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ほろ酔い気分の時ってなんでこーも人肌恋しくなるんだろーなー!
上司でもある浦原に誘われた酒の席、その帰り道。タクシーを拾おうか?と言ってくれた彼の言葉を丁寧に断って徒歩で帰りますと告げればじゃあアタシもと言われたので蓋をして閉じ込めた想いが一気に爆発した。
アルコールも手伝って尚更陽気に振るまってしまう。一護は、彼に惚れこんでいた。それはもう大層な惚れこみ様だった。
初めの感情はきっと憧れに等しい色彩だったろう、それがいつの間にか恋情と呼ばれる類の色に変わり始めてしまっていた。ああ後戻りなんて出来ねーっつーのに。恋だと自覚して半分絶望して半分歓喜しても、後悔だけはしなかった。そんな冬の夜だった。
吐き出した息は白く白く、見て分かる様に短調な色彩を纏って宙へと浮かんでは消える。体内を駆け巡るアルコールが心なしか陽気な気分に一護を陥れて、冷たい外気が火照った頬を心地良く冷ましてくれた。
"おっと…危ないっスよ"
足取りが悪く、後ろへよろけた一護の背中を支えた彼の腕。コートの厚い布越しからでも分かる腕の質感に肌がゾワリと一斉に唸った。ああ、ダメだ。どうしようもないくらい、今は彼が好きだ。アルコールによって犯された心が爆ぜる。仕舞いこんでいた気持ちが爆ぜてしまってどうしようもなく体が火照ってそして、人肌恋しくさせてしまった。この瞬間、この場で、一護は隣に立つ男に抑えきれない慕情を爆発させた。
あの夜をふと思い出す。
花の金曜日と呼ばれた貴重なフライデイナイト。ビールだけで腹が膨れてしまった後は二人でチビチビと冷酒を煽っていた。酒には強い方だが体内に疲れが溜まっていては直ぐにアルコールが体を駆け巡りあまり気持ち良く酔えない。だが浦原は別でワクだ。酒が流れる様に落ちていく、いくら飲んでも彼が酔う姿なんて一護でも拝んだ事はない。酔えもしない体で飲んだってつまらないだろうに、入社したての頃はそう感じていたが彼は酒の香りと味を楽しみ、場の雰囲気をとても大事にしていたのが分かってからは彼と交わす酒が楽しくて仕方がない。気を抜けば彼のペースにはまってしまい酔っ払ってしまう事もあるが…浦原は浦原なりに気遣っているみたいで二人っきりの場合はいつだって一護のペースに合わせて飲んでくれる。

「やーっぱ美味かったなあ、最後にさ大将が出してくれた茶漬け!…絶品だったぜ…」
「焼き鱈子がパンチ効かせてましたね」
「なあ!あれ…作れないかな…」
「期待してます」
「任せておけ」

成人男性にとってはやや小ぶりな茶碗に注がれただし汁の香ばしい香りと焼き鱈子とシソの絶妙バランス、未だ脳内と舌先に残る味と香りを思い出しながら二人で肩を並べて歩く帰り道。一護が転ばないようにと背中を支える腕に昔の記憶が呼び覚まされる。フ、小さく隠れて笑って、幸せなんだと感じてしまった。
夏用の白シャツは薄い。背中を支える腕はやや熱い。吐き出す息は目に見えない透明を纏って人知れず消え去る。最寄駅から徒歩10分程度の短い距離は繁華街とは打って変わって静寂に包まれていた。街灯だけが夜と足元を危うい煌きで照らし二人の影をくっつける。影に甘えて夜の闇に少しだけありがとうと告げてそろりと浦原の手に手をあてて握った。指と指が絡まりキュっと握り返されるこの瞬間がとてもじゃないが恥かしくて、ヘヘと照れ笑いをひとつ夜へと流す。

「手、熱いよ」
「酔っ払いだからな〜」
「気分良いんだ?」
「当たり前。美味い飯に美味い酒!そして明日は休み!最高だろう?」
「小さいなあ〜」
「馬鹿だな、小さい幸せこそが最高の幸せなんだぜ?知らなかったか?」
「初耳っスよ」

浦原は笑いながら空を仰いで夜空を見た。
あの時も確か、彼は笑った空を仰いだ。辺りは一面冬の凍てつく夜の色彩で染められていて少しだけ寂しい風景だった。空を仰ぐ彼の横顔がやけに寂しそうだと感じたのはきっと冬の色のせいだったに違いない。一護はあの時と同じく、少しだけ背伸びをしてその横顔に、掠める様なキスをした。

***

(心臓が締め付けられる。)
玄関先で何をしてるんだか、思いはしても思うだけで浦原の腕は止める術を見失って一護に触れていた。
背後から抱き締めて腰に腕を回す。ふわりと香った夏の匂い、頬に当たる髪の毛先が擽る。ぴっちり第一ボタンまで閉めた襟から出る首筋にキスをするだけで心臓が苦しいくらい締め付けられる。こんな感覚を味わっても尚、愛しいと言う気持ちになるのが不思議なくらいには彼に惹かれていて捕らわれているのだと知る。自覚したら自覚した分だけまた苦しい思いに駆られる。
苦しさとは愛だ、とある偉人の言葉が脳内に浮かぶが難しい事はあまり考えたくない。愛なんてもんに難しい感情と言葉と知性を与えてしまえば不可解な物になってしまうと浦原は考える。
(愛してる、好き。たったこれだけで良いじゃないか)
くすぐったい、離れろ暑苦しい、悪態を吐くも抵抗らしい抵抗をしない一護を見てフと笑った。

「結婚して下さい」

小さく呟く。

「…だから…なんでそーなるんだ…」

不機嫌そうでいてどうしたら良いのか分からない声が響く。

「したいから。ずっと一緒に居たいから」
「結婚に拘らなくて良い…一緒に居るのに結婚なんて…必要ねーだろう」
「約束して」

腰にまわした腕に力を込めてギュッと抱き締める。
首に寄せてくっつけた唇、言葉を象る度に彼は擽ったそうに身を捻る。

「手放したくない」
「ふ、なんだよ…今日はやけに素直じゃねーか」
「いつだって素直っスよ。誰かさんと比べたら」
「喧嘩売ってる?」
「いーえ」

少しだけ伸びた髪の毛。出会った当初はベリーショートだったオレンジ。右耳に光るシルバーのピアスを噛みながらもう一度首筋にキスを贈る。

「marry me」

こんなに愛しい人は他に居ない、有線で流れる歌詞のフレーズが頭を過ぎる。変な感覚に捕らわれて浦原は何故か泣きたくなる気持ちに陥った。愛のフレーズだなんて鼻で笑うくらいチープな言葉の羅列だと思いきや、今なら彼らの単純な愛の歌が胸に響いて涙腺を緩めてしまう。
(ばかだ。子供みたいになってしまう…)
幼い感情だ。塗り固められていつのまにか凍った感情がほろほろと溶かされて丸裸になった心地。不安で堪らなくてそれでもこの不安を彼が全て包み込む。暖かいオレンジ色の程よい温度で。それが心地良くて…堪らなくて、これがラブなんだと自覚したら恥かしくて。
浦原はもう一度ギュっと抱き締めてmarry meと囁いた。

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