1 ピー!大きな大きな笛の音が鳴った瞬間、ほんの少しだけ会場はシンと静まり返った。それからほんの1秒ほどの空気を振動させるかの様にドっと歓声が沸きあがる。色をつけるならきっと黄色、音の嵐によって会場は一気に色めき立つ。 最後の最後にパスンとネットを擦って入ったシュート、相手側のエースが放った一撃に空座高は僅か5点差で負けてしまった。 ワアと唸った観客の声、拍手喝采の嵐、応援団の声援に女性陣の黄色い声援が入り混じって会場を華やかにするも、彼だけは一人ぽつんとゴール前に立っているだけで微動にしない。 ゴールを高く高く見つめて、ポトリと滴った汗は静かにフローリングへと落ちる。ポトリ、とてもとても小さい音だったに違いない。 彼は漸くハアと息を深く吐き、ユニフォームの裾を引っ張って顔を拭う。 12月の寒い時期なのにも関わらず外の気温と会場内の気温差があるから、彼は滴った汗を拭う事に専念しているにも伺えた。キュ、バッシュが床を蹴る音が響く。 歓声をバックに二校整列して握手をし合う。歓声の音が鳴り止まない、周りの音は煩く華やかな色を散々辺りに散りばめるのに、彼らの周りに花は咲かない。音が咲かない、色が、咲かない。 *** ハア、どんよりと曇ってきた空に向けて息を吐き出せば真っ白く目前が染まり、吐き出した二酸化炭素が色づいて空へと上がっては消えた。息さえも色づくというのに。 正門前のガードレールに腰を置きながらコートのポケットに手を突っ込み、悪戯に携帯を触ってもう一度ハアと息を吐く。いまだ午後17時だと言うのに辺りは真っ黒に染まってしまった。あれから何分、こうして待ち構えている事だろう。そろそろ鼻頭が冷たくて感覚がなくなってしまいそうだ。 「あれ?お前…一年の…」 首に巻いた黒のマフラーに鼻先をくっつけて暖を取っている浦原の耳に響く男子生徒の声。 ハっとして顔をあげれば正門前に数人のバスケ部選手たちが立っていた。 それぞれ重たい色のダウンを羽織、浦原と同じくマフラーで首元から顎までをくるんでいる。ひとつ上の学年の彼等に顔見知りは居ないが、彼等の方はどうやら浦原を知っている口ぶりだった。 "お前な、もう少しくらい愛想良くしろよ"彼の言葉が脳内で反響したから少しだけ鼻をすすってお辞儀してみせた。 「なんだっけ…黒崎といつも一緒の…あー…」 「…浦原っス」 「あー、だったわ浦原。なに?もしかして今日、応援に来てくれたん?」 ニカリと人懐っこい笑顔を見せてくれた彼は後からやってきた部員に挨拶をしながら浦原の前に立つ。ガードレールに腰を下ろしたままの浦原よりも数センチしか身長さが変わらない彼はきっと一護よりも身長は低いのだろう。 試合の最後の最後まで、ずっと声を張り上げながらチームをリードしていた彼のポジションはキャプテンだ。チームを引っ張り、リードして、作戦を立て、励まし、時には喝を入れる存在。それなのに彼は今、にこやかに笑顔を貼り付けて浦原の前に立つ。 頭の中で反響した数時間前の声援が煩わしくて無意識の内に険しい顔つきになってしまっていたみたいだ。先輩は苦笑しながら黒崎はまだ中だぞ、と親指で後方の校舎を差す。 数分前に送ったメールの返事はまだ無い。きっと彼はまだ、あのユニフォームを脱いでいないのだろうとポケット内の携帯を握り締めながら思った。 ありがとうございますと一言告げて立ち上がった浦原を彼は見上げながら少しだけ瞳を歪めてみせる。 「やっぱ身長たっけえなお前…、いくつあんの?」 「…180くらいっすかね…」 「なんでお前バスケ部入んなかったわけ」 初めて言葉を交わしたと言うのにもうお前呼ばわりだ。それと同時に苦笑しながら肩にパンチを食らった浦原は少しだけ眉を顰めて見せるも彼の人懐っこい笑みが一護と被ったせいか、嫌な気持ちは不思議としなかった。 「運動音痴なんス。体育の成績2ですよ?」 「あー…勧誘はよすわ」 「はは、……先輩」 名前は知らない彼を呼ぶ。 ん?見上げた彼の瞳は揺ぎ無く、少しだけ寂しい色が混ざっていた。 「お疲れ様っス」 ド素人だけど、あんたのダブルクラッチ、かなり痺れた。 全てを出し切って全力で疾走した選手たちに敬意を示す様に浦原はお辞儀をして校舎へと向かって走った。 空は曇天モード、まったくもって空気を読んでくれない天気に会場内の場違いな声援が未だ耳にこびりついて離れてくれない。 ハアと吐く息は白い、音にさえも色がつくのに。 あの時、あの場面で、彼等には色は全くついてなかった。 それがやけに寂しくて悲しくて、共にプレイしたわけじゃない浦原の方が悔しくて仕方なかった。 高校最後の大会を突っ走った彼等は何を思い、帰路につくのだろうか。 せめて…青空だったら良かったのに…。 柄じゃない事を思いながら浦原は走った。そりゃあもう、自分でも引く程、必死になっていた。 next>>> |