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I can not think other than you.


知り合って2年、片想い歴1年と少し、付き合って3年。合計すると6年にも積もってしまう年月の長さと重さは歳を取る毎にズシリと背中へ乗っかる。酸いも甘いも噛み分けてきた人生ではあるが未だ嘗てここまで長いお付き合いを兼ねた人物は彼以外に居ない。悪い意味で熱し易く冷めやすい自身の性格を熟知しているからこそ、彼との付き合いは正に奇跡だと形容せざる得なかった。
流石に6年も付き合いがあれば相手の良し悪しなんて手に取る様に分かる。何度か寝泊りを経て流れこむ様に同棲へと進めば相手の欠点しか目に入らなくなる。ここで挫折したカップルは多いだろう。育った環境が違うから〜と歌にもある様に同棲には切り離せない問題点のひとつかもしれない。いくら恋仲と言えど赤の他人同士なのだ。決して血の繋がった家族ではないのだから他人の悪癖なんて本人以上に第三者視点からでは大いに目立つ事だし、許せなければ欠点が表立ってしまうからより一層目について仕方ないだろう。他人と暮らすと言うのは正にそう言う事で互いが互いを尊重し綺麗なボーダーラインを引いて暮らさない限り、狭いアパートの一室で平和な世界なんて作り出す事は出来ないのだ。
それらを上手に踏まえた上で同棲生活をクリアできた者達が次に上がる階段の名前は"結婚"以外にあるまい。事実婚などと言うのも存在はするが、まあ稀なケースだろう。
気障ったらしくホテルの最上階レストランを予約して三ヶ月コツコツと貯めた給料で購入した指輪を手に、彼女の瞳を見て生涯二度と使わないであろう言葉を真摯に伝えては彼女の瞳から溢れ零れた涙をYESと取って見て心の中でガッツポーズ。そして互いに慣れないシャンパンなんて口にしながら夜空が綺麗だねとか抜かし、こうして人生最大のイベントが幕を閉じるのだ。
女なら憧れであろうこのワンシーンも男にとっては決戦の場とも言えるステージだろう。プレイ中のゲーム画面内で百年に一人の勇者が男だった場合、ラスボスは綺麗に着飾った彼女だ。プロポーズとは男にとっての名誉でありひとつのステージでもある。ダイヤモンドなんてもんは装備するアイテムのひとつにしか過ぎず、言葉のひとつひとつも魔法単語にしか過ぎない。ゲームとひとつだけ違うところはリセットもセーブも出来ないと言う点だけ。装備アイテムも一から一人で集めなきゃだし呪文も全て覚えなければいけないその上ステージはたったひとつっきり。セーブもリセットも効かない史上最悪なボーナスステージに自ら志願して駆け上がる奴は湧いて出る程多くは居ない。恥かしい事に勇者と言う生き物は極端でいて臆病でそして少しばかし狡賢いのだ。それでも流行り、この人生一度きりのステージに上がろうと言う勇者は後を絶たない。きっと彼等の中にはリセットボタンもセーブボタンをも上回るであろう価値あるボタンが存在してるに違いないのだ。
気障ったらしく言えば、人はそれを"愛"と呼ぶのだろう。
まあ…なんだ、と一護は物思いに耽る。
一護だって一人の男だ、結婚と言う文字に多少の憧れは持っているし、レストランを予約して給料三ヶ月分の指輪を買って恋人の涙を見て心底幸せな気分に浸って挙式への道を歩んで花嫁の姿にじーんと感動を味わう想像は何度かしてた点もある。結局の所、女性よりも男の方が夢見がちな生物でもある以上は何度かシュミレーションしたりはするだろう。例え綺麗に着飾ったのが架空の花嫁だったとしてもだ。
そう言えばこの人も彼女の花嫁姿を見て感動したりしたんだろうか。一護がそう物思いに耽っている時だった。

「………は?」

ガヤガヤと周りの雑音が一気に蘇っては脳内へ強制的に侵入してきた。
想像していたホテルの最上階レストランでも無ければロマンチックな夜の海辺でも公園でもない。金曜の夜を大いに堪能しようと大人の男達が好んで入る飲み屋で、事もあろうに彼は注文したビールジョッキをひとつ手渡した状態で言ってのけたのだ。

