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ふと意識が浮上した、何か物音が聞こえた為に一護は眠りの浅瀬から浮上してうっすら目を開けた。変わらない暗がり、未だに脳内は眠りの浅瀬をプカプカと浮いているから視界は決してクリアではない。ぼやけた、視界。夢うつつと形容する映像にうっすらと形を成していく物体。ああ、そうか、啓吾ん家に泊まったんだっけ。日々の疲れが体に乗っかって思考を鈍らせる。ダメだ、眠い…。自然と閉じ行く瞼を何故か必死で開こうとして見たのは部屋のドア。
中央をスモークガラスで彩るドアが見えて、その奥も変わらない黒だったがそこでナニかが蠢いた感覚を視覚が味わう。誰だろう…家族、帰ってきたのかな…。うとうとしていく思考回路が蠢く影を異質だとは捉えなかった。
影は行ったり来たりを繰り返している。行ったり、来たり。左に移動して、戻ってきて右に移動して。繰り返しては必ず最後にドアの前で立ち止まる。まるで、そうまるで、この部屋だけに人が居ると確信したかの様な動作。
瞬間、一護は覚醒した。それはもう、寝ている所に真水をぶっ掛けられた感覚がゾワリと背筋から上がった。見てる。直感で思い、目を見開く。
ドアの前、中央のスモークガラスにうっすらと映った影。ゆらりと蠢いては移動を繰り返していた影。啓吾の家族、父親か母親、それとも姉かと思ったが違う。こんな真夜中、今が何時なのかも知れないが辺りが静まり返っているのが分かるくらいには静まり返った深夜に帰ってくるわけがない。例え帰ってきたとしても家人であったのならば電気の一つくらいは点けるし、足音も聞こえるだろう。それが何一つ、物音も足音もひとつも聞こえないのだ。なのに、居る。確かにこの部屋の前の、あのドアの前に、ナニカが居る。ナニかがこちらをスモークガラス越しに伺っている。なんだアレは。ピタリと動かなくなったナニかに恐怖を感じた。
ああこれが…個々の恐怖か。
今になってあの男が発した言葉の意味を感じ取った。たった一人で味わう、得体のしれない恐怖はこんなにも恐ろしい。
今にも、そのナニかはドアノブをゆっくりと押して動かし、ドアをゆっくりと静かに開き、この部屋の中に進入してきそうな勢いだ。
ふわ、影が動いた気がしてガバっと勢い良く起き上がった。待ってるのは性に合わない。お前が来ないのならこちらから行くまでだ。あまりにも勢い良く起き上がったので脳に酸素が行き届かず、少しだけ眩暈を引き起こしたが、何とか留まってじとりとドアの向こう側を睨んだ。しかし、一護の威勢も虚しく扉前のナニかは姿を消し去ったみたいに闇に紛れて消えていた。
あ、あれ?
先程までの恐怖も今はない。覚醒しきった頭でよくよく目を凝らしてドアをもう一度見る。
何もない。そこにあったのはただのスモークガラスが施された普通のドアで、ガラスに映っているのは歪んだ影。歪んだ暗闇だった。一気に肩の力が抜けてしまう。なんだ…寝ぼけていたのか…。ふうと息を吐いて後ろを振り返った。
目を見開いた。
背筋が凍った。
息を飲み込んだ。
思わず、声が出てしまった。
啓吾が、起きている。
暗がりの中、上体を起こしたまま、ベッド向こうの壁をただただ見ている啓吾がいる。微動なんてしない、寝てるわけでもない、目を見開いて、上体を起こして、啓吾が、壁を見ていた。

「…啓吾っ」

叫んだと同時に、一護は目を覚ました。小窓から入り込む朝日に視界を潰され、眩しさのあまり目を細めてしまう。

「あ、起きた?朝ご飯できてるけど、食べれる?」

タイミング良く部屋に入って来た水色がまるで妹と同じセリフを使ったことに対してではなく、いつの間にか朝だったことに一護は目を丸くした。

「…なあ、啓吾は?」

一応、聞いてみる。

「え?啓吾?なんかスッキリした顔しちゃってさ〜今朝食食べてるよ?」

あの野郎、うっかり舌打ちしそうになったが元気になってなりよりだった。直ぐに行くと告げ、水色が居なくなったと同時に部屋の中をぐるりと見渡した。相変らず、何も普遍しない何も気配を感じない部屋。射し込む朝日の光がキラキラと反映していっそ清々しい風情を醸し出している。健康的な朝だ。全く持って腑に落ちない朝。じゃあアレはなんだったって言うんだ。夢だなんて簡単な物には収めたくなかった。
なんだか、疲れている。
深く溜息を吐き出して一護は布団と毛布を綺麗に畳んで部屋の隅に置き、部屋を後にした。

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あきゅろす。
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