなかった程、この男はどこか変に神経質な所がある。

「うぜえって言うなよ…傷心中なんだけど?俺…」
「けっ!ぬあにが傷心中だ!白々しい!毎回だろうがお前は」

いくら友人と言えど金を払っている時点で一護は白崎にとっての客でもあるが、この男は身内には口が悪いと言う事を充分熟知しているから今更お咎めを叩き付ける様な事はしなかった。面倒なのだ。
それに彼の告げる事は全て的確であるから逆に一護が口を噤んでしまう。

「はあ…もうなあ…俺、自信なくなってきた…」
「うぜえうぜえ!自信なくしたならついでにその厄介な性欲も無くしちまえ!」
「うわあ…言うねえ…」
「お前のへこたれた面なんてこっちは拝みたくもねーんだよ」

ケっ、乱暴に舌打ちをした後で次なる作業に取り掛かる。
シェイカーを的確に振るって出来上がったカクテル、それを前以って用意していたカクテルグラスへと注ぐ。ひんやりと冷たい色彩がグラスへ注がれるのを見つめながら"こいつ…指綺麗だなあ"だなんてバカみたいな事を考えていた。
馬鹿ついでにぶっちゃけるが、一護は最近可愛い恋人に振られたばかりだ。
2ヶ月前に知り合った男性は5歳年下で現役大学生だった。柔らかそうな猫ッ毛、栗色の髪、大きな眼に健康的に焼けた肌、均等についた綺麗な筋肉。陸上部なんだと彼はにっこり笑う。子供っぽい笑顔に夢中になり散々アプローチをかけてやっとこさ付き合えた。
"黒崎さんってカッコイイですよね"
いつだったかお気に入りの俳優が出演している映画を二人で観に出かけた時に言われた。エンドロールが流れて客が疎らに館内から出る、耳に心地良いざわめきとBGMを乗せて、彼はまるで内緒話しをする様に一護の耳に唇を寄せてそう呟いた。とても嬉しかったし胸が躍って"好き"と言う感情が爆発した。思わず公共の場で彼を抱き締めてしまいそうになる嬉しさをグっと堪えて繋がれた手をギュっと握り返した。それから後はまあ、致した。何もかも初めてだと言う彼が怖がらない様ジョークを交えながら甘い一夜を過ごしたしピロートークも一々気を使って彼が寝入るまで続けた。
あんなに甘い夜だったのに…、思い出は美化されると言うが真新しい思い出は欠点が見当たらない程完璧だったと一護は大袈裟な溜息を吐き出す。

「気持ち悪い!女みてーな事言ってんじゃねーよ!見ろよ!お前のせいで鳥肌立った!」

腕捲くりをしてわざわざ腕を見せる白崎の腕を見ながらもう一度だけ溜息を吐き出す。

「お前…筋張って綺麗な腕してるよなあ…」
「…やめて?お願い。そんな目で俺を見ないでくれる?俺には今、素敵でカッコイイダーリンが居るんだからな!お前なんてお呼びじゃねーんだ!お断りだ!シッシッ!」
「ぬあ〜にが素敵でカッコイイダーリンだあんなもんただのヒッキーじゃねーか」
「馬鹿にしたか?お前今、阿近の事バカにしたか?アイツはなあヒッキーじゃねーよ!研究員なの!立派な科学者なの!」
「あんなひょろいのの何が良いんだか…」
「おい、馬鹿言うなよ絶倫男。脱いだら凄いんだぞ!?」
「絶倫ってなあ…お前、日に日に口悪くなってきてねーか?」

つまみとして出されたカシューナッツをひとつ口に入れて噛み砕いたとしても口寂しさは消えない為、煙草を咥えて火を点ける。

「昔っからだろうが。つか、なに?禁煙は?」
「ハっ、ブロークンアップしたんだから禁煙する意味なんてねーだろう?」

二ヶ月程ご無沙汰していた煙草。一口吸い込めばクラリと強烈な眩暈を感じる。
彼が嫌いだった煙草の香りが充満して懐かしくも落ち着く焦げ臭い匂いに包まれたらなんだか全てがくだらなくなってきた。

「自棄になってんなよ。もう今日はこれで終わりな」

後二口飲んだら空になってしまうロックグラスの縁に白崎の綺麗な指が触れる。
カラ、グラスの中で溶けた氷が夏らしい音を奏でた。

「なんで。まだ呑めるし自棄になってねーし、まだ呑み足りない」
「馬鹿かそれを自棄になるって言うのよ。終電で帰れ」
「付き合えよどーせ明日は休みだ」
「いやだね今日はダーリンが迎えに来てくれんの」
「オールじゃねーのか?」

綺麗な指先がグラスから離れていくのが寂しくなって白崎の手首を掴めばカウンター越しから冷ややかな目で見られる。

「ざーんねんでしたー俺様はもう売約済みですーので、この手を、離せ!」

ベシンと叩かれたので、酷ぇと苦笑しながら紫煙を吐き出す。
くるりくるり、歪な円を描きながら宙に浮いては消えていく灰色だか白だかはっきりしない煙を二ヶ月ぶりに眺めた。
あっちもこっちも誰も彼も、夏は大胆不敵にとばかり恋に突っ走りやがって。
自分の事を棚にあげて悪態を吐けば忘れかけていた虚しさが再び舞い戻ってくる感覚を味わう。あーあ、やるせない。吐き出した紫煙までもが自分を裏切るみたいで嫌になった一護は最後の一口を煽りながらご馳走様と告げた。

「帰んのか?」
「お前が帰れって言うからな」
「言ってねーよ相手は出来ないつったんだ」

ジーンズの後ろポケットから財布を取り出して勘定。
憎まれ口を叩きながらも一応、気にかけているみたいで苦笑する。

「んだよ」

つり銭を手渡しながら睨みつける白崎に対して"可愛い"だなんて言葉を使えばきっと殴られるに違いない、そう踏んで一護はなんでもない風を装い首を横に振るう。

「じゃあな素敵でカッコイイダーリンと良い夜を」
「かっこつけてんじゃねーぞ後でメールする」
「いらねーよ」
「強がっちゃって」

なんだかんだ言いつつ見送りまでしてくれる白崎は根っ子は真面目で優しいのだと一護は知っている。
(まあ…女にはきつく当たるけどな…)
それが唯一の欠点でもあるがそんな所も含めて好きなので、彼の言葉に苦笑しながら手を振って店を辞した。

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