「だから、結婚しましょうか?って」
「……」

職場から徒歩10分、駅から徒歩15分。繁華街に面した通りのその路地裏にある飲み屋は小さいながらにも毎日毎日大盛況。理由のひとつとしてはカウンターキッチンに立つ女将(大将の嫁)がどえらい日本美人な事、そしてもうひとつは料理と酒がとても美味いという点。この二つが小さな飲み屋の繁盛へと直接関わっていた。
お勧めは親子丼。飲み屋のメニューにしてはあるまじき品であるがこれまた格別に美味い。第一にほかほかふっくらな白米はそれだけでも甘い。充分に甘い、そして極めつけは上に乗っかるとろとろの半熟卵とタレ。卵にからんだ鶏肉がもはやオマケとして際立つみたいに卵とタレと白米のかみ合わせが絶品過ぎて、中年太りが不安な男性諸君にとってはほとほと困る一品に仕上がっていた。日本酒にもこれまた合うしビールにも合うってんだから堪ったもんじゃない。
昔ながらの暖簾を潜って入るってのも男性から見たら一昔前の落ち着ける飲み屋であり、浦原と一護も時間が空いて次の日が互いにオフの日は必ずと言って良い程この飲み屋を使用していた。
今日だって同じ事だ、先ずはビールで乾杯と意気込んでジョッキを二つ注文。メインが運ばれてくるまでは腹満たしにナスあんかけがたっぷり上に乗った冷奴一品と夏ならではの限定冷やしおでんをそれぞれ好きな種を選んで注文。直ぐに出される品を注文し手渡された手拭で手を拭いてさあ飲むぞ!とジョッキを片手に乾杯のポージングを取った一護は見事に固まった。

「お、まえ…それを今、ここで言うかよ…?」

カタコトになってしまった一護を余所に、カチンとジョッキを合わせた後で美味そうにビールを飲む浦原は暫しビールの炭酸を喉元で堪能した後で小さく笑った。

「個室だし、周り煩いし、誰も聞いてないと思いますよ?」
「そー、そう、いう問題じゃねーよ…」

言われた通り浦原と一護が通された席は個室である。だが、個室と言っても防音ではない。何度も言うがここは男性が気に入る飲み屋だ。女性が好む居酒屋(今ではお洒落にダイニングバーと言うんだっけ?)とは違い個室と言っても小さい二人用のテーブルに椅子が二脚、小さいスペースに収まって周りはスノコの様な板で仕切られていると言うだけの話しだ。周りが煩くなければ先程の発言は瞬く間に店内中へ反響してた恐れもある程のただ仕切られたスペース。

「あ、串頼むの忘れてた…一護さん、どうします?いつも通りで盛り合わせにして良い?」
「あ、うん。丸ハツも食いたい、お前は?」
「アタシはパスっす。好きね?」
「美味いだろ?ハツよりもぷりぷりしてるし脂が乗ってる。だーから食ってみろって!絶対美味いから!つかお前偏食過ぎんだよ食わず嫌いしてっと人生損するぜ?」
「あー…確かに…。前にね、強引に勧められてキットカット食ってみたんスよ。意外に…美味かった…」
「だから最近キットカット食ってるわけ?」

ぶはっと噴出して笑えば浦原は照れたように苦笑して「お恥ずかしいことに」と頭を掻いてみせるから余計に笑いを誘って一護は腹を抱えた。

「ってちげえよ!!!」
「うわ、びっくりしたなあ…もう。なんスかいきなり…」
「ビックリしたのはこっちだボケ!なん…お前さっきなんつったよ?」
「は?だから、"結婚しましょーかー?"って。何度も言わせないで下さいよ。こっぱずかしいんスからねこれ」
「言われたこっちがこっ恥かしいわ!」
「だーかーらこんな狭い所で叫びなさんなって…あ!大将!串盛りひとつ!そして丸ハツも!塩?タレ?」
「塩!」
「塩で〜」

あいよ!とカウンター方面から小粋良い声が響いて一護は肩から脱力した。
仕事関係で知り合って、上司になってもっと近くに感じる様になって恋に落ちて。辛くも黒歴史な片想い1年を過ごして玉砕覚悟で想いをぶちまけてから既に4年目。合計して6年と少し、来年で29歳のアラサーってヤツで浦原はやもめのアラフォーってヤツだ。女子高生や女子大生連中から見ればオジサンの類に片足突っ込んだ男に向かって、…何が楽しくてプロポーズしてやがんだこのおっさん。一護は呆れた眼差しで浦原を見る。
ジョッキの半分まで減ったビール、泡がグラスの内側にくっついて水滴を生み出し涼しげな夏の風景を描く。運ばれた冷奴と冷やしおでんを箸で行儀悪く突きながら一口含んで全く変わらない美味さに舌鼓したまま、瞳は変わらず浦原を見つめる。
積る話しだなんて今更この二人の間にある筈も無い。
一護は浦原がバツイチだと言う事も知ってるし、元奥さんの事も知ってるし(と言うか今では面白い事に友人関係にある)愛娘だって知っている。たった一人の愛娘でもあるネルを「目に入れても痛くない!」と言わんばかりに溺愛してる事も重々承知しているし、一護だってネルは可愛いと思っている。最早我が子レベルで可愛がっているもんだから当の愛娘本人にも好かれていた。今更、どんな障害がやってきても俺達二人ならきっと乗り越える事が出来る!と青春臭く胸を張れる程互いに若くもない。
熟年夫婦だなんて口が避けても言いたくないが、一護達の関係を知ってる知人連中に言わせてみたら矢張りそうなのだろう。
阿と言えば吽と言う。あ・うんの呼吸を持つ二人だからこそ、男女特有のイベントには到底関わりが無いと踏んでた矢先、あっけらかんと容易くその言葉を口にする浦原が心底恐ろしく感じられた。
既に生ぬるくなった手拭を手持ち無沙汰に弄っていれば目前の浦原と目がかち合う。綺麗な金色の瞳、注意して見れば金色だけではなく薄い緑が中央を彩っている。
光の反射具合によってキラキラと輝いては色彩を変えていく彼の瞳に一護はほとほと弱い。

