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寝れないって啓吾が子供みたいな事を言ったのは月曜日。どうせまた日曜に夜更かしして寝れなかっただけでしょーと母親みたいに言い出す水色にお決まりのお調子さで縋りついて泣き真似をして見せたから茶渡も一護も夜更かしのせいで寝れないのだと甘く見ていた。
徐々に徐々に色を濃くしていく目の下のクマに普通ではないと気付いたのがその三日後、足取りも危うく、移動教室の時には階段を踏み外して後ろに倒れてしまった。あの時は焦ったが、ちょうど背後に茶渡がいたので大事には至らなかった。保健室で寝て来いと言ってもただただ首を横に振るだけでいつもの覇気が全く感じられない。
どうした?なにがあった。そう聞いてもまた同じく首を横に振るってただ寝れないだけだからと呟くだけ。まるで啓吾ではないみたい。彼からはそんな雰囲気が出ていた。これはおかしいと三人が揃ってお泊りセットを家から持ち出して啓吾の家にやって来たのは金曜日。
きっと断られるだろうと踏んだ三人は啓吾に伝える事もアポも何も無く啓吾宅のインターホンを押したのだ。
玄関前に立つ三人を見て、流石の彼もえーと驚いて笑いながら訪問を喜んではいたが、目の下に出来たクマはもう見る事も苦痛なくらい酷い有様だった。

「あれ?家族は?」

玄関先で靴を脱いでいた一護は家の中の異様な静けさに気付く。その前に水色が啓吾にそう聞いた。

「あ、先週から親戚の家〜葬儀だってさ」

葬儀、その言葉が出た瞬間に一護と茶渡は目を見合わせた。
玄関先には電気は点いている、だけどその奥へと続く筈の廊下には電気は点いていなくて暗い。リビングにも電気が点いていないみたいだ。玄関の直ぐ前に見える階段、その上からはほのかに明かりが灯っているものの、小さい照明なのだろう。シン、静まり返る家。時刻はまだ18時手前であるにも関わらず不気味な程、真夜中の町中が寝静まり返った静けさだった。

「啓吾、お前、ずっと部屋に居たのか?」

一護の問いにヘラリと笑って漫画読んでたと言う。飯は?間髪入れずに聞く。出来れば一刻も早く啓吾をこの家から出したかった。未だ、一護の中の獣が暴れないのを見ればこの家事態にナニカが居るとは思えないし、まだナニも見えてないが、油断が命取りになる事も一護と茶渡は充分に承知している。

「飯?食べたよ一護達は?」
「…そか、まだだ。インスタント買ってきたからさ、台所借りていいか?」

ああ良いよ、そう言う割りに目の前をどこうともそこまで進もうともしない啓吾の肩に触れた。

「なあごめん。どこだっけ?つーか家の中暗くね?」

僅かだか少しだけ震えた気がした肩から手を離して何事も無かったかの様に暗い廊下を進む一護の後を三人は追いかけた。
ナニも感じなかったな。隣に立つ茶渡に目だけで合図すると静かに頷いて見せた。
てか啓吾、また夜更かしするつもりだったわけ?背後で水色が口煩く啓吾に咎めの言葉を投げかけるもヘラリヘラリと笑ってごめんごめんと上っ面だけの言葉で誤魔化している啓吾はやはりいつもの彼とは違う気がした。
"ああ、人格変わっちゃうんスよね普通なら"
頭の中に巡った男の声。その言葉を思い出して下唇を噛んだ。
普段なら見えないモノが突然、前触れも無く見える様になった。今の時代、テレビ、ネット、映画や漫画に小説と所々で目にする恐怖の形は実際に目にしてみるのとはわけが違う。アレ等はあくまで人間の想像であって、ひとつの想像が他者の想像によって書き加えられ書き足されて膨大に膨れ上がった恐怖であり、個人だけで見る恐怖には到底打ち勝つ事が出来ない。個々の恐怖、たった一人だけ、己だけが見る恐怖に、人は人格を変えてしまうと彼は言った。
小さい頃からアレ等を目にしてる一護は特殊だとも言って退けた彼は間近に顔を寄せて恐ろしい事を呟いた。
"もしかしたら、今キミが見ているアタシと言う存在も、本当はキミだけにしか見えてない個々の恐怖かもしれない"
何とも、人をおちょくる事を生き甲斐とする男らしい忠告だったが、皆まで述べず人に想像させて恐怖を植え付ける事を上手くやって退けたからここは彼に拍手を贈るべきなのだろう。まあ、今はそれどころじゃないが。一護は溜息を隠れて吐き出し、リビングに繋がるであろう扉を開けて壁の電気のスイッチを探した。

