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キュ、ダムダム、パシュっ!ダンダン…、広々とした体育館内に響く音が浦原の耳に入り込んできた。やっぱりか、思いながら息を整える。久し振りに走ったもんだから多少の息切れを感じて苦笑してしまった。
ここまでするか?普通。
自分自身に言い聞かせたとしても答えはちっとも出てこようとしないからそれがとても歯痒く感じてしまう。厄介な感情を抱えながら浦原はそうっと体育館入り口から顔を覗かせる。
ゴール下に転がるボールの数は4つ、ダムダムとボールを弾きながらドリブル。強く打ち、低く打ち、そして両手に取ってゴールを見据える一護の横顔は普段の彼からは想像も出来ないくらいには真剣だ。
キっと睨みあげる様にして見たゴールネット。
睨みあげた瞬間に息を止める仕草。
まるでそこだけ、一護の周りだけ時間が止まったような感覚に、浦原は思わずゴクリと息を飲み込んだ。
右手でボールを構え、左手でボール下を支える。背筋は歪み無く伸ばされ、視線は一直線にゴールを見据える。
なんて綺麗なフォーム、素人目線にでも綺麗と分かるブレないフォーム。
フっと彼が瞼を閉じた、そしてまた見開く。一瞬の事でもやはり彼の瞳にはゴールネットしか移ってないのだろう。そして小さく息を、ここで初めて息を吐いた彼の呼吸がこちらまで伝わってきた。
ヒュっ。
止まった世界が動き出した、と本気で思った。
小さく息を吐いた後、再び息を止めて彼はジャンプ。床を弾くバッシュの音が館内中に響き、彼は数センチだけ宙に浮く。あの綺麗なフォームのまま、伸びた背筋があまりにも綺麗で、ボールを弾いた伸びた両腕に思わず見惚れてしまう。
手元から離れ放たれたボールはゆったりと扇状に飛び、かする事も外れる事もなくパスンと小さな音を立ててゴールのネットを擦る。まるでレールでも敷かれているかの様なシュートだった。
ダム!ダン、ダンダンダン…。そして後はボールが床に落ちて弾む音だけが響く。
響くのに、ただそれだけの音しか存在していない事が嫌だったから、浦原はパンパンと手を叩いて新たな音を生み出した。彼が見ていたのはあのゴールネットではないと、後になって気づいたから、思いつきだけで贈った小さな拍手だった。

「…なんだ…ビックリさせんなよ」
「綺麗なもんスね。ボールが生き物みたいだ」

浦原の発言に対して苦笑しながら、転がったボールを掬い取ってドリブルを始める。今度はゴールを狙ってではなく、いくつものボールが入っている籠に狙いを定めてボールを放つ。
バスっ!違った音を立てて放たれたボールは籠の中、綺麗に身を収めた。

「んなもん、誰でも出来るっつーの」

また、苦笑する。

「…へえ。」

いつもなら人の気配に気付く筈の彼が今日は浦原の気配にも気付く素振りを見せなかった。ただただゴールだけを見据えていた琥珀色は今は散らばったボールをかき集めながら床とバッシュだけを見ている。
それを横目で流しながら浦原は籠の中からひとつだけ、ボールを手に取った。
結構重たい。
小学校の頃に一度だけ本気とも言えるプレイをした事がある。欧米人の血が半分だけ流れている浦原はクラスの中の誰よりも一等に身長が高かった。誰よりも数センチ高い世界を見て、誰よりも伸びる腕でボールを奪い、誰よりも高くジャンプしてゴールに手を伸ばしてボールを放って点数を稼いでいたあの頃。
記憶にしていたよりも手に取ったボールはズッシリと重たい。
ダムダム、覚えている要領でボールを弾けば不恰好ながらもちゃんとした音を発した。

「何してんだよ…片してんのによ」
「誰でも出来るって、あんたが言ったから、ねっ」

脳内に浮かべる。先程の彼のあの綺麗なフォーム。
左手でボールを構え、右手でボール下を支える。見据えるのはあのゴールネット。
数メートル離れた、そして自身よりも更に上を行くゴールネット。なんだか見据えている内に憎くて憎くて仕方ない。なんでこーも高いんだ。
ヒュっと息を吐きながらジャンプしてボールを上手い具合に弾いた。と同時に僅かな感覚が体中と駆け巡る。あの時確かに感じた高揚、ボールの手触りに宙を描いたボールの軌道。あ…少しズレた…。そう思ったらボールは浦原の意思を感じてゴールの手前で威力を半減させ、ガツンとぶつかり外れてあっけなく床へと落下。
後はダンダンと普遍しないリズムを刻んで転がる。

「あー…やっぱ上手くいかないっスね」
「驚いた…なんだ、ボール投げる事は出来るんだな?」
「……あの、アタシをなんだと思ってるの?」
「え、万年寝太郎」

悪びれる素振りも見せずあっけらかんと言い放つ一護を見てガクリと肩を落とした。まあ、反撃は出来ない。そう思いながらゴール下に転がったボールを取りに足を動かす浦原の頭上をボールが舞った。
バスン!直ぐ目前で音がなって後方から放たれたボールが見事なまでに綺麗にネット中へと吸い込まれていく。

「…危ないっスね…当たったらどーすんですか…」

ゆっくり後方を振り返れば数センチ後ろで一護は投げたフォームのまま、浦原を視界へ入れずに"なあ"と言葉を被せた。

「なあ、シュートの仕方教えてやろっか?」
「…勧誘ならお断りしますよ?」

ボールを持ちながら訝しげに見ればフハっと彼はいつも通りに笑い出した。

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