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senza temere nulla piu


ギブミーチョコレート、そう言って差し出される手はまだ小さく柔らかいはずなのに泥で汚く薄汚れていた。浦原はきつく眉間に皺を寄せながら子供の目の高さまでしゃがんでアイムソーソーリーと寂しく笑う。
軍の規則として難民に対する個人間での支給は禁止されていた。どんなに小さな物でも与えてはいけない。肩に担いだアサルトライフル、エフエヌ(ファブリックナショナル)・スカーはガシャリと無機質にも音を成して子供達を威嚇するから目前の子供は瞳を大きく開いて怯えた。
ああごめん、怖がらせたね。
英語で答えてもきっと彼等には通じていないだろう。ギブミーチョコレート、一体誰が教えたのか。教育を受ける事も出来ない彼らに面白がってそう教えるジャーナリストも居るから性質が悪い。
浦原は小さく溜息を吐き出したままで手を翳してゴメンとジェスチャーしてみせた。それでも子供の瞳には通じていないらしく、ほとほとホールドアップしてみせたかったが、ふとアタッシュケース内にルーズリーフが数枚入っているのを思い出した。
子供を怖がらせない様、笑顔を貼り付けてアタッシュケース内を探りルーズリーフを取り出す。目当てのチョコレートではない事に落胆した少年達は一気に肩を落とすも、浦原が一枚のルーズリーフを器用に折りたたんでそして正方形にして破いた事で興味の色を反映させてじーっと伺う。
興味津々な瞳に苦笑しながらも、空になった木箱(元は弾丸が詰まれていた箱)前にしゃがみこんで子供達を招く。ちょいちょい、手だけでおいでとジェスチャーしたら恐る恐る近付いてきた。三人の子供は焼けた肌をぼろ切れみたいな服に包んで浦原の前にしゃがみこむ。目を大きく開いて浦原の器用に動く手を見つめる彼等には様々な国の血が流れているに違いない。髪の毛が黒だったり、肌が黄色かったり、目の色が灰色だったり、色とりどりな彼等を世界はこぞって難民と名付けて自由を根こそぎ奪った。

浦原の手の中で徐々に形を成していく一枚の紙に子供達の瞳は興奮に見開かれる。
なんだなんだ、このオッサン何作ってんだ?
口々に出てくるオッサンの単語に内心では"まだ26なんだけどなあ…"と苦く答えて苦笑してみせた。いつの間にか、三人が五人、五人が十人へと数が増えていき、あっと言う間に浦原の周りは賑やかになっていた。
はい、出来上がり。わざと英語で答えて一羽の折鶴を目前の少年に手渡した。
するとどうだろう、先程まで睨むようにこちらを見上げ、小さい手を差し出してギブミーチョコレートと言った顔が一気に綻んでは満面な笑みを浮かべて「ありがとう」と異国語で礼を述べた。
ありがとう、サンキュー、母国語を発するのは見た目にも少年期を終えようとしている大きい子供達で、手にした折鶴を持ちながら目を輝かせている一回りも小さい子供の肩を抱きながらまるで母の様に父の様に優しく微笑んでみせる。
浦原は、ドキリと心が痛む思いを味わった。
彼等は何も悪くなんてないのだ。否、戦争を起こす人間達も迫害する人間達も彼等同様に悪くなんてない。戦争は、国家が軍事力と武力を行使し戦闘を組織的に遂行する行為であり、軍事力と武力を使用する外交の一種でもある。経済、地理、文化、技術など広範にわたる人間の活動が密接に関わるので、歴史的な影響は大きい。歴史的な影響も大きい分、国際関係や社会や経済など幅広い分野に破壊的な影響を与え、軍人や民間人の人的被害からインフラの破壊、経済活動の阻害など社会のあらゆる部分に物的被害を与えることとなる。反面、軍需景気により生産設備に被害を受けなかった戦勝国や第三国の経済が潤う場合もある。だからというわけではないが、つまる所、戦争なんてものは国家が軍事力と武力を行使し組織的に行っている大掛りなビジネスでもあるのだろう。被害を真っ向から受けるのは一般市民、つまりは国民となる。だがここは国家ビジネス、被害を受けずに居た第三国の経済が潤えばそちらの国民の私生活は大いに潤い平穏をも齎す。負けた方が傷を負い、勝った方は富を得る。あまりにも単純明快な方程式ではあるが、負けた方も勝った方も同じく大きな傷跡は残りやすい。戦争とはそう言うものだ、国家という上層部から伝達される情報を元に下へ下へと尻拭いが下っていく。いつだって損をするのは下層部の人間達で彼等には平等に憎悪が撒き散らされていた。迫害と言うシステムもきっと大きなビジネスの尻拭いの一貫でもあるのだろう。貧しい国は人の心をも貧しくさせる、愛があればお金なんてと言う戯言は選ばれ富を得た人間のみが発言を許されており、貧困を身に纏う人間にとってはお金で愛は買える物である。愛は単なるおまけでありついでであり、そして何よりも都合の良い建前にしかならない。いつだったかネパールの工場地帯で地雷による爆破事故が立て続けに起こった。どれも同じ土地の小高い丘になる場所で、見晴らしは非常に良い空き地で起こった事件。不発のまま埋められた地雷のひとつを幼児が見つけ手に取り爆破した。少女が手にしたのはM18クレイモア、指向性対人地雷の一つだ。湾曲した箱の形状をしており、起爆すると爆発により、内部の鉄球が扇状の範囲に発射される。通称フットバウンドと言われ強力な空気銃の威力に値し、一発でも当たれば大きなダメージを与えることが可能である。旧ソ連製のTM-46対戦車地雷とは違って地中には埋められていない。地上に設置する事によりワイヤーを引っこ抜けば起爆すると言う代物で手榴弾の遠隔操作型とも言える。その起爆スイッチであるワイヤーを、少女は引っこ抜いた。
現場処理が散々だったと同僚は呟いていたのを明瞭に記憶している。バラバラになった箱と散乱した肉の欠片。辛うじて人として保てていた部分は左目側の頭部と耳だけだったらしい。あどけない少女の面影は、左目と頭部、そして耳だけだったと聞かされた。
後進国では珍しくもないケースだった。発展途上国とお上品に記そうがやはり後進国は後進国にしか過ぎず、先に進む事は一切出来ない。発展途上だなんてオブラートに包み込むからこうした事件が政府間だけで処理されてお蔵入りを喰らってしまうのだ。バカらしい。浦原はそこで初めて息を吐き出した。
目前に居るのは後進国と呼ばれた国々のお払い箱同然になった(お荷物と言っても過言ではない)難民の子供達。まだ瞳には子供憮然とした輝きが残されている子供達。戸籍上親である他人から遊んでおいでと許可を得て地雷のワイヤーを引っこ抜き保険金を家族へ与えるだけの彼等の将来は後進するだけで先に進む事は出来ない。
"可哀相、だなんて思わない方が良い"
曇りが灯らない瞳を目前にしていると頭の中で強く声が響いた。あの時の彼の声が、未だ頭の中に残ってはこうして時々反響する。そして酷く頭を痛めつけるのだ。
"決して、可哀相だなんてくだらん感情は持つな"
初めよりもいささか乱暴に、けれどとても強い口調でそう言ってのけた人物はもう居ない。浦原の前から、…否、明確に言えば国家の元からある日を堺にパタリと姿を消し去ってしまった。
あれは5年も前になる。

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