「あ、違う違う。電気こっち」

横から伸ばされた手が一護の手と重なってスイッチの位置を教える。ひんやりとした、彼には到底似合わない温度だった。
サンキュー、たった一言だけ述べてこれは急がなければいけないと内心焦った。

***

みっつのカップラーメンを食卓で食べながら色々話込む、どこのクラスのなになにちゃんが誰だれ君を好きなのだとか、体育館で誰かが告白されただとか昨日のバラエティ番組の話だとか芸能人のくだらない噂話とか取り敢えずは当たり障りのない話しを終え、空っぽになったカップを軽く水で洗って捨ててリビングを後にした。
それから一人ずつ風呂に入れば、あっと言う間に夜は更けていった。今の所、啓吾に目立つ所はない。ともすればやはり、寝入る瞬間なんだろうか。一護はぐるりと啓吾の自室を見渡した。
少しばかり狭い部屋、シングルのベッドに勉強机、天井付近にある小窓二つを除いては一護の部屋と然程変わらない配置。客用の布団を出してもらい、床に敷いて、その上に四人で座ってまた世間話を始める。
どう考えてもおかしい、と一護は思いながら水色の毒舌に笑った。
なんでナニもないんだ。それがおかしかった。どう見たって啓吾のクマは尋常ではない。まるで薬物を投与し、精神的にも欠落、ただただ宙を仰いで一日過ごすだけの薬物依存症患者のソレに見えるのに、目立つクマ以外は常の彼らしく普通に振舞っている。それにだ、家にナニかあると思って来たと言うのに、風呂にもリビングにもキッチンにも物置にも両親の寝室と姉のだと分かる部屋にも(この二部屋は啓吾には黙って拝見させてもらった)彼の部屋にもナニかが居る気配が全くしない。ソレが逆におかしかった。なら、原因はなんなんだ。
時折、茶渡と目が合うだけで何も起きないまま、夜は静かに静かにふけて行った。
金曜の23時、明日は予定なんて何も入れてないし学校も休みだからとついつい話し込んでしまっていた。そろそろ眠い、そう言えばここ最近はろくすっぽ寝れていないのを思い出した。お馴染みの虚退治に始まり、授業で出された課題を仕上げる為に体に鞭を打って徹夜なんかもしたからこんなのんびりとした夜を過ごしたのは久し振りかもしれない。だから、うとうととしてきたのだ。睡魔が思い出したかの様に後頭部から来て、眠りを誘う、それは他三人も同じ事だったらしい。
なんか久し振りに眠くなった、ヘラリと情けない笑顔で笑って見せる啓吾を見て、気を病みすぎたのか?と思えてしまうくらい。彼のその言葉に安心して一護達は就寝した。
ベッドの傍に水色、並んで一護、茶渡は体が大きい分、スペースに入る事が出来ないから勉強机を避けて敷かれた布団の上に横になった。丁度、一護と水色の足元に茶渡の体がある様な位置づけ。
電気、消すぞー。ベッド上から啓吾がそう告げてリモコンで照明を消せば一気に真っ暗になる。当たり前ではあるが、なぜか自分の部屋よりも幾分か暗い気がした。
ああ、窓か…。
少し高めに位置づけられた2つの小窓から入り込む光は極端に少ない。また、啓吾の家付近は二階建ての家が少ない為、二階の部屋の窓から入り込む光は狭まれる。
暫し暗闇の中で話し込んでいたが、徐々に寝息が聞こえてきて始めて一護も瞼をそろりと閉じて眠りの浅瀬へと入り込んだ。

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