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アイザック・スレイドの様な優しくも低温な声の持ち主だった。そしてゆったり、歌をうたう様に話す人だった事を記憶する。彼を思い出す時、一番初めに脳内へ浮かぶのはあのなんとも言えぬ透明感のある声とそして彼だけが持つ眩いばかりのヘアカラー。
オレンジカラーとあの声から徐々に徐々にと眉、鼻、口、首、腕、足、腰、瞳、えくぼが形成され行き、黒崎一護と言う一人の青年が描き出される。
整った太い眉に眉間の皺、琥珀色の鋭い眼差し、薄い唇、男性の顔立ちにも関わらず彼に流れる日系の血が彼を幼く見せた。とても5つ上の青年とは思えなかった程で、所属する部隊の輩はこぞってベビーフェイスの上官に性質の悪い絡み方をした。
そして彼は20センチも身長差がある大男を眉のひとつも動かさずに地面とキスをさせた。返り討ちにあったのである、あまりにも一瞬の出来事で誰も彼もが目前でハイスピードに繰り広げられた事実を受け止める事が出来ずに居た。きっと一番何が起こったか分からないのは地面に伏した男だろう。173センチと198センチ、20センチ以上も身長差が開き、尚且つウエイトでも彼の方がどう見たって劣っている。にも関わらずこの無様な格好はなんだと、自問自答したに違いない。
地面へ伏せた後、息を飲むだけの部下達をゆっくり見渡しながら彼は歌った。

「俺よりも身長の低いガキ共が戦場では敵になる場合もある。その場合、お前等は躊躇するか?"ヘイベイブ、メイクラブの仕方を教えてやるよ"だなんて挨拶するか?それよりも先にお前等のこぎたねー面に357マグナム弾がめり込むぜ?」

うつ伏せ状態の男の腰部分にどかりと座り込み、お行儀悪くもフィルターシガレットを口に咥えて火を点ける。
誰も、何も言えなかった。否、発言権は既に無く、彼から吐き出される心地の良い声をただただ耳に入れる事しか術が無かったのである。
フー、大きく吸い込んでそして大きく紫煙を吐き出した後で彼は静かにこう告げた。

「迷うな。戦場ではお前等の正義が正しい。敵なら、子供でも殺せ」

迷うなと彼は言った。他の連中は子供でも殺せのフレーズに軽蔑の色を濃く瞳に宿していたが、浦原には何故か"迷うな"の言葉が心に強く刻み込まれた。

***

衝撃的な上官との出会いも半年が過ぎれば彼はあっと言う間に部隊のアイドル的存在になっていた。優れたカリスマ性を持つ人間は0地点の点数から始まると良く耳にする。個人へと押し付ける他者の評価が0から100まであるとすれば、初めから敬意を持ち接した場合(こちらは100地点の点数からスタートする)、評価はこれ以上上がる事はない、下がる一方なのだ。いくらカリスマ性を備えていた所で人間は人間だ完璧以上にはなれないどこかしらに欠点があるからこそ個性というものが出よう、そして評価する対象もこれまた同じ属性であるから要らぬ感情が評価を一方的に落としていく。100から70、70から50、50から20、そして0へ。スタート地点からまたやり直しとくる。まるで性質の悪い人生ゲームのコマ送りみたいだ。評価論なんて興味もなければ他者に対する個人的評価などペーパーブック程の価値も無いと浦原は思っている。だが逆にだ、評価が0、つまりはスタート地点から上手い事に進んでいけば上がる一方だから、真のカリスマ性とは周りの人間を上手い事誘導する意思を少なからず持っているのだと思う。どう演出し、どの角度から自身を見せればいいのか細胞レベルで熟知している連中は確かに存在する。浦原が知る限りでこの上官様は後者に値する人間だった。
ある時、彼が浦原の傍に腰を下ろしてこう歌った。

「お前にとっての銃(アサルトライフル)とはなんだ?」

自身が手に持つM16をがしゃりと掴んで小脇に抱えながら、浦原ではなく対面するサンセットへ目を向けて、片目を眩しそうに細めながら咥えたフィルターシガレットの紫煙を吐き出す。
ふむ、少し考えた後で浦原は点数取りのつもりでこう答えた「正義」だと。
半分ジョーク、半分本気の返答に上官様は笑いもせず、眉間に皺を寄せて短くなったシガレットをペっと地面へ吐き捨てる。

「劣等生が答えそうなテンプレだな。間違えちゃいけねーよ?浦原。これは銃だ。正義でも悪でもなんでもねー。ユージン・ストーナーによって開発された我が軍の小口径自動小銃、制式名はRifleCaliber5.56mm、M16。全長999mm、重量3,500gのただの鉄の塊、ただの銃だ」

やけに今日の上官様は饒舌だと浦原はこの時、意識しない違和感を覚えていた。
ただ、彼と二人だけの時間を共有出来る事に対する優越感と言い表せぬ感情がない混ぜになってその違和感を消し去っていた。

「じゃあ上官、あなたにとっての銃はただの銃で、キリングマシーン同然だと言う事でしょうか?」

コレクトが貰えると思っていたが、隣の彼はもう少しだけ眉間の皺を濃くしてちげーよと小さく歌った。

「キリングマシーンでもねえ。言っただろう?こいつはただの銃器なんだ。銃なんだ。正式名称なんざ覚えても腹の足しにもならねー程小難しくて長ったらしいがな、種類別に判断するとしたらやっぱ銃なんだよコイツは」

つつ、と愛しげにけれど少しだけ恨めしげにM16のボディを撫でる。

「お前さ、コイツがただの鉄くずに見えるかよ?」
「は?……鉄くずには…見えないっスね。だってまだ壊れてない」
「はは、お前さんの基準は壊れてるか壊れていないかが重要ってわけか」

ここにきて初めて彼は眉間の皺をそのままにして笑った。彼は、笑えば笑うほどベビーフェイスが前面に出てくる。やけに幼く笑うのだ彼は。
彼の表情にサンセットのオレンジが乗り、影を射した。

「浦原、あのさ、コイツを銃だって認識する人間がこの世に居る限りは、コイツは壊れようが正常だろうが銃なんだよ。覚えててくれるか?」

やけに変なお願いだと、そしてむちゃくちゃな持論だとあの時は思った。思って、そんな言葉よりも向き直って正面から見せてくれた彼の笑顔に夢中になってしまっていた。
初めて見る、彼らしからぬ寂しい笑顔だった事を明瞭に記憶している。
彼はあの時、あのサンセットが綺麗な荒れ果てたベースの中で一体、何を必死で説こうとしたのか。何が、言いたかったのか。
黒崎一護はその翌日、忽然と姿を消したのである。

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あきゅろす。
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