「…何?」

くぴりとビールを飲みながらやや不機嫌そうに聞く一護を見て浦原は苦笑した。

「返事は?」

一護に習い浦原もビールをあおりながら聞く。

「ノーだ」
「おや、振られちゃった。理由は?」
「指輪がねえ。ムードのへったくれもねえ。…男同士だ、ボケ」
「…最後の一言が痛かったなあ」

くく、喉元で笑うクセは変わらない。
ジョッキをひとつ空けた浦原は腕を伸ばして同じものを注文した。

「一護さんは?」
「まだ。……つか…ジョーク?」
「それは失礼っしょ?君に対しても、アタシに対しても」

冷えたジョッキ、並々と入ったビールは夏らしい色彩でグラス内を占めた。手渡されたジョッキを受け取りながら苦笑い。それを見て一護もグイっと煽りジョッキを空にする。
グラス内に残る泡と水滴に目をやりながら暫し考えて浦原を見た一護の耳には最早周囲のざわめきは届かず綺麗にフェードアウトした。

「…お前さ、マリエさんのウエディング姿見てどう思ったよ?」

きっとあの人は誰よりも綺麗だったのだろう。いつだって彼女は飾らない自身の笑顔が何よりも素敵な物だと自覚しているから、彼女はいつだってありのままで居る。彼はきっとそこに惚れこんでプロポーズしたのだろう。
自身の悪癖がむくむくと心中で芽吹いてくるのが分かった。
浦原の目を見る事が出来なくて、俯いたまま残りのビールを煽る。

「感動はしました」
「そーだろうな。覚えてるだけで充分だ。」
「何が言いたいの?」

恐ろしい程落ち着き払った声色に目だけを上げて視線を向ける。
目前にある金色は冷たくも熱くもない、ただただ綺麗な色彩を真摯に向けているだけ。それがまた居た堪れない。

「二度も同じ感動は味わえないって事だ」
「フ、感動を味わいたくてプロポーズしたわけじゃあない」
「じゃあなんだよ」

タイミングよく運ばれてきた串焼きの盛り合わせが狭いテーブル内を占めた。
中央に置かれた大きな皿に盛られた串に視覚から空腹を与えられて、空気を読まない腹の虫がクウと唸ってはざわめきに消された。音が、戻ってくる。
一護は塩で味付けされたねぎまを一本取って喰らう。
何か口に入れてなきゃ余計な事を口走ってしまいそうだったからだ。

「分かってるくせに」
「わかんねーから聞いてる。」
「………」

舌先に乗っかる香ばしくもほろ苦い肉の味。肉汁がじわりと舌先を熱くさせ、後から肉の甘みを乗せて舌を喜ばせた。瞬時に唸った腹の虫たちは先程よりも良い声で鳴き始め、脳内へとリアルな空腹を伝えた。
珍しく黙った浦原は串を手に取らず、馴染みの煙草を指に挟んで吸う。
暫くして続いた沈黙。時々、考える仕草をしながら煙草を吸ってる彼の横顔を見つめていたらなんとなく…彼が言わんとする事が分かる気がした。
あくまでも、"気がした"、だが。

「家に帰ってからで、良い?」

短くなったフィルターを安っぽいアルミ灰皿に押し付けながらそう言う。

「ああ。……取り敢えず、食おうぜ?」
「ええ。……ねえ、ねぎまは?」
「全部食った」
「酷い!」
「お前が物思いに耽ってるのが悪い。注文すれば良いだろうが!」
「結構時間かかるんスよ!?大将!ねぎま、まだある!?」

徐々に込み始めた店内のざわめきに負けじと声を張り上げるも、カウンター内で忙しく動く男から発せられた言葉は"今日はもう終了した!ごめんな!"の残酷な一言のみだった。

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